第13話 自由人と両親対談
今、俺はスマホを前にかなり緊張していた。
「私がやろっか?」
「……それの方がやばいことになりそうだからダメだ」
前のめりになって聞いてくるシャル。身を引きながらそう答えた。
――今から両親に連絡を取らなければいけないのである。シャルを泊める事の許可を貰わないといけないのだ。
そして、この前家に泊めた事まで話さなければいけない。連絡しなかった俺が悪いのだが、非常に憂鬱である。
「……よし、掛けるぞ。シャル、話した通り頼むぞ」
「はーい。テオが呼んだら顔出せば良いんだよね」
「本当に頼むぞ」
事前に連絡を入れたところ、電話というかビデオ通話が良いと言われていた。
最初にシャルの事を話し、後から登場させる形に決めた。最初から居ると話がぐちゃぐちゃになってしまいそうだからである。
一旦シャルに離れてもらい、ソファに腰掛ける。タブレットを横にしてスタンドに置いて、お母さんへと通話を掛けた。
三コールもしない内に通話は取られた。
画面にパッと二人の人影が映し出される。
『飛鳥、久しぶりね。元気にしてた? ちゃんとご飯は食べてる? 夜はちゃんと寝られてる?』
『お母さん、畳み掛けすぎだよ。久しぶりだね、飛鳥。大きくなったね』
「まだ離れて二週間も経ってないぞ。こんな短期間で大きくなってたら怖いんだけど」
タブレット越しに向こうの景色が映し出される。二人はどうやらホテルに居るらしい。向こうは昼くらいの時間か。
『ふふ、それもそうね。そういえば飛鳥、こっちで面白い事があったのよ』
『お母さん、それは帰ってから話そう。今日は飛鳥から話したい事と――謝りたい事があるって言ってたんだから。それにしても、話はともかく謝りたいだなんて珍しいね』
お母さんは話が脱線しやすいので、お父さんが止めてすぐに本題に入ろうとしてくれた。非常に助かる。
「うん――まず、謝りたい事なんだけど」
手を組んで、ふうと一度息を吐いて。
「……一昨日、クラスの女子を家に泊めました」
『……!? あら!? あらあら!? あらあらあら!?』
『……ッ、ほ、本当かい、飛鳥』
「……はい。ごめんなさい」
『それってもしかしてその子の事!?』
「ああ……ん?」
その子? どの子? 誰の事を言ってるんだ?
と思いながら後ろを見る。ソファの上に顎を乗せているカラメル色の瞳と目が合った。
「……シャル?」
「あ、あはは? ここならギリギリ見えないかなーって」
「俺の頭のすぐ隣に頭があったんだが?」
『……シャル? シャルちゃんってあの!?』
――名前を呼んだ事が非常に良くなかった。
「え、ええとだな。……ああもう、とりあえずシャル、こっち」
「はーい」
こうなっては仕方がないのでシャルを隣に来させる。その間、お母さんとお父さんは驚いた顔をしていた。
「……それで、その泊めたって子がこの子だ」
「
『シャルちゃん……えっと、飛鳥のお母さんをしてます、
『ご丁寧にありがとうね。飛鳥のお父さんをしてます、
ぺこりとシャルがお辞儀をし、二人が返した。
『……シャルちゃんってあの時のシャルちゃん?』
さて。どうしようか。もう隠せないしな。隠すつもりもなかったが。
「お久しぶりです。病院以来ですね」
『やっぱり! あの飛鳥が大好きなシャルちゃんなのね! 久しぶりね!』
『あの飛鳥が初めて『あと一ヶ月、帰るまでの期間伸ばしちゃダメかな』ってわがままを言うきっかけになったあのシャルちゃん!? 久しぶりだね!』
「いきなりとんでもない暴露をしないでくれる!?『久しぶり』だけで良かったよね今の!?」
絶対今言う必要なかった。絶対。絶対に。
ほらもう、シャルがすっごいニヤニヤし始めた。
「……テオ、私の事大好きなんだね」
『そうよ〜? シャルちゃんにもっと色々プレゼントしたかったとか言ってたし』
『シャルちゃんに会えなくなって体調崩した時はどうしようかと思ったよね』
「ちょっと黙っててくれ。頼むから。本当に」
シャルの口角が無限に上昇し続けている。良くない。非常に良くない。
「ねえ、テオ」
「……なんだ?」
ずい、と顔が近づいて――顔を離そうとするも、意味もなく。
鼻の頭に唇が押し当てられた。
「ちゅーしていい?」
「……終わってから聞く意味あるか?」
「おっけー貰ったらもう一回しようかなって」
くすりと笑って――今度は額にキスをされた。もうやりたい放題である。
『あらあらあらあら』
『二人とも仲良しなんだね』
……もうどうしようか。
一つ息を吐いて、俺は頭を抱えるのだった。
◆◆◆
とりあえずシャルと再会し、一昨日家に泊め……交際した事を告げた。
『私達の息子をどうぞよろしくお願いします』
『自分の家だと思って寛いでくれて良いからね、シャルちゃん』
「……は、はい。もうちょっと許可出るまで時間かかるかなって思ってたんだけど」
「それは俺も思った」
一応お父さんには『友達とか出来て、家に泊めたかったら泊めて大丈夫だからね』とは言われていた。でも、さすがに異性を泊めるとなると色々言われるかなと思っていた。
『あ、それと私の事はお義母さんって呼んで良いからね』
『私の事はお義父さんでお願いします』
「順応が早すぎるな?」
少し展開が早すぎる。シャルですらちょっと困惑してるぞ。
……と、そこでお母さんが表情を変えた。
『ただ、一つだけ。……真面目な話をしましょうか』
「はい」
お母さんが表情を変えて言う。シャルと俺も改めて姿勢を正した。……色々言われるのはこれからだったか。
『高校を卒業するまで避妊はして欲しい。理由は言わなくても大丈夫よね』
「……はい」
凄く、凄く反射的に否定したくはあるが。
……避妊をする事ではなく、そういった行為に及ぶ事に対して、である。
シャルとは『恋人』という関係上、いつかそういう事をする可能性がなくもないのかもしれない。
……俺の理性がなくなるのもそんなに遠くはないかもしれないし。
何にせよ、子供はまずい。本当に。
十六歳だと体の負担が凄まじいだろうし……子供の養育費とかその辺も考えなければいけない。高校だって辞める事になるかもしれなくなる。
「はい、そこは理解してます」
『それなら良いわ。でも、もし万が一があっても、すぐ相談してね。隠しちゃうのが一番良くない事だから。その時は怒ったりしないわ』
「ありがとうございます。もちろんその時はお話します」
シャルも真面目な表情で何度も頷いた。
それを見て……お母さんは満足そうに頷き返した。
『それならもう言う事はないわね。じゃんじゃんイチャイチャしなさい』
先程とは打って変わって、あっけらかんとした言葉が返された。……切り替え早くないか?
「そ、その。他になんかないのか? 色々怒られる覚悟はあったんだが」
『怒る? なんで?』
俺の言ってる言葉が本当に分かっていないのだろう。その隣でお父さんが笑っていた。
『お母さんは飛鳥の事を信じているんだよ。飛鳥がシャルちゃんを信じてるから、信じる。お父さんもそうだよ。もしシャルちゃんが悪い子だったら、今そうして隣に居ないだろう?』
「それは……そうだが」
『それに、大好きな子供が楽しそうにしているんだ。何も怒る事なんてないじゃないか』
「ふふっ」
その言葉を聞いて――シャルが笑った。目を向けると、その瞳が俺を見つけて柔らかく光る。
「テオのお母さんとお父さんっぽいなって改めて思ってね。なんだか妬けちゃうな」
「か、家族にまでか」
「積み上げてきたものが違うもん。私も早くそんな風になりたいな」
白く細い指が近づいてきて、鼻をつんつんとつつかれる。それが両親に見られている事が気恥ずかしくなって、顔をタブレットへと戻した。
「そ、それより。……シャルがこれからも泊まりたいって言ってるんだが」
『もちろんよ。飛鳥が好きなようにやって』
『ああ。お友達が出来たら泊めて良いって言ったのもお父さんだ。友達より大切な恋人を泊めるくらい何でもないよ』
「ありがとうございます」
シャルが二人を見てぺこりとお辞儀をした。こういうところは礼儀正しいな。
『シャルちゃん……有紗ちゃんも、飛鳥の事をよろしくね』
「はい! 絶対幸せにします!」
「言い方」
――という事で、シャルを泊める許可を貰ったのだった。
……あれ、俺の逃げ場なくなってないか。
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