第12話 自由人と通話

 学校が終わり、家へと帰る。

 シャルは今日家に来ない。


 両親と話をしてくるとか言っていた。何の話か聞いてみたものの、『ないしょ』と返された。

 ……なんとなく嫌な予感こそしたものの、さすがに家族の事に踏み入るのも良くない。それ以上は聞かなかった。



 スーパーで買い物をして家に帰ると、家が酷く寂しく感じた。


 ソファにクッションは綺麗に整えられて置かれている。

 部屋にはほんのりとみかんやレモンを思わせる、甘く爽やかな香りが漂っているような気がした。


 たった一日来ただけだと言うのに、大きな爪痕を残してくれたものである。


「……やめやめ。アニメでも見よう」


 こんなの親に知られたら大変だ。明日には二人とも帰ってくるって言い始めるぞ。


 買い物袋を片手に、俺はキッチンへと向かったのだった。


 ◆◆◆


 ぴろん


 スマホに通知が鳴った。夕ご飯を食べ終え、風呂を済ませた後の事である。


「……シャル?」


 相手はシャルであった。連絡先は帰りに交換していたのだ。


『電話していい?』

『いいぞ』


 反射的にそう返していた。

 ……いや、俺あからさますぎるだろ。受信から十秒も経たずに返してるぞ。


 そして、俺の返信から五秒も経たずに電話が掛かってきた。


『はろー。私が居なくて寂しかった?』

「……少しだけ」

『すっごく可愛い事言うね。今から行って良い?』

「ダメだ」


 やばいな。俺も初恋の人と再会してかなり舞い上がっているのかもしれない。


 ……しかし、なんだ? シャルの声が反響している気がする。水音みずおとも聞こえる。

 俺のそんな疑問はすぐに解消された。


『今お風呂入ってるんだ。いつもは音楽かけてるんだけど、今日はテオと話したいなって思ってね』

「そ、そうだったのか」

『そ。あと、お母さんとお父さんと話したからその結果も話そうと思ってね』


 話……? なんだ?


「何を話してたんだ?」

『テオの話かな。昨日の話もちょっとしたよ。テオが料理とか家事出来る事とか』

「そうか」

『あと結婚はまだ出来なかったから付き合った事とか』

「……そうか」

『お母さんは早く孫の顔が見たいなーって言ってたよ』

「…………そうか」


 ちょっと頭が痛くなってきた。いくらなんでも正直に話しすぎな気もする。正直なのは良い事だとは思うが。


『お父さんは今度テオと話したいって言ってたよ』

「命日が見えてきたな」

『あははっ。大丈夫だよ。お父さんもテオの事は認めてるからね。というか感謝してるだろうし。居眠り運転の事故とか助けてもらったもんね』

「そういえばそんな話もあったな」


 そういえば俺はシャルの両親に会った事はないが、俺の両親はその件で会っていたな。あの居眠り運転から庇って手を怪我した時に。


 ……確か、シャルはその時俺の親に会ってたんだっけ。別にシャルが怒られる事はなかったと思うが。悪いのは居眠り運転だし。


 シャルの両親は俺にも謝りたいって言ってたらしいが、断った覚えがある。


 クッションを枕にし、ソファに寝転がった。


『あ、それとね。多分テオの家に明日からお泊まり出来るよ』

「そうか。……ん!?」

『さすがに毎日って訳にはいかなかったけどね。でも、ちゃんと学校に行くんだったら良いよってさ』

「待て。突っ込みどころが多い。ちょっと待て」


 一度に大量の情報量が飛び込んできて、頭を抱える事となった。

 えーっと?


「まず。お泊まり? え?『明日は』じゃなくて『明日から』?」

『そ。お母さん達と交渉してきたんだ。毎日は多分無理だけど、結構行けるんじゃないかな』


 頭が痛くなりそうである。


 でも、それ以上に――嬉しいという気持ちもあってしまった。



『ご飯とかその辺は明日話そうね。もちろん食費とかはちゃんと出すから』

「それは大事だが……ちょっと明日お母さん達に話してみる」


 断るかなぁ。……断らないだろうなぁ、お母さん達なら。むしろ喜ぶと思う。シャルと離れてから俺の様子がおかしくなってたの、気づいてたはずだし。


 とりあえず今日……は時差的に向こうは昼間か。明日は休みだって言ってた気がするから、夕方頃に電話を掛けよう。出来ればシャルの紹介もしつつ。


「それより。『ちゃんと学校に行くんだったら』って。なんだ?」

『……そんな事言ったっけ?』

「言った」


 あはは、と乾いた笑い声が聞こえる。……まさか。


「学校、行ってなかったのか?」

『ん? ああ、違う違う。そうじゃなくて。いや、確かに行ってなかった時期もあったんだけどさ』

「あれ? そうなのか?」


 てっきり行ってないのかと思ったのだが、そんな事はなかったか。


『んー。笑わない?』

「……真面目な話なら」

『じゃあ話そうかな』


 その言葉に俺は気分を切り替えた。元より笑ったりしないが、ちゃんと聞こう。


『私さ。テオが日本に帰ってから、毎日が楽しくなくなったんだ』


 その言葉は、普段より少しだけトーンが落とされていた。


『それでさ。学校も、誰かと遊ぶのも……全部、全部楽しくなくなって。ちょっと休んだりもしてね。二、三ヶ月すれば行けるようになったんだけどね』


 その頃を思い出したのか、一拍空いて。言葉が続けられる。


『なんて言うのかな。味のしなくなったガムを噛み続けてるみたいな感じ。誰と遊んでも楽しくなくなってた。一回日本に帰ろうかって話も出たんだけど、やだって言ったんだ』

「……なんでだ?」

『絶対テオを探しに行くって言うはずだから。そしたらお母さん達に迷惑掛ける事になるからね』


 平坦な言葉は、それが本気であった事を告げていた。……シャルなら本当にやりかねないとも思う。


『せめて高校生になってから、って思ってたんだよ。……ふふ、まさか高校で再会なんて、運命感じたよね』

「……まあ、俺もびっくりした。あの髪飾り、まだ付けてくれてたんだな」

『大好きな人から貰った宝物だからね』


 ドクン、と強く心臓が跳び上がった。


 ……本当に、そういう言葉を言うのに躊躇がない。こっちの心臓の事も考えて欲しい。


『それでお母さんが言ったのは、テオのお家に行くのは良いんだけど、楽しいからって学校さぼっちゃダメだよって事ね』

「……なるほど」



 ――このまま二人で学校サボって、悪いことしちゃおっか。



 朝の事を思い出してしまった。

 確かにありえない話ではなく、そしてそれは良くない事だ。


『だけど、テオと会ってからは学校も楽しいよ。小葉と話すのもね』

「それなら良かった」


 一瞬だけ『依存』という言葉が脳裏をぎったものの、それなら多分大丈夫だろう。


『だけどさ。テオもよく私の事分かったよね』

「そりゃ……髪飾りがあったからな」


 ――嘘である。確かに髪飾りはシャルだと確信付けるものであったが、無くても分かったと思う。


『この髪飾り、テオがくれたんだもんね』

「シャルが誕生日だって言ったからな。当日に。……もっと早く教えてくれたら色々準備出来たんだが」

『いいの、これで。テオが直感で選んでくれたからね』

「……まあ、満足してくれてるなら良いんだが」


 羽の髪飾りはシャルによく似合っていたし。


『じゃあ明日、またよろしくね。……ああ、そうそう。土曜日デートしない?』

「……なんて?」

「デートだよ、デート」


 再度繰り返された言葉に体が固まる。


 ……そうか。デートか。恋人なんだもんな、俺達。


『まだこの辺に何があるか分かってないんだ。服とか見てみたいしさ』

「案内しても良いんだが……日曜でも良いか?」

『あれ? 用事あった?』

「ちょっとな。外せない用事なんだ」

『おっけー。じゃあ日曜ね』


 という事で、日曜はシャルとデートに行く事となったのだった。



 とりあえずは明日、親に話さないとな。……泊めた事についても話さなければ。

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