第11話 自由人への想い

「じー」

「……」


 すっごい視線を感じる。主に隣から。


「じー」

「……どうした? 分からない所でもあるのか?」

「んー、そうだね。ここ、分からないから教えてくれないかな」


 現在は数学の授業中で、少し早く終わったので問題集を解く時間となっている。


 シャルはなんとなく頭は良い気がするが、海外での学校生活はどうだったのだろうか。

 いや。この高校はそこそこ良い所であるし、受験も通っているはずなので頭が悪い事はないと思う。


 そんな脳内整理を終える間にシャルが机をくっつけてきていた。間に問題集を置き、体を寄せてくる。

 ん? 体を寄せてくる?


 ぴとりと肩が当たり、手が俺の太腿の上に置かれた。もう片方の手は問題集を指さしているが……鼻腔を果物のように甘い匂いがくすぐってきた。


「ここ、分からないから教えて欲しいな」

「ちょっと待て。近くないか?」

「近くないよ」

「いや近いよ」

「近くないよ」

「……」

「近くないよ」


 どうやら強制イベントらしい。


「さ、早く早く」

「問題の解き方を教わる時と遊びに行く時のノリが同じすぎる。……とりあえず教科書出してくれ」


 シャルが一旦手をどかし、教科書を出してくる。


「ここの応用問題とやり方は一緒だ」

「んー。……あ、これか。一個上のやつかと思ってた」

「出来そうか?」

「ちょっと手貸してくれたら多分行ける」


 それなら一緒に解くか、と思っていた。思っていたのだが。


 ん、と彼女は問題集を自分の机に戻し、代わりに左手を机の上に差し出してきた。


 ?


「手、貸して」

「手?」

「私の手に乗せて。あ、反対反対」


 よく分からないまま彼女の手に自分のものを重ねる。すると――きゅっと、指を絡めて手を握られた。


「よし、じゃあ頑張ってみようかな」

「し、シャル? シャルさん?」


 手を引き寄せられ、シャルは俺の手を頬に当てた。ぷにぷにもちもちとした感触が手の甲へと伝わってきた。


 かと思えば、シャルは手の甲を指でくすぐってきたり、ぎゅっぎゅっとリズミカルに揉んできたりもしてきた。


「こうだね。ってなると答えは……」


 対してその表情は至って真面目である。なんだ。なんなんだ、この時間は。俺はもう解いてるので良いんだが。

 手を貸す(物理)なのか。


 サラサラとペンは動いているが、それに反してこちらは凄くもどかしい。というか落ち着かない。


「よし、これで合ってるかな」

「あ、ああ。正解だ」


 既に解答を見て答え合わせまで済ませていたので確認し、そう告げる。シャルの頬が嬉しそうに緩んだ。


「よっし。ありがとね、テオ」


 手がぐい、と引き寄せられ――唇が手の甲に触れた。ちゅっと小さなリップ音が鳴る。



 シャルはもう、本当に……。


「ふふ。どうかした?」

「……なんでもない」


 自分の解き終わった問題集に目をやり、小さく息を吐く。


 自分が想定していた以上に、吐き出した息は熱を孕んでいた。



 ◆◆◆


 掃除が終わり、帰りのSHRショートホームルームが始まるまでの俺は一人でラノベを読んでいた。


 シャルはずっと俺と一緒に居る訳ではない。元々向こうでも友達は多かったし、先程も有北委員長と話していた。

 外国の話は物珍しいらしく、みんな聞きにくるのだ。


 ……俺には来ない。いや、普通俺に来るぐらいならシャルに話しかけに行くだろう。男子だろうが女子だろうがそうだ。……シャル、男子には割と塩対応してるっぽいが。


 俺に来るのは精々変態目フェチぐらいである。


「飛鳥、何を読んでるんだい? 唐突だけど僕と愛してるゲームでもしない? ちゃんと目を合わせながら」

「男同士でやるもんじゃないだろそれ。ラノベ読んでるんだよ」

「あっはっは。ラノベ、良いよね。僕も中学の頃はよく読んでたよ。愛してるゲームが嫌ならにらめっこでもする?」

「くそ、助けて有北委員長……いねえ」

「小葉は職員室だよ。先生に用事があってね」


 この変態こと眼フェチこと隼斗が時々来るのである。俺が一人の時間を見計らって。


「というかもう隠さないんだな」

「隠すも何も、目の前に珍しくてドタイプで綺麗な花が咲いていたら愛でたくなるだろう? 今までドタイプは小葉しか居なかったからね」

「花なら良いけど眼なんだよな。しかも人の」


 まあ……今のところ害はそんなになさそうだし良いのか?

 一部の女子達が不穏な目を向けてくるくらいだ。やっぱり害かもしれない。


「まあまあ、僕は飛鳥君自体に興味もあるんだよ」

「興味……ね」


 どういう意味だろうと考えようとしてやめた。悪い風にしか考えられなくなってしまっているから。


「そう。あれは一ヶ月前の土曜――」

「やっほ、テオ。遊びに来たよ」


 言葉を遮るように、彼女は隣から割り込んできた。


 シャルは後ろから体を預けるようにもたれかかってきて、頭頂部に顎が置かれた。お昼にされたのと同じ感じである。


 するりと後ろから手が伸びてきて、手を繋がれた。


「ふふん」


 どこか得意げな笑みが上から聞こえてくる。


「ほほう。見せつけてくれるじゃないか」

「別に? いつもの事だけど? ね、テオ」


 固く手を繋がれた。いつもというか、昨日からだし。

 向こうでは――いや、繋いでいたか。


「飛鳥は恋人流川さんに愛されてるみたいだね」


 頬がひくつきそうになった。上から否定の言葉は飛んでくる事もなく、頭頂部を顎で軽くぐりぐりとされた。


「……嫉妬深い女の子は嫌い?」


 それどころか肯定するような言葉が飛んできた。


「……嫌いだったらちょっとだけ頑張るけど」


 そして、そんな言葉すらも飛んできてしまった。


「嫌いじゃない。自由じゃないシャルの方が俺は嫌だ」


 背中に感じる柔らかな感触と、握られる手の力が強くなった。


「……ん。好き」


 小さく呟かれた言葉がうなじに掛かり、心の底がゾワゾワとしていた。



「でも僕と小葉の方が愛し合っているけどね!」

「なんでいきなり張り合ってくるんだよ」


 隼斗の言葉にため息を一つ吐く。



 ……でも、不思議と彼に対して嫌悪感とか、不快な感じはなかった。

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