第10話 琥珀と変態
「やあ、荻照君」
「……なんだ?」
お昼休みの予鈴が鳴ったので教室へと戻り、授業の準備をしているといきなり話しかけられた。
ぱっと見で分かる存在感。
キラリと光る白い歯に、女子生徒に人気な爽やかな笑顔。髪はしっかりとセットされている。
圧倒的クラスカースト上位。そして、クラス委員長をしている男。
「
「お、覚えてくれてたんだ。嬉しいね。
「そりゃクラスの中心人物だしな。色々手伝ってくれたりもするし。あと君付けはやめてくれ、なんかむず痒い」
先生の雑用とか、日直の仕事とかめちゃくちゃ手伝ってくれていて何かとお世話になっていた。多分俺だけじゃなく誰でも手伝うタイプの人間だろうし、友達と呼ぶのは違うだろうが。
「じゃあ飛鳥、って呼んでも良いかな?」
「別に良いけど……」
「ありがとう。僕の事は親しみを込めて
……? なんだ?
いや、こう言ってはなんだが、すっごいうさんくさい気がする。悪いやつじゃないはずなんだが。
ひょっとしてあれか?
「……あー。悪いがシャ……えっと。
「ん? ああ、違う違う。流川さん目当てで話しかけてる訳じゃないよ。そもそも僕、恋人がいるからね」
「……そうか。確かに居そうだな」
まだ高校一年生とはいえ、この顔と性格なら居ない方がおかしいまである。中学生の頃も、少ないながらカップルは居たし。
彼がちょいちょいと指さすと、そこではシャルが一人の女子生徒と話していた。
「飛鳥の恋人さんと話してるのが僕の彼女」
「……なるほど」
黒髪を背中まで伸ばし、キリッとした真面目そうな女子生徒。
隼斗と同じくクラス委員長をしており、クラス全体を支える存在である。真面目でありながらコミュ力が高いのも特徴だ。
確かに、彼の恋人が有北さんと言われると納得であった。
というか、有北さんがシャルと仲良くしてくれるのなら凄く助かる。
体育とかは男女で別れるし、彼女にも同性の友人が…………いや、俺が心配する必要はないか。シャルもめちゃくちゃコミュ力高いし。
なんなら俺の方がアレだな。うん。
そう思いつつも視線を戻すと――真っ黒な瞳に見つめられていた。それも、かなりの至近距離で。
「うおっ!? ど、どうした?」
思わずのけ反ってしまい、合わせて隼斗が離れる。
「……飛鳥、髪型を変えたんだね」
「ん? あ、ああ。そうだな。シャ……えっと、有紗がこっちの方……目が見える方が好きだって言ったから」
「素晴らしいよ!」
……ん?
「ああうん、失礼。大きな声を出してしまったね」
「お、おう?」
「いやしかし、本当にとても良い。君の恋人は君の事を知り尽くしているんだね」
「そうだな……?」
なんかテンション高いな。隼斗ってこんなキャラだっけ。というか何が言いたいんだ?
彼はじっと俺の目を見ていた。
人と話す時は目を見て話しましょうみたいなものだろうか……それにしては、やけにねっとりとしたものを感じてしまう。
その口元がにぃ、と笑う。三日月のように。
「その『眼』だよ。凄く、凄く良い」
「――ッ」
思わず自分の眼を手で隠してしまいそうになり……彼の手に止められた。
「どうして隠そうとするんだい? とても綺麗じゃないか」
やばい。
何がとは言えんがやばい。
この男やばい。
――と、その時である。
「私のテオをいじめるのはそれくらいにしてくれるかな?」
ふわりと甘い香りが漂う。真っ白な腕が後ろからにゅっと飛び出してきた。
「……人聞きの悪い事を言わないで欲しいな、流川さん」
「はぁ。隼斗が悪いかな。今のは」
「あいだっ」
横から隼斗へとチョップが飛んできた。有北さんである。
「ごめんね、有紗ちゃん。こいつ極度の眼フェチの変態でさ」
「……むー」
シャルがぎゅっと俺の頭を抱え――何かが後頭部に強く当たってる気がするが、気にしない。気にするな俺。
「
「紛うことなき事実でしょ。初対面で『君の眼が欲しい』って言われた時は警察に行こうか本気で迷ったからね」
「はっはっは」
「そうやって誤魔化そうとする辺り、今でも警察行こうか迷うよ。本気で」
唐突に繰り広げられるやりとり。どうしようかと上を見た瞬間――額に唇が落とされた。
「し、シャル!? 何してんの!?」
「何って。嫉妬?」
「しっ……い、いきなりすぎないか?」
「そうかな。実は私、結構嫉妬深いのかもね」
ぎゅうっと、更に抱きしめられる力が強くなり――考えるな。
考えない代わりに隼斗を見た。あんまり関わらない方が良いタイプの人間なのか?
いやでも、先生のお使いとか何かしらやる時手伝ってくれるしな。悪い人では……うーん。
「飛鳥までそんな目で見ないでくれよ。僕はちゃんとノーマルだからさ」
「さっきまであんな狂気的な目をしてたのによく言えるよね。私、本気で浮気してるのかと思ってたんだけど」
「はっはっは」
「もう一発殴らないと分からないのかなこいつは」
「……仲良いんだな」
今まで委員長同士のやりとりはそこまでしていなかった気がする。現に、周りの生徒も目を点にして二人のやり取りを見ていた。
「……はぁ。あんまり学校では話したくなかったんだ。こいつが変態だって周りにバレるから」
「はっはっは」
「あー。なるほど」
「でも安心して欲しい、僕はノーマルだからね。それと、飛鳥には眼以外でも興味を持っているんだよ」
「後半の言葉で一気に信用出来なくなった……」
またシャルの力が強くなったし、頭頂部に顎が乗せられた。
「し、シャル。ちょっと苦しくなってきた」
「あ、ごめん」
「いや、良いんだが」
ふっと力が緩むも、後頭部に感じる感触は変わらない。シャルの暖かな手が頬をつついたりひっぱったりして弄んできた。
「……シャル?」
「どうかした?」
「すっごい恥ずかしいんだけど」
「大丈夫だよ」
「いや、大丈夫じゃないんだが」
「大丈夫大丈夫」
「相変わらず話聞かないにゃっ」
話の途中で頬を軽く引っぱられ、変な噛み方をしてしまった。シャルが楽しそうに笑い、引っぱった頬を優しく撫でてくる。
「俺達は一体何を見せられているんだ……?」
「なんであいつらイチャついてんだ?」
「委員長達付き合ってたのか……そりゃ告白されても断るよな」
「隼斗君受け?」
「誘い受けからのリバ展開。ありだね」
なんかすっごい教室ざわざわしてきた。当然と言えば当然なんだろうが。
それと、一部の女子からすっごい嫌な視線を向けられてる気がする。
「という訳で飛鳥。僕と友達になってくれるかな?」
「……丁重にお断りさせて頂きます」
「あっはっは。面白い冗談だね」
「やべえ。話が通じないタイプだ」
「……ごめん。私の彼氏、決めたら一直線な人だから」
「……むー。良いけどさ。テオに友達が出来るなら。良いけどさ。良いんだけどさ」
後頭部に感じる温もりの中に、とくとくと鼓動の音が混じる。
――シャルに髪を切ってもらった事で、不思議な縁が出来てしまったのだった。
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