第9話 自由人と学校にて
「……なあ」
「なーに?」
「どうすれば良いと思う? これ」
今、俺とシャルは学校で生徒達に囲まれていた。その数は昨日より断然多い。
「ねえねえ、お泊まりしたってほんと?」
「
「まじかよ荻輝。初日でお持ち帰りってお前そんな奴だったのか!?」
「オトコになったって事か。髪を切ったのは」
どうしてこうなったのかと言うと……簡単である。
俺とシャルが家から出てくる所を学校の誰かに見られたのだ。そこから広がり、今に至る。
「んー、そうだね」
シャルは何かを考えた後、じっと俺を見てきて――
ちゅっと、耳にキスをしてきた。
「これが答えって事でどう?」
シャルがウインクをすると、教室が大きな歓声に包まれた。
「おー、凄い盛り上がり」
シャルは楽しそうに笑っている。
ああもうこれ、どうするんだよと心の中で呟く。
「……な、なあ、お前。それ」
「それ? ん?」
「首元赤いけど」
「ああ。噛まれたやつだな」
そういえば朝、鏡見て俺も気づいたんだよな。首にぽつんと虫刺されっぽいのがあるのだ。痒くはないんだけどな。
蚊にでも噛まれたか、ダニ……はちゃんとシーツを干してるから無いと思いたいが。対策するかな。
「か、噛む!?」
「……なんて激しい。羨ましい」
しかし、なぜか俺の言葉に周りの歓声が一段階大きくなった。耳が痛い。
「……なんだ? どうしたんだ?」
「ふふ。テオは気づかなくて良いんじゃないかな」
シャルの言葉がよく分からずも、まあ良いかと天井を見上げた。――そこへと目を向けないように。
周りに集まってくれるのは好奇の視線ではあるが、そこまでマイナスなものではなかった。驚きつつも、決して嫌なものではない。
ただ、それは一部の話。
周りに集まってこない生徒達から感じる視線は――
「テーオっ」
「……なんだ?」
「こっち向いて」
歓声の中でもその声は通っていて、聞き漏らす事はなさそうだった。
あまり今は彼女と目を合わせたくなかったが……そちらを見る。
すぐ目の前に端正な顔立ちがあった。
「うん、やっぱり昨日よりずっといいね。テオの目、宝石みたいに綺麗だよ」
「……そういうのは」
「目、閉じて」
言葉に割り込まれる。何か言い返そうかと思ったが、その瞳はいつになく真面目で。大人しく目を閉じた。
ふわりと良い香りが漂い、彼女の体が近づいた事を察する。
「私はテオの目、大好きだよ」
耳元で囁かれる。肩の辺りに柔らかいものが当たっていた。それが何なのかは……想像したくない。
「他の誰かじゃなくてさ、私を見てよ。嫌なものを見たくないんだったら、私以外見なくていいんだよ」
その言葉は酷く甘く……心に染み込んできた。
「テオ」
彼女の唇が耳に当たる。直接、柔らかな声色が鼓膜に伝わる。
「大好きだよ」
彼女はそう言って戻る――前に、瞼の上から柔らかな感触を感じた。
目を開けると、すぐ目の前にシャルの顔がある。
彼女はただ優しげに微笑んでいて。
――俺の目には彼女以外誰も映っていなかった。
◆◆◆
昼休み。ちゃちゃっと昼食を済ませ、俺はシャルに学校内を案内していた。
「……ここが職員室だ。先生に用事がある時はここか、その科目の準備室に居るはずだ」
「へえ。やっぱ
「そうだな。というかシャル。目立つんだが」
「え? 何が?」
移動している間、すれ違う生徒達が二度見三度見してくるのである。
その理由は――
「手。なんで繋いでるんだよ」
「え? 繋ぎたいからだけど。それとも腕組む方が好き?」
「……そうだった。最近まで外国に居たんだったな」
海外なら結構居る。腕を組んだりしているカップルが。日本でも居るには居るんだが。海外の方が多かったような気がする。
……まあ、先程より視線も気にならないし良いか。
そこでふと、とある考えが浮かんだ。いやこれ聞いて良いやつだろうか。……聞くか。
「なあ。シャル」
「ん、なに?」
「シャルってその……キス、多いだろ? そういう文化圏の国に行ってたのか?」
「え、違うけど」
「あれ? 違うのか?」
頬にキスをしたり、頬を擦り合わせて挨拶をする国もある。てっきりそれがあったから――キスをしてくると思っていたのだが。
「うん。お父さん過保護でさ。そういう国は行ってないんだよね」
「……過保護」
「そ。思えばテオの時も女の子の友達って思われてたっけな」
「待て。それは大丈夫なのか?」
思わず足を止めてしまう。まさか昨日も両親にそう言った……とかないよな?
「テオはどっちだと思う?」
「……言ってると思う」
「お、せーかい。というか昔もお父さんにはバレてたみたいだからね。普通に許可されたね。されなくても行ったけど」
「自由すぎるな。シャルの親って感じする」
くすりと彼女は笑い、指を一本立てた。それを自分の唇へと当てた。
「でもそっか。テオ、嫉妬してくれてたんだ」
「しっ……そ、そんなのして……」
ない、とは言いきれなかった。
彼女が他の人にそれをしていると考えると、心が黒いモヤに包み込まれたから。
とん、とシャルが一歩近づいて――
「安心して、テオ。私がキスするのはテオだけだから」
指が、俺の唇に合わせられた。そのまま彼女は俺の唇をなぞりあげる。
「こんな事するのも、
「――ッ」
一歩、下がろうとする。
……下がっても、彼女が一歩詰めてきて意味がなかった。
「シャル、は……」
「?」
「なんでもない」
首を振って、そのまま顔を背ける。
聞けば教えてくれるのかもしれない。でも……それを聞くのは何か、違う気がした。
彼女に目を向けずに居るも、手が柔らかく暖かい感触に掴まれた。
「じゃあ次行こっか、テオ」
視線を戻すと、シャルは楽しそうに笑っていた。……否。学校に来てから彼女はずっと楽しそうだ。
「シャルってあんまり人の視線気にしないよな」
「んー、向こうで慣れてるからかな?」
「あー、そうか」
シャルの容姿が良い事は万国共通である。あの時も目立っていたな。
「それとね。好きな人以外の視線はそこまで気にしないようにしてるんだ」
ちらりと流し目がこちらに向けられる。変な声を上げそうになった。
「制服、似合ってるかな?」
「……凄く似合ってると思う」
「ふふ。良かった。それさえ聞ければ」
手を握られながら、指で甲をくすぐられる。俺も先程までと比べると、視線は気にならなくなっていて。
次はどこを案内しようかと……少しだけ楽しくなっていた。
◆◇◆◇◆
二人を見つめている、他とは異なる視線が二つあった。
彼は――そして彼女は、二人を見て。そしてお互いに目を合わせ、頷いていた。
――――――――――――――――――――――
あとがき
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