第5話 自由人が彼女になりました

 じっと、明るいカラメル色の瞳に見つめられる。彼女の瞳は瞬き一つすら許してくれない。



「私はずっとテオの目が見たいんだ。君の目を見られる。それだけでも私はすっごく楽しいから。だからさ。私のために髪、切ってくれないかな?」

「お前は、本当に……」

「ふふ。テオは私かそれ以外の人。どっちを選ぶのかな?」


 歯の浮くようなセリフ。しかし、顔の良いシャルが言うと様になってるというか、変にドキドキしてしまうというか……


「……分かったよ」

「……! ほんと!?」


 シャルにここまで言われて断る事なんて出来なかった。


「でも待ってくれ。その、今話した事だが」

「んー? テオがあんまり人と話せなくなったから、私がテオと居ても楽しくなくなるんじゃないかって?」

「そ、そうだ。俺はもうあの時の俺じゃないんだ。だから、よく考えて欲しい」


 頷き返すも、彼女から笑みは崩れない。


「私、今日テオと会ってからずっと楽しいよ」

「それは……」

「テオの言いたい事が理解出来てない訳ではないけどね」


 それでも、と彼女は目をまっすぐ見てくる。その瞳が初めて――揺らいだ。


「……私、ずっと楽しみにしてたんだけどな。テオと会って、約束を守るの。それで結婚生活を送るのも」


 暴力的とも呼べるほど純粋な好意。その裏からチラリと一片の感情が垣間見えた。


 声を出す事も、瞬きをする事も出来なかった。



 シャルはいつも『自信』に満ち溢れていた。何をするにも迷う事なんてなく、『人生を謳歌する』を体現したような人だった。



 その彼女に初めて揺らぎ――怯えが見えた。



 約束が果たされないんじゃないかと。俺が彼女の事を拒否するんじゃないかと、怖がっている。


 ――何をしているんだ、俺は。


「シャル」

「あー、待って待って。違うの、ごめん。ちょっと怖くなっただけで、私もテオがほんとに嫌な事はして欲しくないからさ」


 シャルが首を振り、一度俺から手を離した。その手で軽くパンパンと頬を叩いた。


「……テオ。お互いの妥協点探さない?」

「妥協点?」

「そ、妥協点」


 ピッとシャルが一本指を立てる。


「まず私がしたい事。テオと結婚ね」

「ま、また直接的だな……というか結婚って十八まで出来ないぞ?」


 いや、知ってるだろうが……と思いつつも言うと、シャルはこてんと首を傾げた。


「あれ? そだっけ? 昔十六歳からって聞いた気するんだけど」

「何年か前から成人年齢が引き下がるのと同時に変わったんだよ。あと、十六歳ってのも女性だけだ。男性は十八歳からだな。というか、十六歳だったとしても来年だぞ」

「あ、そっか。テオ二月生まれだもんね」


 何年も外国に居たんだろうし、俺と同じで様々な国を飛び回っていたのなら知らなくてもおかしくないか。婚姻可能年齢が日本より低い国もあったはずだし。


 これで考え直したりは――


「あれー? ……んー、まあいっか。寧ろ丁度いいかも」


 ――しないよな。シャルだし。


 そしてシャルがピシッと二本目の指を立てた。


「それでテオがしたい……というかしたくないのが?」

「……シャルが俺と一緒に居て楽しんでくれるかどうかが分からない。これから先、楽しませる自信がない」

「ちなみに私の事は好き? 私はテオの事好きだけど」


 いきなりの言葉に喉から変な音が出そうになった。

 でも、気がつくと考えるより先に口が開いていた。


「す、好きだが。それと結婚まで考えるのは別というか、相性とか……好きだからこそ幻滅されたくないというか」

「ふふ、そっか。テオ、私の事好きなんだ。そうやってちゃんと考えてくれるのは嬉しいよ。ちゃんと私の事好きなんだなぁって分かるし」


 顔がどんどん熱くなっていく。何を話してるんだ、俺は。


 シャルは楽しそうに……耳を赤くしながらも立てた人差し指と中指をくっつけて笑った。


「じゃあさ。付き合お、私達」

「…………随分とそっちに意見が偏ってないか?」

「まあまあ、話は最後まで聞いてよ」


 その言葉に閉口し、大人しく言葉の続きを待つ。


「期日は高校三年生、テオが十八歳になる二月一日まで。交際って結婚の準備期間みたいな感じだからね」


 まあ……そうだな。普通は付き合ってから相性が悪かったら別れる、良かったら結婚みたいな感じだし。かなり大雑把な分け方にはなるが。


「それまでにテオが結婚したいと思ってくれたらよし、思わなかったら……テオが決めていいよ。交際期間を伸ばすでも、別れるでも。私としては伸ばす方が良いけど」

「ち、ちなみに付き合わないという選択は?」

「やだ」


 やだと来たか。……この状態になるとシャルはてこでも動かなくなる。


「これ以上は譲らないかな。それでもテオが嫌って言うんだったら……」

「だったら?」

「ふふ。どうしようかな。テオはどうされたい?」


 くすりと笑って流し目を向けてくるシャル。ゾクリと背筋に冷たいものが走った。

 やばいやつだ。これを断ったら絶対大変な事になる。


「分かった」

「お、分かった?」

「ああ。……でも、こっちからも一つ条件を入れたい」

「なにかな?」

「シャルが『楽しくない』と感じたらすぐに伝えてくれ。……シャルに気を使われるのが一番嫌だ」

「私が気を使うと思ってるの?」

「使う時には使うと思ってるぞ」

「ありゃ? 思ってたより私の評価高い?」


 そりゃそうだ。初恋の相手だぞ、とか言った時には凄くからかわれそうなのでやめておいた。


「だけどさ、喧嘩とかしたら嫌でも楽しくないって思っちゃうじゃない? だから『一週間楽しくないと思ったら伝える』にしよ。テオと一週間会えないとかは無しでね」

「……分かった。それで、楽しくなくなったら恋人関係も解消する事で頼む」

「んー……分かった。じゃあこれでおっけーかな? 他に条件とかない?」

「ない。そもそも俺がわがままを言ってる立場だし」

「おっけー。じゃあ今度こそ約束ね。それじゃあ約束のキスして」

「ん!?」


 聞き間違えかと思った。しかし、シャルは自身の前髪を手で上げ始める。


「今日は私からたくさんキスしたし。私がしたかったからしたんだけどね。今度はテオの番だよ。恋人ならキスするのもおっけーだよね?」

「……こ、恋人とはいえそういうのは」

「もう条件の追加はダメだよ。締め切ったから」


 ぐぬ、と声が漏れてしまった。その辺についても付け加えておくべきだったと思っても、もう遅い。


 すると、シャルが笑って――人差し指をその瑞々しい唇に当てた。


「それともこっちにする方が良いかな?」

「……額にさせて頂きます」

「ふふ、りょーかい」


 シャルが前髪を上げ、目を閉じた。

 一度深呼吸を挟み、心を落ち着けて――いや、これ落ち着かないな。

 覚悟を決めるしかない。


 息を止め――すべすべとしていて、荒れ一つない額へと唇を押し当てた。


 そして離れると、シャルがニヤリと笑う。



「それじゃあ改めて。これからは恋人としてよろしくね、テオ。大好きだよ」

「……ああ、分かった。シャル。……その好きが嫌いにならないよう頑張る」

「頑張らない頑張らない。無理しても意味ないからね」


 つんつんと額を指でつついてくるシャル。


 そうして俺達の恋人関係は始まり――俺の日常は大きく変わり始めたのだった。






 ――――――――――――――――――――――


 あとがき


 ここまでがプロローグ的なお話となります!

 次回からは二人の距離が更に近づく事となるはずです!


 また、最初で最後のお願いです!

 本作、『自由人系美少女』はカクヨムコンに参加しております!

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