第2話 自由人は再会初日からぐいぐい来る

 ◇五年前


「にゃーにゃー」


 ブラウンの髪を持つ美少女は猫達といっしょに合唱をしていた。


 この中に混じっていると、彼女までもが猫のように思えてしまう。彼女の性格は猫みたいに気まぐれだから、というのもあると思う。


「あ、テオ! テオもいっしょに歌おうよ!」

「……やめとく」

「えー? そんな事言わないでさ……あ!」


 シャルが立ち上がると猫達が逃げ始める。彼女は声を上げるも、仕方ないかと逃げる猫達へと手を振った。


「じゃあ今日はどこ行こっか。またてきとーに散歩する?」

「どこでもいいよ。シャルが行きたい所で」

「ふふ、おっけー」


 シャルが跳ねるように歩き、後ろを向きながらも歩く速度を早めていく。


 シャルを通した向こう側で大きなクラクションが鳴った。


「ん? どうかしたの――」


 そこでは一台の車が暴れていた。運転手が眠っているみたいだった。


「シャル! 危ない!」


 その手を掴んで、思いっきり横に跳んで――



 ◆現代


 教室はもうてんやわんやであった。


「て、テオ!? テオって誰!?」

荻照おぎてるが!? なんで今あの美少女にキスされた!?」

「待て待て、結婚って言ってなかったか? 俺の聞き間違えだよな?」


 ……俺の頭の中もてんやわんやなんだけどな。


「ふふ、テオ、おでこ赤いよ。ひょっとしてさっきまで寝てた?」


 爆弾を投下してきた本人はと言えば、俺のでこをさすって笑っていた。彼女シャルらしいと言えばらしいのだが。



「シャル……どういう?」

「お、五年ぶりに呼ばれたね。テオ」

「色々言いたい事しかねえんだが?」

「私も話したい事がたくさんあるよ」


 違う、そういう意味じゃない。……いやこれ全部分かって言ってるな。


「み、みなさーん。お、お静かにー! 周りのクラスに迷惑ですからー!」

「あー、先生に悪い事しちゃったかな。戻らないと。また後でね、テオ」


 シャルは笑みと共に小さく手を振って教壇へと戻る。


 それを見つつも、額に残る柔らかな感触を思い出しそうになり……頭の中が混乱して、考えるのを一旦止めた。


 そして。シャルが教壇に戻るとクラスも少しずつ落ち着き始めた。


「……えー、こほん。どうやら元々このクラスにお友達が居るようで安心しました。では、改めて自己紹介をお願いします」

「ごめんなさい、先生。じゃあ改めて、流川有紗るかわありさです。両親の仕事で海外に住んでいたんですが、私が高校生になるのと同時に日本に帰ってくる事になりました。両親の仕事が長引いてちょっと遅れましたが。そういう事なので、これからよろしくお願いします」


 凄く丁寧に挨拶をするシャル……ではなく流川るかわ? それとも有紗ありさ呼びが良いのか?

 とりあえず呼び慣れてるシャルで良いか。


「それではみなさん、しつも――」

「はい!」

「早いですね」

「あはは、なにかな? 答えられるものなら答えるよ」

「荻照君とはどんな関係なんですか?」


 予想はしてたが一個目から突っ込んできたな。


「どんな関係、か。なんだろうね。一言で言うなら……パートナー? それとも今は婚約者になるのかな」

「ちょっ、ばっ――」


 予想外の返事に声が出るも、女子生徒達の歓声にかき消された。



「……シャル」

「ふふ」


 何か言いたい事があるのなら言えば? と目で問いかけてくるシャル。何も言えないし、言った所で声はかき消されるだろう。


 また手が上がると、歓声は一気に小さくなった。


「さっき荻照の事……てお? って呼んでたの、あれなんですか!」

「ああ、イングリッシュネームってやつだよ。海外で使う二つ目の名前って言えば良いのかな。発音とかの関係でこっちの方が伝わりやすかったりね。後は……こういうのかっこいいじゃん?」


 パチン、とウインクをするシャル。顔が良いのでかっこつけてるのも様になっていた。

 明らかに俺を見てやってるような気がするが、気のせいだと思う。気のせいであれ。


「でも日本ではちゃんと名前で呼んで欲しいかな。……テオ以外はね」

「……俺は別に」

「テオからならどっちで呼ばれても嬉しいけどね」


 また歓声が――ってこれ進まねえな。もうSHRも終わる時間だし。


「え、ええっと。また質問は後という事で、席は……」

「先生、テオ……飛鳥の隣じゃダメですか? 授業の事とかその方が聞きやすいんですけど」

「そ、そうですね。ただし、授業中にうるさくなりそうなら別の席に移って貰う事になりますが」

「……頑張ります」

「それでは……そうですね。田中さん、良いですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」


 良いのかそれは。良いんだろうな。先生が許可するなら。シャルが静かに出来るとは思えないけども。


 シャルはまた歩いてきて……スタイルが良いから歩くだけでもモデルみたいだな。


「それじゃあテオ、色々教えてね」

「それは別に良いんだけどな」

「あと結婚もしようね」

「ついでで求婚してくるんじゃない」

「だって約束したでしょ?」


 シャルが俺の手を取った。何をするのかと身構えるも時すでに遅く――


 手の甲に柔らかな唇が押し当てられた。


「お願いを聞いてくれるってね。なんでも一つ言う事を聞くって言ったのはテオだよ?」

「そ、それは、それはそうなんだが。そうなんだけどな!?」

「あ、ちゃんとテオの手って感じする」


 手を引こうとするも、がっちりと握られていて離してくれない。


 手の輪郭から、指の形を確かめるように。撫でられ、摘まれ、つつかれる。


「……ここ、ぼこってなってる。あの時の怪我だよね」

「よ、よく覚えてるな?」

「覚えてるよ。いっぱい血出て、私も泣いちゃったからね」


 ……懐かしい。

 居眠り運転の車が歩道に突っ込んできて、シャルが轢かれそうになって……どうにか轢かれる事なく助けたんだ。


 だけど転んだ拍子に手を怪我をしてしまったのだ。大きめの怪我だった。


「テオをキズものにしちゃった責任、取らないとね?」

「い、言い方。あと気にしなくて良いって言ってただろ」


 またシャルが手をなぞり始める。やがて、手の大きさを比べるように手のひらを重ね合わせてきた。


「うんうん、昔のテオと同じだね……えいっ」

「ちょっ」

「ふふ、恋人繋ぎしちゃったね」


 にひっとイタズラが成功したように笑うシャル。教室のボルテージがまた一段階上がった。



 これからの事を考え、そしてシャルが何を考えているのか分からなくなって、少し頭が痛くなった。


 ◆◆◆


 色々あったものの、どうにか学校が終わったので帰る。シャルが家に来ようとしたが断った。

 無理やり押し入って来るかと思ったが、さすがのシャルでもそこまではしてこなかった。


 今日は日直だったので少しだけ帰りが少しだけ遅くなる。とは言っても十分くらいなんだが。


 帰り道。スーパーで夕飯の買い物をし、外に出た。その時である。




 駐車場の端で、黒猫と戯れている女子高生の姿が目に入った。


 ウェーブがかかったブラウンの髪。凄く見覚えがある髪だ。


「……何してるんだ」

「にゃあ?」


 後ろから声を掛けると猫語で返事をされた。俺は猫じゃないんだが。


 こてんと首を傾げるシャルと黒猫。そういえばシャル、どこか猫に似てるよな。


「にゃあにゃあ」

「人の言葉でよろしく」

「今日テオの家に泊まるね」

「……はい?」


 何を言ってるんだこの子は?


「私の家、学校からすっごく近いからさ。お泊まりセット、家から持ってきてからテオの尾行してたんだ。という事で今日泊まるからね」



 本当に何を言ってるんだこの子は???

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