五年ぶりに再会した自由人系美少女がキスと求婚をしてきたので、とりあえず恋人になってみた

皐月陽龍 「氷姫」電撃文庫 5月発売!

第1話 初恋相手の自由人系美少女は再会から10秒で求婚&キスをしてくる

 俺の両親は考古学者だった。

 あんまり聞いた事がない仕事で、小さい頃の俺は何をしているのかよく分かっていなかった。

 ただ、海外でする仕事なんだという事だけ分かっていた。


 色んな国に行けるのは楽しかった……けど、友達が出来てもすぐお別れなんて事が多かったから。少しだけ寂しくもあった。


 友達はたくさん出来たけど、そんな中。一人だけ心に強く残っている人が居る。


 俺が十歳の時に出会った少女だ。


! 明日は秘密基地に行こうね!」

「待ってよ、!」


 ウェーブの掛かったブラウンの髪。その瞳は少しだけ明るいカラメル色だ。


 その顔立ちは外国人風……に見えるが、実際は日本人である。


【シャル】というのは彼女のイングリッシュネームだ。海外で使う名前で、日本語のままだと発音を間違えられたりするからだ。

 それは俺の【テオ】という名前も同じだった。


 そして、俺達はお互いの本名を知らなかった。



「実は明日、日本に帰るんだ。俺」

「……そうなの?」


 キョトンとした顔を見せるシャル。こくこくと頷くと、顔がむすっとしたものになる。


「どうしてそういう事早く言ってくれないかなー」

「ご、ごめん。タイミングなくて」

「……むー。でもそっか、帰っちゃうんだ」


 ほっぺを膨らませ、唸り続けるシャル。次の瞬間、あっと彼女は声を上げた。


「いいこと思いついた」

「やだ」

「ちょ、なんでさ!」

「だってシャルがこの前『いいこと思いついた!』って言った時、隣町まで行って迷子になったよね」

「あ、あはは……あの時はごめんね。でも今回はそういうのじゃないからさ」


 バツが悪そうにほっぺたをかくシャル。ゆっくりと手を下ろし、彼女は笑った。


「ね、テオ」

「……なに?」


 その目はずっと変わらない。ずっと楽しそうなままだった。


「お願い……というか約束して欲しい事があるんだ」

「約束?」


 話の繋がりが見えない。それでもずっと、シャルは楽しそうにしていた。


「そう、約束。いつか必ず私がテオの事を見つける」

「俺が、じゃなくて?」

「私がね。それでさ――」


 楽しそうでいて……でも目はまっすぐと俺に向けられている。


「――私がテオを見つけたら、一つお願いしたい事があるんだ」

「いいよ」


 すぐに頷くと、シャルは珍しくきょとんとなった。


「なんでも一つ、お願い聞くよ」

「……! 絶対だからね!」

「うん、絶対」


 その時シャルがした顔はよく覚えている。いや――忘れる事なんて出来ない。


「それじゃあまたね。絶対、どこかで見つかるから」


 向日葵が咲いたような、明るく元気な笑顔だったから。


 ◆◇◆◇◆


 ……またあの時の夢か。


 目を覚ますと朝のSHRショートホームルームが始まる所だった。先程まで見ていた夢を思い出し、ため息を吐く。



 めちゃくちゃ気持ち悪いなおい。五年前の話だぞ。もう高校生になったっていうのにいつまで夢見てるんだ。


 あれ、でも俺なんで学校で寝てたんだっけ。


 パチパチと瞬きを繰り返しながら頭の中を整理する。


 ……あー、あれだ。一限にある数学の課題を昨日学校に忘れてて、早めに学校に来て終わらせたんだ。時間もあるから一眠りしようと寝たんだな。


 いやあっぶな。SHRが始まる前に起きれて良かった。起こしてくれる友達なんて居ないんだぞ。


 でこが赤くなってそうだが……前髪で隠れてるしいいか。


 鐘が鳴り、楽しそうにニコニコと笑った先生が教室へと入ってくる。


「えー、本日は皆さんに良いお知らせがあります」

「学校に来てなかった子ですよねー?」

「はい、その通りです。事情があって入学から一ヶ月間は来れませんでしたが、本日から登校となります。改めて自己紹介をして貰おうかなと思いまして」


 女子生徒の質問に答える先生を見て、そういえば昨日先生が言ってたなと思い出した。

 名前は確か……なんだったかな。女子生徒という事は覚えてるんだが。


 今から改めて自己紹介をするっぽいし良いか。


「それでは流川るかわさん、入ってきてくださーい」


 先生の間延びした声と共に扉が開かれる。




 まず最初に目を引いたのは、ウェーブのかかった髪。

 ブラウンの色をしたつやのある髪は背中まで伸ばされていた。


 次に目についたのはその顔。明るいカラメル色の瞳に整った顔立ちはどこか外国人を思わせ――



 ――嘘だろ。


「初めまして。流川有紗るかわありさと言います」


 髪や瞳だけならまだ信じられなかったかもしれない。


 しかし、その前髪を留めているヘアピンは凄く見覚えがあった。


 鳥の羽根を模した、真っ白なヘアピン。

 それだけならただの市販品の可能性が高いだろうが……よく見ると羽根には何かが刻まれているのが見えた。


 俺の記憶が確かなら、そこには【S.T】と刻まれているはずで――確かに書かれていた。



「両親の仕事が長引いて海外に――あれ?」



 カラメルの色をした瞳と目が合った。ドクン、と心臓の音が強く鳴る。


 ――バレていないと思う。

 俺はあの頃から変わりすぎた。面影もそうだが、雰囲気が変わりすぎている。気づかれるはずがない。



 そう思っていたのに。彼女はじーっと、通行人を伺う猫のようにこちらを見続けていた。


「る、流川さん?」

「ごめんなさい、先生。ちょっとだけ失礼します」


 とん、とん、と。足音が無音の教室に響く。


 実は俺以外に知り合いが居たとか……ない、よな。


 俺の席の目の前で、彼女は立ち止まる。


「君。名前なんて言うの?」

「……荻照飛鳥おぎてるあすか

「へえ、飛鳥って言うんだ」


 俯く。顔が見えないように。


「ねえ、顔上げてよ」


 彼女はしゃがんできた。さっと目を逸らそうとするも――


「……えいっ」

「ぐむゅっ!?」


 手で頬を掴まれた。そうなってしまえば逃げ場はなくなる。


 その目がじっと合わせられる。前髪を手で上げられた。


「ああ、やっぱりそうだ」


 ニコリと彼女は笑う。向日葵が咲いたように。


 ドクン、ドクンと心臓が強く波打つ。




 ――私がテオを見つけたら、一つお願いしたい事があるんだ。




 何を願われるのか分からない。

 何度夢見たか分からない。でも、それでも……少しだけ怖くなってしまう。


 彼女が俺にどんな印象を抱いているのか、さっぱり分からなかったから。


 もし――と同じ事を考えていたら?



 やがて、その顔が近づいてきて――怖くて目を瞑ってしまうと。



 ちゅっ、と。額に今まで感じた事のないような、柔らかい感触と音が聞こえた。


「久しぶりだね、


 目を開けて気づく。


 


 なんで?

 どうして?


 困惑していると、ニコリと彼女は――は笑った。クラスメイト達がザワザワとし始める。


 そんな中でも、彼女の声はしっかりと聞こえた。


「それじゃ、約束のお願いね。テオ。私と結婚して」


「……はい?」


 ただでさえ頭の中がぐちゃぐちゃになっていたと言うのに、その言葉で頭の中は真っ白になったのだった。

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