幼馴染に、私の一年を120万円で買われた話。

かゆ

第1話 一年、120万で売ってくれませんか?

「ねぇ〜天音〜。放課後カラオケ行こうよ〜」

「もう進級するでしょ。そんなこと言ってて大丈夫な訳?」

「えぇ〜……天音さん、し〜ん〜ら〜つ〜……」


 普段から行動を共にしている唯一の友人こと【蒼葉 茜】が後ろをついてくる。

 今は高校1年生の2月終わり頃。私も茜も留年はしていないので16歳。


 何でこう、毎度毎度私があしらっているというのに、めげず彼女は誘ってくるのだろうか。


「あと、今日バイトだし」

「え何それ、茜さん聞いてないんですけど?」


 勿論嘘である。金曜日は必ず休みを取っているのは彼女も知っている。その上で茶番をしているのだ。


「じゃあまた来週」

「はぁ〜い……」


 私が校門からそそくさと敷地外に出ると、茜は直ぐにグラウンドにいた知り合いらしき人をとっ捕まえては、カラオケ行かない? と誘っている。しかも、私に聞こえる声量で。そんなに行きたかったのか、と少し罪悪感を覚えつつも、バス停まで足を運ぶ。


 基本私は学校でわちゃわちゃと話す友人を構築しない主義だし、必要最低限の、今日提出物あるか知らない? 程度のコミュニケーションで留めるのがポリシー。その後帰宅次第、ぼーっとするまでが一連のルーティーンと化していた。


 華やかな人生とはとても言えないな、なんて笑っていると、ホーム画面のある一件のバナー通知が目に留まった。


「──っにこれ……?」


 バイト先の店長からの、今日急遽入れないカナ!? というおじさんくさいメッセージではなく、登録していない人からの通知だった。


「誰──?」


 ……正しくは、知っている人、から。でも一通しかない。反応でも待っているのか。


 ──中学校の卒業式以来だろうか。約ニ年間、片時も忘れなかったといえば嘘になる──が、数ヶ月は当時抱いていた気持ちを振り切れなかった記憶がある。


 きたる文面は一通。そこには、久しぶり、だとか、副業興味ある? とかではなくて──


《一年間、計120万ぽっきりであんたの時間を買いたい。》


 ……これもある意味、一種の詐欺だろう。


「……本当に、」


 せいちゃんなの……? と弱々しく声がもれてしまった。

 【せいちゃん】こと【矢田 静嘉】とは、私の幼少期からの幼馴染である。同じ歳で、私よりワンランク上の高校に進学していった。

 声がもれてしまったのは、約ニ年を経た変わり様に驚いたから。私の知っている【矢田 静嘉】は、お金は学生の為120万なんて大金を所有していない筈だし、人を買うような人物でもない。ましてや、私の事を『あんた』だなんて呼んではなかった。


 幸い家の中でよかった。こんな連絡を街中で見てしまったら、家に帰る目的なんて忘れてしまいそうで。それ程までに私の中で得体の知れない衝撃を受けていた。


 ──でも、如何しようもないくらいに惹かれてしまって。無視するなんて選択肢は端から無かった。

 お金に惹かれただけである。決して、決して過去の記憶に引きずられた訳じゃない。


 さて、どう連絡するのが正しいものか。


《久しぶり。珍しいね、静嘉くんから連絡するなんて》


 ……無難過ぎる。何より相手はそんな馴れ合った挨拶は所望していない──筈。

 ああでもない、こうでもないと言いながら、削除のキーボードを長押しする。どう返信したものか……。


《一年きっかり120万? 気になるけど、用意できるの?》


 ……流石に率直すぎる。地雷原に防具もなしに飛び込む様なものだ。それに、詐欺の可能性もまだ否めない今はあまり喰いついた反応を見せるべきではない。


《そのお話、詳しくお聞かせ願えますか。》


 一番、当たり障りのない内容だろう、と決心し、送信後約15秒経った末、


《対面でのご説明は可能でしょうか?》


と返信が来た。


《可能です》

《ご都合の良い日をお聞かせ下さい》

《明日、明後日の休日でしたら可能です》

《では、明日の15時頃で如何でしょうか》

《承知致しました》


 少しメッセージが途切れる。こんなスピードでやり取りはできないのだろう、とでも思われているのだろうか。舐められたものだ。


 ──どうせ私の姿形、性格、考え方なんて二年前の記憶から変わっていないのだろう。幼稚で、馬鹿正直な。


《日程は決定致しましたので、希望する説明場所をお教え下さい。》

《え?》

《こちらが指定しても怪しまれるかと思いまして。》


 あぁ、言われてみれば確かにそうだ。このメッセージの送り主は釣り針に魚がかかっても、じっくりと待つ人だ。そういえば、静嘉くんも魚釣りが好きだったっけ。


「なら……」


 そう言って指定したのは、家から10分程度のファミレス。あまり家に近過ぎると後をつけられた時に困る、と危機管理能力が働いた結果だった。が、


《そちらよりご自宅に近い店舗があるかとは思いますが、宜しいでしょうか?》


と。


「は?」


《あぁ、すみません。急にこんな事を言ってしまって》


 他意は無いですよ、と追い打ちのメッセージ。今は実家暮らしではないし、矢田静嘉本人にも、矢田静嘉と名乗る送り主《茜を含めた誰》にも今の住居を教えた覚えはない。

 ──まさか、ストーカー……?


 そんな事を考えている内に、新しいメッセージが来ていた。


《変質者なんかじゃありませんから。》


 文面には、先程までとはうって変わって子供らしさが残っていた。──画面の前の送り主は笑っているのだろうか。せいちゃんなら、笑って言いそうなものだが。

 昂る気持ちを抑え込んで、ただ淡々とキーボードに手を付ける。


《左様ですか。しかしながら此方は貴方の正体の確信がない中でのお誘いの為、先程提示した場所でお願い致します。》

《危機管理能力高めですね。》


 送り主は、承知しました、と付け足して、


《それではまた明日、お待ちしております。》


とだけ伝えて、もうアプリを閉じた様だった。──見えはしないけれど、画面の先にはもう送り主はいない気がして。


「……寝る準備しよ」


 今日は金曜日。課題は朝か明後日にやればいい。さっさとお風呂に入って、準備をしなければ。



「……何がいるんだろう」


 家事を済ませて現在9時。15時からの予定のために荷物の準備をしている。……頭では考えない様にしていたつもりだが、心の底では意識していて、結局5時に起きてしまったのだ。


「護身道具……は、要らないか。財布、携帯、身分証明書、と──」


 ポンポンと、白色のトートバッグに詰めていく。荷物も必要最低限。


「あぁ、買い物行くかもしれないからマイバッグも、か」


 意外に準備が早く済んでしまった。さて、これから如何しようか。

 ──課題、の気分ではない。そうだ。バイトの量を減らすために計算しようか。何てったって、月10万円は確約されているのだから。


「あ、でも給与の受け渡しの方法、分かんないな」


 詰み。ならば、作り置きを作るしかない。材料が少なくなれば、ついでに買い出しにも行けるから。


 ──あまりにもあっけなく時間は過ぎていくもので。5品と明日の仕込みを作っていると、時刻は13時半を過ぎていた。


「……携帯でもかまえばいいか」


 とは言うものの、連絡を取る相手はおろか、有名なSNSアカウントの一つや二つを持っている訳でもない。

 何気なく画面を立ち上げると、30分前に事の発端から連絡が来ていた。


《本日15時頃から、宜しくお願い致します。》


「……律儀な人」


 ──いや、律儀と表現するよりかは心配性、と言った方が合うだろうか。逃げられない様に、今でもきっと着々と私を追い込んでいるのだろう。

 それにしても、文面が硬すぎるのではないか。昔は、こんな遠い距離感では無かった筈だ。



 確か、俗に言う『好きバレ』をしたのは中3の春過ぎ。幼馴染から発展しないなんて、分かりきっていたはずなのに。好意を寄せたとて、友情すら返ってくるか分からないのに。男女の友情だけが、残念ながら成立してしまった様で。気付けばお互いがお互いを避けていた。



《はい。こちらこそ、宜しくお願い致します。》


「……いいのかなぁ、本当に会って」


 返信した画面のままスリープ状態にして、胸の前で握り締める。

 思い出だけを追っていたら、もう時計は14時半を回りそうだった。いい加減向かわなくては。


「──行ってきます」


 黒いショートブーツ、白のブラウスの上に桜色のニットと、二段で上の段が少し透けている黒色の膝下辺りまであるスカート。そして白色の鞄。

 ──決して、過去に並々ならぬ感情を抱いた人に約二年ぶりに会うから気合が入っているから、という訳ではない。



 一台のバス。立つしかなくたって、別に気にはならない。キャハハ、と子供の笑い声が聞こえる。目を向けると、小さな少年と少女。まるで──。


 ……記憶を再起するのはやめておこう。


 指定したファミレスが見えてきた。運賃は310円。バスを降りると、時間は約束の時刻から15分程前。


 ──少し、遅かったか。


 そう思ってしまったのは、窓際の席に送り主が座っているのが見えたから。


 カラン、と音を鳴らして入ると、図ったように彼は立ち上がって私を迎えた。一番奥のボックス席。誰からも聞こえない、隔離された特等席。


「……せ── 静嘉くん。久しぶり……です」


 正しい呼び方が分からなくて、昔の呼び方を口に出しかける。


「──天音……さん」


 それは相手方も同じだった様で、名前と敬称の間に妙な間があった。それもそうだ。約二年越しの再会に加え、そもそも私の名前をあまり呼んでいなかったのだから分かる訳がないだろう。


 ──違う。今は呼び名なんか気にしている場合ではない。バイトの説明をされに来たのだ。


「──説明、宜しくお願いします」



 これが、これから始まる物語の第一歩。

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