第一話 『二人暮らし』

 日の出と共に始まる今日という日。

 とあるお宅では、早くも活動の動きをみせようとしていた。


『5:22』


 ——とデジタル時計が示すそんな早朝、五畳程の暗い部屋で寝ていた少女が目を覚まし、ベッドから半身を上げ、毛布をどけて横からを脚を出して立ち上がると、ぶかぶかサイズの白と水色のジャージ姿を露にする。

 寝起き全開の女の子らしからぬ表情と寝癖のついた焦茶色の長髪はきちんと睡眠が採れた証拠であろう。

 肌には睡眠が一番効果のあるである。

 その後、毛布を直し、充電していたスマホをズボンのポッケにしまい込んで、半目をこすりながら左手で木目調の扉に付いているレバーハンドルを握って自室を離れ、階段を降りると、暗いリビングを横切ってそのまま洗面所へと向かった。

 引き戸を開け、コスモスイッチを押して電気を付け、二歩進み、着ていたジャージのチャックを解いて脱衣、黒の下着姿を鏡に映しながら隣の洗濯機の上に乱雑に置くや否や、レバーを上げて水を放水するも前屈みになって髪を洗い始める。

 とは言ったものの、時期的にもまだ肌寒い頃ということもって、頭皮にぶつかった水の温度に——


「冷たっ」


 なんて口走る始末であった。

 一通り髪を洗い、ついでに洗顔も済ませてから器用に右手でレバーを下げて放水を止めると、壁の左側に取り付けられている——本来であればタオルが掛かっているはずのタオル掛けに左手を持っていくものの、今日ばかりはかかっておらず、舌打ちをかます。

 仕方なく後ろの洗濯カゴまで半身を持っていき、中に入っている昨晩使ったバスタオルで髪をやさしく拭った。

 それからは言わずもがな。引き出しから使い古している愛用のドライヤーを取り出して髪を乾かし、髪型のセットをするだけ——。


 リビングのデジタル時計が示す時間にして——『5:42』

 引き戸を開けると、ポニーテールの髪型をした——それはまた一段と雰囲気が変わったのある少女がそこにいた。

 さっき脱いだジャージは着衣、腕まくりをしながらキッチンへと脚を運んで真っ先に冷蔵庫を開けて中を確認する。

 全体的な中身でいうと、他所の家庭と引けを取らない——いや、それ以上に入庫していて、しかも、綺麗に整頓されていた。

 計四段もある冷蔵室内からドアポケットを一通り見終わると、チルド室に手をかけて引き出す。


「あ!やば、鶏肉がもう傷みそうじゃん。しかも、二パックも。んー……」


 傍から見ればまるで『主婦』さんのようなさまで——


 っと、急だがここで問題。

 少女はチルド室に入っていた二百グラムの鶏肉二パックを両手に持ち、顔を少し上に向かせて考えている。

 その上、朝食どころか、昼食用のお弁当も考えなければならない。

 部位は『もも』である。

 少女は何を作るか答えよ。

 ヒント、男女問わず好きな揚げ物である。


 あんさー。


「はぁ……朝からめんどくさいけど『からあげ』にでもしよ。だし、余ったら朝ごはん用として出そっと」


 そうと決まれば準備と調理にかかるだけ。

 テキパキと手際よく、鍋や油、醤油にすりおろし生姜、塩・胡椒とビニール袋等々、『からあげ』を作るのに必要な材料・調味料を天板の上にポンポンと準備していく。

 んで、下準備の為に鶏肉の包まっていたラップを剥がしている最中、少女は思いついた。


「あ!野菜室からキャベツを取って定食風にしてみよ」


 ——訂正、まるで『若妻』のようであった。




 パチパチと奏でながら、家中に油臭さを濃く充満させた頃。

 何かに夢中になることや、何か作業している時に限って無情にも時間が経つのが早いもので、ふと少女はズボンからスマホを取り出して自動点灯した画面を見た。

『6:44』の数字。

 再びスマホをズボンのポッケにしまって、今揚げている腿肉へと視線を戻すと、菜箸でころころいじくる。

 少女の右隣にはキッチンペーパと銀トレイの他に、深底のタッパに千切りにしたキャベツを下敷きにした揚げ上がりのからあげが数個鎮座していて、更にその右隣の白い平皿には少し焦げたものから歪な形をしたからあげが数個並べられていた。

 ……失敗した物は朝食用として出すらしい。


 ピピピピピ ピピピ―—ピッ!


 鍋に入っているからあげ達を菜箸でつまんで銀トレイへと移し替え、油を落とす。

 菜箸を指と指の間に挟み込みつつ、キッチンペーパの五枚分を破って折り畳み、全体を覆うようにして更に油を吸収させ、紙が滲んていく——。


「あち。あちち……」


 思わず耳たぶを触りたくなるのを必死に堪えながら丁寧に余分な油を落とし、挟んでいた菜箸を再び握って、一個一個全体の仕上がりと焦げを確認してからタッパへと移し替えていくとタッパ全体が白く曇り始める。

 そのまま蓋をすると時間が経った時に開けづらくなるので、すぐには蓋をせず、充分に余熱を逃がす為に立てかけるようにして時間まで放置をすることにした。


「ふぅ。やっとできた。今日から三年間、こんな生活が始まるのかぁ……」


 それは、とあるお宅に住む一人の少女のであった。

 ここからは、いつもと変わらない日常へと変わっていく——。


 まずはキッチンを離れ、二か所のカーテンと側面にあるロールカーテン二つを開けてリビングに日光を差し込ませると、テレビにエネルギーを与え起動させる。

 数秒待つと朝のテレビニュースが映るのだが、特に左上は要注意して見る人も多かろう。

 無論、少女にも同じことが言え、確認すれば——『6:47』


「ったく、いっつもいつも自分から起きて来やしないんだからっ!」


 ボヤくや否や、階段をドス!ドス!と登り、廊下を闊歩して少女の部屋の対面にある同じ扉をした部屋の前まで来ると、起床アラームの声と共に少女らしからぬミドルキックによって扉が勢い良く開かれる。


 ドッッコンッッッ!!!


「おい!起き——」


 反射で扉が閉まろうとした為に起床アラームが途切れるものの、即座に扉を右手で抑えて再度アラームを鳴らす。

 一度きりの目覚まし時計より、機能性は遥かに上である。勝る物はない。


「おい起きろ!今、何時だと思ってんだあっ!」


 声——というよりも音で飛び起きた様子の男が驚愕の声を上げた。


「っっ!!なんだ桜羅さくらお前かよ~。起こすならもっと他の起こし方にしてくれって……びっくりするだろ」

「はぁ⁉何言ってんの⁉起きないお前が悪いんだろううが!!」

「悪かったわるかったって。もう起きたからさ……」

「だったら最初から自分で起きろ!幾つだよ、まったく……」


 そんな捨て台詞を吐いて部屋の前から姿を消すをしばらく見つめるが、当の本人は頭に血が上っていないせいで少し、ポカン気味である。

 飛び起きた反動で毛布は既にどかされていて、妹同様の同じ色のジャージ姿を露にしながら数秒間程フリーズするが、一度頭をかいてはベッドの横から脚を出して立ち上がり、既に開けられている扉から部屋を後にした。

 ゆっくり階段を降りていくと、充満している謎の油臭さを実感しながらもテーブルの上に準備されたお茶碗や飲み物、平皿に置かれたからあげに目がいくのだが、なにやらキッチンからシャワシャワシャワとビニールをいじくる音が聞こえてくる……。

 気になりつつもリビングを横切って洗面所に向かう途中のキッチンに目をやると、パンパンになったゴミ袋をなんとか縛ろうとしゃがみながら格闘する妹の背中姿が視界に入った。


「んんーっ!縛……れない」

「……入れすぎなんじゃないのか?」

「しょうがな、いでしょ……先週、捨て、忘れたんだからっ!んんーっ!」


 そんな妹に鼻で笑いつつ、近寄って手助けの手を差し伸べた。


「どけ!縛ってやるから」


 選手交代するも束の間、はち切れんばかりのパンパンになっている袋の“あまり”をなんとか両手に確保しつつ、身体を使って全体重をかけて押しつぶしながらコマ結びを完成させる……のだが——。


「ほらできた——っておい!」

「今日はゴミの日だよ。“ゴミ出し”はあんたの仕事でしょ」

「はぁ……。そうじゃん……めんどくせ」


 結んでいた隙に階段を登っていた桜羅から“役割担当”の話を持ち出され、一気に下降したテンションとゴミ袋を投げ捨てるように置く長男。

 年齢問わず、家庭にいる女性には何一つ“抗っていけない”のが男の宿命なのだ。抗えば、倍以上の仕返しとご飯を失う程のこの上ない以上の『恐怖』が待っているのだから。

 ふと、振り向いてテレビの時間を見る——。


『6:56』


 冷や汗と焦りが細胞単位で湧き出してくるのを感じながら、思わず言葉が漏れ出る。


「あ、やべ」


 そういった時の身体は条件反射の使い方をするのか、家中をドッカン!ドッカン!と動いて身支度を済ませつつ、準備された朝食をきちんと平らげてから、やるはずのゴミ出しと食器をキッチンに置き忘れたまま家を出て鍵を閉める。

 そしてすぐさまスペースに停めていた自転車まで駆け込み、原付と引けを取らない程にペダルを漕いだ。

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