御泉千里(本編第69話後)


 「……

  いま、帰った。」

 

 「お帰りなさいませ、未来さん。

  お食事は?」

 

 「……

  外で、食べてきた。」

 

 「そうですか。

  そういえば、長谷川さん、

  辞職されたそうですね?」

 

 「っ。

 

  !」

 

 「ふふ。

  どうされました?

  

  私の顔、

  なにかついてますか?」

 

 「……

  ち、千里、

  お、お前。」

 

 「ええ。

  存じ上げておりますよ。

  貴方と、お付き合いを始めた時から。」


 「っ!?」

 

 「私、人事課なのですけれども、

  例のプロジェクトに入れられてから、

  広報系のお仕事を手伝っていますので、

  報道の方々とも、お会い致します。

  

  あら。

  このお話、致しましたね。

  上の空だったようですが。」

 

 「……っ。」

 

 「いま、キャンペーン報道をされている

  雑誌の記者の方々も、

  何人か、面識を頂きました。

  

  未来さん。

  貴方にとっては、

  都合のよろしくない方々になりますね。」

 

 「……っ。」

 

 「あら、どうなさいましたか?

  自信満々にお付き合いなさっておられた頃は、

  頼もしいな、って

  

  思うわけ、ありませんのに。」

 

 「っ!」

 

 「そもそも、

  貴方との交際を、が反対しなかった時、

  だいぶん、貴方のことを、疑っておりましたの。

  ご自慢のお顔を隠れ蓑にして、裏に、何をお持ちなのかなと。」

 

 「……。」

 

 「私も、以前、

  父の紹介で失敗しましたので、

  ほんの少しだけ、賢くなりました。

  

  元上司や、元部下の手引きで、

  調べもののやり方も学びました。

  OJT、になるのでしょうか。」

 

 「……ぅ。」

 

 「未来さん。


  お仕事を、色々、試されておられた転々としていた時に、

  ある事務所の業務のをなさっておられたとか。

  釣書にはお書きにならなかったようですが。」

 

 「……っ。」

 

 「ふふ。


  一口に芸能界と言っても、

  演者だけではないのですけれどもね。

  つい、そちらに目がいってしまう。

  

  記者のみなさんも、出入りの激しい職場だと、

  知識ではおわかりのはずなのに、

  不思議なものですね。」

 

 「……。」

 

 「若気の至り。

  と、思いますよ。

  

  仕方、なかった。

  事故、だった。」

 

 「そ、そうだっ!」

 

 「あら。

 

  私、まだ、

  誰の、何の事件だったかなど、

  ひとこともお話しておりませんのに。」

 

 「!!」

 

 「さて。

 

 『原田東和さんは、

  メレディスコーポレーションの

  契約に関する不備9対1に気づき、

  メンバーを引き込む前提で、独立を検討されていた。

  

  メレディスが、国内市場に眼を向けていて、

  海外進出に消極的だったことも

  あろうかと思います。』

  

  と、記者さんが仰っておられました。」

 

 「……。」

 

 「で。

  こちらですね。

 

 『独立に向けた動きを精神的にサポートしていたのが、

  当時、エクスプロージョン執行役員だった

  一ノ瀬美智恵女史。

  

  相談を聞く、という程度だったようですが、

  信頼を寄せ、眼を輝かせて話す若い原田東和さんを

  憎からず思っていたようです。

 

  当時のメレディス経営陣としては、

  独立を絶対的に許さない方針でした。

  原田東和さんは、安藤志摩子社長のお気に入りでしたが、

  可愛さ余って憎さ百倍。

  

  そして。

  

  いま、まさに、

  原田東和さんが、メンバーに打ち明けんとする日に、

  、荒っぽい手段に出た。』

 

  ……。」

  

 「ちょ、ちょ、

  ちょっと殴って、

  凹ませてやれって、

  そ、それだけだったんだよっ!

  

  お、俺じゃない。

  俺じゃ、絶対ないっ!」

 

 「そのようですね。

  複数犯だったようですから。

  

  『気が付いたら、

   原田東和さんは、殴られた公園の隣の大通りで、

   車に撥ねられて亡くなられておられた。

  

   当時の検視報告にも、

   打撲跡があった旨は書かれているようですね。

   ただし、死因に直結しなかったことと、

   こともあり、事故死でした。』

  

  らしいですね?」

 

 「そ、そうだっ!

  俺は、

  お、お、俺は、

  な、なにも、悪くないっ!!」

 

 「……ふふ。」

 

 「な、なんだっ!」

 

 

 

  「いまの、

   すべて、録音しておりますの。」

   

 

 

 「!!!!!!」

 

 「さぁ、どうされます?

  私、また、殴られるんでしょうか。

  

  そうしたら、私の元上司や、頼もしい元部下達、

  知り合った記者さん達や、著述家、自由業の方々、

  怖れ知らずの刑事や警察官の皆さんが、

  私などのために、助けに来て下さるでしょうね?」

 

 「っ!?」

 

 「父に駆け込みますか?

  それもよろしいかと思いますが、

  父も、最近、痴ほうが進みましたから。

  

  お医者様の見立てですと、もう少ししたら、

  準禁治産者になるようですね。」

 

 「!」

 

 「自首されても構いませんよ。

  ただ、未来さんの仰る通り、

  貴方が犯人とも限らないですし、

  事故で処理した案件ですから、警察も非常に困るでしょうね。

  

  そして、警察に駆け込まれた、

  というところだけ、切り取られる。

  

  キャンペーン報道で傷ついているといっても、

  まだ、裏方は隠然たる力を持っているようですから。

  

  私、あまりよく存じ上げませんが、

  ああしたところは、

  裏切り、許さないそうですね?」

 

 「ひっ!?!?

  お、お、お前、

  お前の狙いは、なんなんだっ!」

 

 

  「、ですよ。」

 

 

 「な、なっ!?」

 

 「貴方などにお分かりいただかなくても構いません。

  あの家に産まれ、最初の結婚に失敗した時から、

  私の運命は、まともなものではありえなかった。」

 

 「っ。」

 

 「十四で処女を喪うということが、

  なにを意味するのか、お分かりにならないでしょうね。

  

  これは、私のためでもあるのです。

  

  未来さん。

  

  貴方。

  私を、もう、

  二度と、抱けませんね?」

 

 「っ!?」

 

 「いつでも浮気して頂いて構いませんよ?

  うちの顧問弁護士、家族法のプロですから。

  執達吏つきで、最高額の慰謝料を頂けますので。」

 

 「!!!」

 

 「どう、なさいます?

 

  いっそ、私を、

  いま、ここで、殺してみますか?

  

  の方々なら、

  誰に潰されることもなく、捜査をして下さいますよ。

  

  殺人、

  前科二犯。

  

  刺激的な迫力、

  お好きなのでしょう?」

 

 「……ぅあ……ぅ」

 

 

  「未来さん。

  

   これは、

   貴方の、人生です。


   どうぞ、貴方の、

   お好きな道を、お選び下さいませ。」



 「………ぁ、ぁ、ぁ

  ぁ……


   。」

 

 がたんっ

 

 「……

  

  ふぅ。

  つまらないものね、なんて。」


*


 「そういうわけ。」

 

 「……うぶっ。


  ……

  え。

  これ、ぜんぶ、

  本当の話ですか。」

 

 「ええ。」

 

 「……

  あの、

  ええと、千里さん。」

 

 「なぁに? 改まって。

  雪乃ちゃんらしくもない。」

 

 「……

  そ、その、

  どうして、これを、私に?」

 

 「ふふ。

  どうして、かな。」

 

 「……。」

 

 「言えないでしょう?

  湯瀬さんには、特に。」

 

 「……そう、です、ね。」

 

 「これね、いま、

  貴方の元カレにも言ってないの。」


 「え、えぇ。」

 

 「だから、

  これ、洩れたら、

  雪乃ちゃんしかいないのよ。」

 

 「……

 

  千里さん、

  エグすぎません?」

 

 「ふふ、そうかしら?

  出身校が悪かったのかしら。」

 

 「……。」

 

 「そもそもね、

  貴方の元カレがいっちばん悪いのよ。」

 

 「え。」

 

 「ああいうオトコもいるんだって、

  私に、教えてくれちゃったから。」

 

 「……。」

 

 「ま、いいわ。

  養子でも探すから。

  いっそ、社長にでもなっちゃおうかしらね。」

 

 「……千里さんって、

  ほんっと、強いですね。」

 

 「なりたくなんて、なかったのよ。

  でも、これで、から。」

 

 「……。」

 

 「さ、雪乃ちゃん。

  いつまで、守れるかな?」

  

 「……

  大丈夫、です。

  私、これでも、秘密、

  抱きかかえて生きてきたんで。」

 

 「あら。

  ふふふ。

  それはとっても頼もしいわね。」


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