葛原浩正(本編第69話後)
『女帝、安藤志摩子
崩御。』
派手な見出しと、メレディスへの長年の貢献、
手塩に掛けたアイドル達への愛情を示す、
提灯記事の山が吊革に踊る頃。
「湯瀬はどうした。」
「さきほどから、社長に呼ばれています。
おそらく、スピーチ原稿の件かと。」
「お前が書いたと聞いているが。」
「はい。
でも、出したのは課長ですから。」
「ふむ。」
「ところで、ですね。」
「……なんだ。」
「そろそろ、課長達を、
止めて差し上げないと。」
「……
どういうこ
!!??
お、お前っ……。」
「すっごくいい店があるんですけれど、
お昼、御一緒頂けますね?」
「……
分かった。」
*
「お代を持って頂かなくても。」
「分かってるだろ。」
「口止め料ですか。」
「お前な。」
「まぁまぁ。」
「……個室、か。」
「はい。
防音、できてるやつです。
高級店ですから。」
「……お前の食道楽は、
もはや執念だな。」
「かも、しれませんね。
半分、供養ですから。」
「……。」
「30分前に予約しましたからね。
もう来ますよ。」
「……
手回しのいい。
営業、行くか?
人手、足りてないからな。」
「向いてないと思いますよ。」
「十分、向いてると思うがな。」
がらっ。
「お待たせいたしました。
特上天丼、おふたつで。」
「……。」
「血圧の薬だけですよね?」
「あぁ。」
「では、頂きます。
……
うん。」
「衣、サクっとしてるな。」
「ええ。」
「なのに、つゆ、
だくだく、だな。」
「なんですよ。
もったいないくらいに贅沢でしょ。」
「なんだ、この、
下品なのに上品な感じは。」
「でしょ?」
「このつゆに掛かった飯、旨いな。」
「ええ。」
「あ。
……。
海老、
旨いな、これ。
サクってしてて、ぷりっとした歯ごたえがあるのに、
飯につゆがしっとり。」
「ええ。
面白いでしょう。」
「……
はは。」
「回転率低いんで、大丈夫です。
本命、夜ですから。
できれば社長に連れて来て頂きたいですね。」
「お前な。
……。
いつ、わかった。」
「そうですね。
たぶん、一番最初は、
僕を雇って頂いたこと、そのものです。
課長が、かなり無理をして面接まで持って行っても、
当時の人事部は難色を示したと思います。
形式要件では、僕の経歴では、とても採用されないはずです。
誰かが強く後押ししない限り、
僕が採用されることはなかったろうと。
僕を採用して下さったのは課長ですが、
課長を気にかけている人が、
社内にいるからだろうと。」
「……。」
「社長ではないんですよ。
社長は、落下傘で降りてこられた方です。
課長と社長は、同盟者であっても、
利害を共有されているのみかと思います。
社長は人格者でいらっしゃいますが、
利害を超えて、課長を護る方ではおられない。
一ノ瀬さん風に言えば、
『適切に判断できる』方ですね。」
「……。」
「とすると、
利害を超えて課長を護る方が、
社内にいないと、課長は行動できなかった筈です。
その視線から眺め直すと、
課長って、かなり大胆なことをしてるんですよね。
課長補佐になって分かったんですが、
業務フローの整理一つとっても、
課長職の負担が軽くなることを集中的にしている。
普通なら、これ、
サボタージュになっちゃいます。
少なくとも、もう少し均等に割り付ける筈です。」
「……。」
「それで。
僕にしても、課長にしても、
この間、人事異動はありません。
一方で、千里さんや、帆南さんは、
ごく普通に、異動の対象になっています。」
「希望を出さなかったからだが。」
「僕はともかく、
課長には、企画課長の話があったと聞いています。
ふつう、栄転ですよね。」
「本人が断ったからだが。」
「断れませんよね、普通。
誰かが、人事権者を止めなければ。」
「……。」
「『支社採用枠の人事制度運用に関する実態調査』」
「……。」
「正直、僕、
通らないと思っていました。
どちらかというと、注意喚起のつもりだったんです。」
「……。」
「普通、部長級で潰される筈なんですよね。
執行不可能だと。」
「……。」
「そこまでして、僕を、
僕を庇う湯瀬課長を、庇護していたのは、
利害関係を超えたものがあるとしか、
考えられなくなりました。
ただ、それは、
僕にとっては有難いだけですから、
それ以上、なにも考えなかったんですけれども。」
「……。」
「このままだと、
課長、捜索願を出しますよ。
葛原部長。
いや、
和希諒さん。
貴方の、捜索願を。」
「……。」
「千里さんは、世田谷区成城学園前に、
「……ああ。」
「その千里さんが、
人事部長に対する牽制として、
葛原部長を選ばれました。
一見当然に思えますが、少し考えると、妙なんですよね。
通常、直属の上司を抑え込むのは、
より上のポジションの方なんですよ。
なのに。
千里さんは、葛原部長を選ばれた。
人物批評に厳しい千里さんが、
葛原部長に関して、ただの元上司以上に、
信頼されていたと思います。」
「……。」
「で。
履歴を追っていくと、
すり替わる前の和希諒さんという方は、
メレディスの中では、比較的上品な方なんですよね。
事務所内でも、常に、
力の弱い者の側に立っておられた。
家に居場所がなかったり、成り上がりを目指す親に、
だまし討ちのように送り込まれる人もいる
あの事務所の中では、異質な存在だったと思います。」
「……
勘当、されてたんでな。
立場は奴らと一緒だったよ。」
「お茶、淹れますね。」
「……。
旨い、な。」
「ええ。
高級店ですからね。」
「……。
不味かったぞ、飯。」
「でしょうね。
課長も仰っておられましたよ。」
「……。
どうして、分かった。」
「上枝央佳さん。
文芸読物社の記者さんですが、
原田東和さんのファンだったらしく、
すり替わる前の和希諒さんの写真を大量に持ってたんです。」
「……。」
「こういうのは、女性のほうが御詳しいんですが、
姿かたちや体重の増減って、わりと替えられるんですけれど、
骨格は、そんなには変わらないらしいんです。
それで、課長や世間が識別しやすそうな容姿や外形ではなく、
3Dソフトを利用して、骨格のほうで
モンタージュ紛いのことをしてもらいました。
そうしたら、でしたよ。」
「……
なんだ、それ、は……。」
「まぁ、精度はあまり高くなかったので、
僕の心証を作っただけなんですけれどもね。
公判維持、できないやつですね。」
「……。」
「それと、ですね。」
「……。」
「課長って、
物凄く女性にモテるんですよ。」
「……ああ。」
「女性を抱いた話とか、いっぱいするんですよね。
これみよがしに。」
「……。」
「そのわりには、派手な女性問題が起こらない。
せいぜい、帆南さんを巡った
女子社員間の対立に巻き込まれたくらいですが、
課長とは無関係の案件ですからね。」
「……。」
「最初、そういうのがもの凄く上手なんだろうな、
って、嫉妬心から勝手に思い込んでたんですけれど。」
「……。」
「もう一つ。
上枝さんによると、ですが、
原田東和さんと違って、
お二人で、写真、
映らないようにしてたみたいなんですよね。」
「……っ。」
「これはまぁ、これだけです。
課長って、ああ見えて、
「お前っ。」
「まぁ、課長に気づかれないように、
徹底的に気を配られていたんでしょうけれども。
緻密ですからね、お仕事。」
「……。」
「終わったのですから、
終わらせないと。」
「……。
そう、だな。」
「そういえば、駅前の再開発で、
赤坂の老舗高級和食店の支店が出るらしくてですね。
夜なんかいいですよね?」
「お前なっ。
……
妖刀、か。」
*
与党内部の政局を経た新政権の成立後。
『芸能界を牛耳る巨大帝国、
メレディスの暗部を暴く』
文芸読物、決死のネット連載記事が、
国内を飛び越え、世界を震撼させた。
海外報道機関が飛びつき、騒めきと共に拡散されていく。
「原田東和氏の事故死に対する再請求、
通りはしましたね。」
「一応、再捜査はするみたいだけど、
諸方面に顔を伺いながら、だろうね。」
「課長はしないんですか?
被害者インタビュー。」
「はは。
矢田さんにも言ったけどね。
僕はね、もう少し、
長生きってのをしてみたくなってるんだよ。」
「それはいいですね。」
「……ふふ。
そう、だね。
そういえば、こないだのパーティ、
業界関係者に評判良かったらしいよ。
お褒めの言葉に預かりましたよ、僕が。」
「それは良かったです。」
「雪乃さんを慰労しないとだね。」
「お子さんも、になりますけど。
会場手配、だいぶんお手伝いされたらしいですから。」
「あら、そうなんだ。
きみの子どもは?」
「……
セクハラ、ですよ。
もう、21世紀なんですから。」
「ははは。
……そうかも、しれないね。」
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