湯瀬誠(本編第69話後)


 東京都。

 港区、愛宕二丁目。


 放送局が管理する施設の隣、

 雑居ビルの地下二階。

 その、さらに下。

 

 電波を通さない材質で囲われた部屋の鍵を開けると、

 私書箱のような無機質な箱の束と、

 電気が通っている唯一の証明である裸電球、

 一組の小さな机と椅子。

 

 (あたしらの時代の産物だよ

  今はもっと、シャレたもんがあるだろうがね)

 

 (一ノ瀬さんから、もうひとつ、ご伝言があります

 

  『


  だそうです)


 徒手空拳で上京して以来、

 業界に多大な痕跡を残した立志伝中の人物が、

 世を儚くしてより、一か月と十日が過ぎた頃。

 

 湯瀬誠の元へ、

 一本の、ごく簡単な意匠の鍵が、

 黄泉路から送られて来た。

 

 それから八日後。

 四十九日の法要を終えた日。

 

 電球の弱々しい光に頼りながら、

 鍵に記された番号の扉を開く。

 

 私書箱に似た小さな空間には、

 宛名に湯瀬の名が書きこまれた、一通の小さな封筒。

 

 開封し、厳重に折りたたまれた

 小さなメモを開いた湯瀬は、

 端正を極めた顔を、思わず歪めた。

 

 記されていた文字数は、

 わずか、五つだけ。




  『諒を探しな。』




*


 和希諒。

 

 人気アイドルグループ、

 Fleafの年長メンバー兼リーダーとして人気を博し、

 活動休止後は、功労と若手からの支持を背景に、

 アプレンティスの運営に携わる人物であり、

 社内では副社長昇進の声もあると言う。

 

 表舞台にこそ出ないものの、

 和希諒の存在は、業界に広く認知されている。

 

 それだけに。

 

 『諒を探しな。』


 一ノ瀬美智恵が、

 いまわの際に残した五文字は、謎めいていた。

 

 しかし。

 あの一ノ瀬が、死の間際に、

 無駄なことをするはずなど、ない。

 

 誠は、

 私用のスマートフォンを開き、

 慣れた手つきで、手早く入力を済ませた。


*


 「ったく、人使い、荒いんだから

  私だって、まぁまぁ忙しいんだよ」

 

 野々原留美。

 

 商品広告の女王としてネットを超えて浸透しつつある美少女は、

 少し口を尖らせながら、映像資料をまとめたデータを、

 誠のPCに移し替えた。

 

 「データ、こんだけ大きいと、

  オンライン上だと時間しか掛からないからね。

 

  にしても、いいベットだね。

  高級ホテルみたい。」

 

 「気持ちよくなって頂かないとだからね。」

 

 「それ、そのまま言うの、

  誠さんくらいだよ。」

 

 「隠すことでもないさ。」

 

 実際には、このベットを、

 そういう目的で使ったことは一度もない。

 誠は、自身の部屋に上げる人物を、

 厳重かつ厳密に選別していた。

 

 「ったくもう。

  36にもなって。」

 

 「ふふ。」

 

 元メンバーの妹と戯れる間にも、

 湯瀬は、凄まじいスピードで動画を攫って行く。

 メイキングビデオ、アプレンティスのレッスンの様子、

 売り出す予定の若手アイドルの傍で笑うスタッフ。

 

 映像に残っている、

 和希諒の姿を、片っ端から当たっていく。

 

 そして、

 凡そ、一時間後。

 

 「……っ。」

 

 「あ。

  さすが、気づいたね。

  

  スタイル、よく似てるんだけど、

  着てる服とか、小物の趣味が、

  この年くらいから、だいっぶん違うんだよ。

  

  もちろん、大人になってそういう趣味に目覚める、

  っていうのは、普通にあるんだけどさ。」

 

 「きみ、ヒマなの?」

 

 「ひっどいな。

  協力してあげようと思って、

  作業しながら、横目でざぁーって見てたんだよ。

  それでちょっと、ん? って。」

 

 15年ほど前。

 誠が、芸能界をすっぱりと諦め、

 遅まきの大学生活を送っていた頃だ。

 

 「で、そっから見てって欲しいんだけど。」

 

 和希諒の周囲に立つ人々の性質が、

 明らかに変わっている。

 

 「その頃から、メレディスの幹部クラスの人が、

  ちょくちょく映るようになってるんだよね。

  ただのアイドルあがりの裏方から、

  メレディス運営のインナーサークルに入ってる。」

 


   『諒を探しな。』

 

 

 それは、つまり。


*


 「探すの、大変でしたよ。

  僕は出入り禁止の身なんで。」

 

 新聞社を退職し、いまはフリーの芸能ライターをやっている。

 給料は三分の一以下だが、

 昔の人脈で振ってくる細かい仕事で食いつないでいるという。

 

 「なら、これもその一つってわけだ。」

 

 「ま、そうなりますね。

  贖罪、って意味もありますが。」

 

 「きみのせいじゃない。

  それに、野々原留美は、ちゃんと売れてきてるよ。」

 

 「……です、ね。

  ほんと、バイタリティ旺盛な娘ですよ。

  僕のほうが食わしてもらうことになるかもです。

  

  あぁ、ご依頼の件ですね。

  結論から言えば、ビンゴです。」

 

 やは、り。

 

 「元アプレの子に、何件かインタビューを取ったり、

  僕なりに、調べてみましたけれど、

  湯瀬さんが仰る年の前後で、

  アプレの子に対する態度が変わっています。

  

  それまで、アプレの子の肩を持っていたのが、

  事務所側の意向をただ伝えるようになったり、強圧的になったり、

  キャスティングをめぐって脅迫じみたことを言ったりと、

  まぁ、色々ですね。」

 

 普通なら、性格が変わった、

 業界に染まっただけ、と考えるしかないわけだが。

 

 

    『諒を探しな。』

 

 

 それは、やはり。


*


 「有給使って、

  こんなことさせられるとは思いませんでしたよ。」

 

 「プロのほうがいいからね、こういうのは。」

 

 「探偵のほうがいいじゃないですか。」


 「荒事になったら、本職のほうがいいでしょ。」


 「あのですねぇ。」


 「越権捜査の件、忘れてないよね?」

 

 「……まったく。

  強引なのは相変わらずですね。

  橋本さん、顎で使ってるみたいで。」

 

 「失礼だなぁ。

  働いて貰ってるだけですよ。

  ま、そんなことはいいから。」

 

 「……身元、洗いましたよ。

  

  中学の時、両親が亡くなり、

  身元保証人だった母方の祖母も、

  22歳の時に他界しています。」


 「積極的に探す人はいないってことだね。」

 

 「……

  そう、なりますね。

  これといった女性の影が見えませんから。」

 

 「……

  なんだよ、ね。」

 

 「で、何度か、住所地を替えています。

  これは、貴方達の業界では、

  ごく普通のことだと思われているようですが。」

 

 「演者ならね。

  裏方だと、ちょっと不思議な気もするね。」

 

 「と、言われると思いましたから、

  調べましたよ。例の15年前の住所地。

  いわゆるモクミツ地域ですね。

  

  もちろん、何も見つかりませんでしたよ。

  ただ、その当時から住んでたって言う人と、

  当時の大家さん、近くのおばあちゃんとか、

  いろいろ、話を聞けはしましたよ。」

 

 「ふむ。」

 

 「……

  心証だけで言えば、

  湯瀬さんが思われている通りです。」

 

 そこまでは、予想通りだが。

 問題は。

 

 「そこまでですよ。

  いま、どこにいるかまで探せませんよ。」

 

 「まぁ、そうだね。

  捜索願、出せそうにないし。

  まぁ、出したって、取り合ってくれないけどね。」

  

 「嫌味ですか?」

 

 「違うよ。

  ただの事実さ。

  きみたちは忙しいからね?」

 

 「ほんとですよ。

  たまの非番、こんな風にこき使われて。」

 

 「その非番を利用して、うちの会社に

  遊びに来る時間はあったみたいだけどね?」

 

 「……その節はお世話になりましたって。」

 

*


 湯瀬誠の表の顔は、

 大手素材メーカー東京本社、調査第一課の課長である。


 課長業は司職であり、

 上下左右の部署調整業務で時間は過ぎていく。

 

 相対的に余裕がある部署であり、

 合理化し、優秀な部下を持ったとはいえども、

 湯瀬が直接捌かなければならない業務も少なくない。

 

 「そうすると、今度の業界団体の記念パーティ、

  うちが幹事会社になるわけだね。」

 

 「はい。」

 

 小辻静課長補佐。

 湯瀬誠の右腕にして、調一の妖刀。


 「社長のスピーチ原稿、

  お願いしていいい?」


 「わかりました。

  前年の幹事会社と、他のスピーチを取り寄せ、

  社長室、秘書課と連携して進めます。」


 「うん。

  そしたら、雪乃さんと一緒に具体的な段取り進めといてね。

  彼女、こういうの好きそうだし、秘書課とも仲いいんでしょ?」

 

 「……ええ、まぁ。」


 入社5年目にして、

 別の色のスーツも身に着けるようになった部下が、

 艶の良くなった顔に戸惑いを浮かべている。

 

 「ふふ。

  が社内で縦横に人脈を作っていくの、

  ちょっと複雑かな?」

 

 「……ここまでとは思わなかっただけです。」

 

 「大丈夫なの、帆南ちゃんは。」

 

 「まぁ、そこは。」

 

 「ふふ。

  

  ……

  それで、この資料は?」

 

 「あ、はい。

  ご覧頂ければ。」

 

 「ん?

 

  ……。

  


   『!?』


  

  ……


  小辻君、きみ。」

 

 「いいお店、見つけたんですけど、

  お時間、頂けますか?」

 

 「……はは。

  きみってやつは、まったく。」


*


 香港から土着した有名料理人が、

 三代に渡って守り続けてきた老舗の中華料理屋。

 

 「……なるほど。」


 上湯とオイスターソースをベースに作り込まれた

 とろみのある餡が、帆立、海老、烏賊などの魚介類と合わさり、

 五香粉で付け込まれた深い味わいの焼豚と、

 ふんわり柔らかい卵で炒め込まれたチャーハンに絡む。

 

 「アスパラガスが

  食感のアクセントになってるわけね。」


 「です。」

 

 食べても食べても、素材の複雑な味わいが溶け込み、

 まったく飽きることがない。

 

 「このザーサイもいいね。

  歯応えもいいし、ちょうどいい。」

 

 「ですね。」


 「……

  これは、個室で食べるものだね。」

  

 「まさしく。

  夜ですから、ちょっと値段高いんですけれどね。」

  

 「ふふ。

  いいの? 僕となんかきて。

  帆南ちゃん、不貞腐れるよ?」

 

 「……大丈夫です。

  今日は、女性陣だけで打ち上げだそうです。」

 

 「……あぁ。

  彼女榊原晴香の。」

  

 「はい。」

 

 「葬式の時は、凄かったね。

  出棺の時、泣き崩れて。」

 

 「……親、でしたから。」

 

 「うん。

  ま、今にして思うと、この選択で良かったと思うよ。

  短い時間にしないようにね、できるだけ。」

  

 「ありがとうございます。」

 

 「……

  あぁ。


  旨いな、これ。」


 「ふふ。」

  

 「……


  こんないいもん食べた後だと、

  正直、話す気、なくなるんだけどさ。」

 

 「……。」

 

 「留美?」

 

 「直接のきっかけは、そうなりますね。

  もともとは、召された方一ノ瀬美智恵から。

  課長を援けてやれって。」

 

 「そんなこと言ってたの?」

 

 「はい。」

 

 「……はは。

  でも、これ、会社の案件じゃないよね。」

 

 「課長を援けるのは会社案件ですし、

  子会社ヌーベルキャルトにも関わりますから。」

 

 「あぁ。

  まさか、本当にそうなるとはね。

  株主総会、乗り切れるかな。」

 

 「想定問答集は作りました。」

 

 「それ、絶対調一の仕事じゃないよね。」

 

 「帆南のためですよ。」

 

 「……はは。

  そう、だったね。

  

  にしても、この情報はどこから?」

 

 「上枝記者さんからです。

  妻の紹介で。」

 

 「……。

  こいつは、とんだ盲点だった。

  考えてみれば、一番真剣に探してくれる人だね。」

 

 「ストーカーされるの、嫌かなと。」

 

 「それは今更なんだけど、

  あぁ。


  ……はは。


  これなら、最初から、

  きみを巻き込んでも良かったじゃないか。

  

  まぁ、いい。

  で、上枝さんが取材してくれてるわけね。」

 

 「上枝さんというよりも、彼女の上司の方ですね。

  矢田未廣さん。

  

  ノンフィクション作家として話題の人らしいですが、

  一ノ瀬さんの生涯を書籍にまとめる作業の時に、

  うすうすは気づいていたみたいです。」

 

 「……。」

 

 「本能的に、記者から身を離した。

  そんな感じですか。」

 

 「きみ、ね。

  

  ……

  あぁ、でも、

  そうかもしれないね。」

 

 「あんな解散劇があれば、無理もないでしょうね。」

 

 「……

  まぁ、ね。」


*


 「、ですか。」

 

 「そう、なりますね。

  ご記憶、頂いていましたか。」


 「営業の話に絡めて、

  突然、東和のことを聞いてこられましたからね。」

 

 「はは。失敬。

  あれは不自然でした。」

 

 「正直申し上げると、

  貴方を信用して良いか、分からなかった。

  貴方の御勤め先は、メレディスとの関係も持たれていましたからね。」


 「ええ。

  メレディスを敵に廻すのは、商業的にも、広告的にも不利です。

  実際、僕らのところにすら、

  陰に陽に、圧力が掛かりましたから。

  

  いや、しかし、

  自由業になると、言葉も軽くなりますね。」

 

 「お羨ましい限りです。」

 

 「場所柄もありますけれどもね。

  こちらであれば、機密性も高そうですし。

  企業の方は、こういうところをよくご存知でいらっしゃる。


  それにしても、このマカダミアナッツチョコ、絶品ですね。

  塩加減が絶妙で、いくらでも食べてしまえそうです。」


 「ふふふ。」


 「さて、本題のほうを。

  小辻さんに指摘されて、はっとしましたよ。

  

  上枝さんを介して、メレディスの古参ファンコミュに、

  別件の取材を利用しながら裏を取ってもらいましたが、

  言われてみれば、という感じのようです。


  最も、メレディスの元アイドルは、

  事務所内で出世する時はだいたいそうなるらしいですから、

  大して違和感もなかったようですが。」

 

 「その体質は、昔からですね。」

 

 「はは、そうでしたね。

  だから、気づかれるはずもなかった。

  人物眼に異様に鋭い一ノ瀬さん以外は。」

 

 「……。」

 

 「ファンコミュの人が、

  面白いことを言ってましてね。

  

  くだんの時期まで、

  和希諒氏は、一人称がご自身の名前だったそうですが、

  その後、名字に変わったと。

  

  まぁ、大人ならば、当たり前なのですが、

  アイドル出身の事務所関係者は、40歳を超えても、

  下の名前のまま、あるいは、フルネームを

  自称する方もおられますので。」

 

 「……。」


 「違和感を持たれた一ノ瀬さん自身も、

  エクスプロージョンを大きくする過程で、

  関係が比較的良好なメレディスに手を廻せる筈もありません。

  晩年は、榊原晴香の売り出しに全精力を注いでおられましたしね。

  

  御心残りだけを持たれていた。

  まぁ、そんな感じでしょうね。」


 「……。」

 

 「これは、まだ、

  未確認の情報なのですが。」

 

 「……。」

 

 「正直、これはガセネタじゃないのかと思ってます。

  ただ、取材の過程で、無視できるものでもないと。」

  

 「ええ。」


 


  「の和希諒氏は、

   まだ、御存命で、

   いずこかに監禁されていると。」




 「!」

 

 「いくらなんでも、と、思いはするのですが、

  貴方に託されたという、一ノ瀬さんの御遺言なるものを聞くと、

  まったく無碍にもできないなと。」

 

 「……場所は。」

 

 「分かりません。

  ただ、幾つか、可能性がある場所は考えられはします。

  最もありそうなのが。」

 

 「……女帝、か。」

 

 「ええ。

  メレディスの女帝、

  現社長、安藤志摩子。


  ただ、志摩子自身は、

  10代前半から中頃くらいの男の子が好きですからね。

  和希諒氏を長らく監禁する理由はないんですよ。」

 

 「……。」

 

 「次にありそうなのが、

  取締役執行役員、長谷川駿。」

  

 「っ。」

 

 「ええ、貴方に関係することですよ。

  セット・ロアを分裂させ、

  D-MATの立ち上げを指揮した方です。

  

  現時点の心証に過ぎませんが、

  僕は、原田東和氏殺害事件において、実行犯を指揮したか、

  少なくとも、強い関係があったと考えています。」

 

 「!」

 

 「ま、状況証拠だけなんですけれどもね。

  ただ、いまはそちらは後です。

  

  ご承知と思いますが、長谷川氏こそ、

  和希諒氏と密接な接点があった方です。

  もともとはご自身が立ち上げられたアイドルですからね。」

 

 「……。」

 

 「そして、長谷川氏は。」

 

 「……ありえ、る。

  十分すぎるほど。」

 

 「です。

  

  それで、ちょっとだけ、

  そういうのに詳しい奴洋子の元上司に聞いて調べたんですけれど、

  長谷川氏は、ある時期まで、そういうお店の上客だったようなんです。

  でも、10年か15年前くらいに、ほぼすっぱりと卒業してるようです。」

 

 「……。」


 「と、妄想の範囲なんですけれどもね。

  もう少し調べないと、分かりようがありません。」

  

 「……ありがとうございます。

  しかし、率直にお伺いしますが。」

 

 「なんでしょう。」

 

 「これ、絶対に記事にできませんね。

  書籍で出版しても、名誉棄損で訴えられるだけかと。」

 

 「ええ。」

 

 「長谷川の家の捜査など、

  警察が取り合うわけ、ありませんよね。」

 

 「勿論。

  橋本さんの例を引くまでもないでしょうね。」

 

 「では、どうして。」

 

 「……

  頼まれましてね、一ノ瀬さんに。」

 

 「え。」

 


  「『あたしのこと、本にするってんなら、

    これだけは、約束してくれよ。』」


   

 「!」

 

 「三点、あるんですけれどもね。

  その一つが、湯瀬さんを援けること、だったんですよ。

  小辻さんのお申出は、ちょうど渡りに船でして。」

 

 「……。」

 

 「こう見えて、

  わりと義理堅いんですよ、僕。」

 

 「……はは。

  それは有難い。」


 「まぁ、長谷川氏については、

  貴方の会社とも浅からぬお付き合いがおありと

  お伺いしています。」

  

 「……。」

 

 「僕はですね、そもそも、不思議だったんですよ。

  貴方ほどの方が、わざわざ国内の、

  それも、大手とはいえ、地味な素材メーカーにお勤めになられたのが。」


 「……。」

 

 「この件が上首尾に終わったら、

  貴方のことも本にしたいのですが、いかがでしょう。」

 

 「……

  僕、最近、

  できれば長生きしたいな、

  って思うようになりかけてるんですけれどもね。」


 「それはいけませんね。

 

  一つ、湯瀬さんに朗報があるとすれば、

  安藤志摩子、もう、長くないようです。」

  

 「……

  、と。」

 

 「ええ。

  果報は寝て待つほうなんですよね、僕。

  

  あぁ、一応。

  捜索願を出せそうな人は捕まりましたよ。」

 

 「え?」

 

 「上枝さんに調べて貰ってる際に

  『Fleafの和希諒』の熱烈なファンだった人を見つけたんですよ。

  いまは銀座で小料理屋第2話参照をやってるらしいです。

  

  その方に、形だけは、親戚っていう人を、

  探し当てて貰ったんです。

  父方の従姉妹にあたるみたいですけれどもね。

  

  なので、

  書類上は、これで大丈夫だろうと。」

 

 「……流石です。

  プロの仕事ですね。」


 「9割方、上枝さんの力ですけれどもね。

  アイドルのファンの熱量は、本当に、凄まじいものがあります。」

 

 「……

  それは、実感しています。」

 

 「ははは。


  では、女帝の葬儀の頃あたりに、

  改めてお会いしても?」

  

 「ええ。

  勿論です。」

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