野々原留美(第30話~第58話後)
「そっちこそだめだよ?
いたいけな一般人をそんなに追い詰めちゃ。」
っ!?
な、なんで。
「実のところ、僕ももう少し聞いてたかったんだけどね。
本当のところ、どう思ってるか。」
「それなら、邪魔をしないで頂けますか。」
なんだよバカ兄ぃ。
どういうつもりだよ。
「おや?
キャラ変えちゃって。余裕、なくなってるね。」
っ。
「向こうの尾行、撒いたつもりかもしれないけど、
きみのファンっていうのは、なかなかしつこい連中が多いみたいだね。
ファンのフリをしてる連中、腑分けできてる?」
!?
撒ききったつもりでいたけど、
誰かが、このへんにいるってことなのか。
やば、い。
静さんになにかあったら、
はるちゃんに恨まれるなんてもんじゃない。
それよりも、ずっと。
静さんに、危害が加えられる姿を、見たくない。
幼い時のトラウマが、
鮮明に、蘇る。
「ま、今日のところは御開きかな。
仕事、欲しいんでしょ。」
忘れて、た。
仕事のこと、なんて。
「ま、そういうわけだから、
今日は解散。いいね?」
「今日は、ですよね。」
「それはきみ次第じゃないかな。」
逢える、だろうか。
また、逢えないだろうか。
もっと、ちかくで。
*
……
やば、かった。
……
古いゲーム雑誌。
そんな調べ方、考えたこともなかった。
表舞台から消し去られた兄さんの、
営業用とは違う満面の笑み。
地獄の下積み生活を送っていなければ、
絶対、涙を見せてしまったろう。
(『逆境になっても、一人になっても、挫けないで、
チャンスを窺えるガッツがあるのさ』
と、誰かさんらしき人が言ってましたけどね。)
(どんな理由であれ、どんな目的であれ。
その方は、そんな貴方を支えようとなさったのでしょう。
援けるつもりだった元仲間から裏切られても、
生きている限り、目的達成への希望を捨てていない貴方を。)
……
一銭の得にもならない。
そのはず、なのに。
静さんは、ただ、
私を、ちゃんと、知るためだけに、
忙しい時間を、私のためだけに、割いてくれた。
私を、知ってくれた。
私の意図を、わかってくれた。
私の心の奥に、さりげなく、触れてくれた。
恥ずかしくて、
壊したくて、塞ぎたくて、
たとえようもないくらい嬉しくて。
兄さんに、抱きしめられているようで。
頭を、優しく、撫でられているようで。
見上げてしまいたくなる。
抱きしめてほしくなる。
……
はるちゃんと近づかなければ、
知り合えることもなかった。
でき、ない。
そもそも、
はるちゃんから、奪えるわけがない。
……
あぁ。
わか、る。
わかって、しまう。
(その、そうじゃない話は、できるんだけど、
ごはんの話とか、前やったお仕事の話とか。)
はなせなく、なってしまう。
この人に、ことわられたら、
この世のすべてが、なにもかも、色あせてしまうから。
たった二回しか会っていない私ですら、
そうなって、しまうのなら、
はるちゃんは、もっと、ずっと、
怖くて、怖くて、たまらないんだろう。
……
それ、なら。
この人も、
きっと、そうなんだ。
……
榎本帆南、さん。
誠さんの、部下で
静さんの、同僚。
……
見惚れてしまうほど、
凄まじく、綺麗な人。
そういう人は、この世界にいて、
嫌になるほど見慣れている筈なのに、
そんなの、軽々と超えてる。
生半可な主演なら完全に喰われるくらいの存在感。
……まぁ、これくらい綺麗な人は、
そもそもこっちなんて見限ると思うけど。
こんな完璧な大人の女性が、同僚で、恋敵。
なるほど、あのはるちゃんでも焦るわけだ。
羽田空港で取り合ったくらいだもんね。
……
私は、舞台の端っこにしかいない。
取り合うどころか、正面に立つことすら、許されていない。
……
時間、か。
私は、静かに目と心をしっかりと塞ぎ終わると、
*
『あたりまえは、だれかがしっかり作っている』
機械翻訳と、英語が得意な事務所の人の力を借りつつ
英語版のティザーを作り終えた時、私は、ひそかに満足した。
これほど迫力のある絵を作り終えた自分に。
この世ならざる演技を目の当たりにできた幸せに。
榊原晴香は、
完璧の遥か上を行った。
あれは、完全に、
静さんを思い浮かべていた。
それが分かるから、撮りながら、
私と帆南さんは、何度も泣いてしまった。
はるちゃんの視線の向こうに、手を振る姿の先に、
照れながら笑っている静さんの優しい瞳が見えたから。
「ま、
こんなもん作られちまったら、
しょうがねぇよ。」
意外なことに、
製作会社側は、あっさりと降りてくれた。
「カネ、人月分は貰ってるんでな。
お前、タダ働きにならねぇように、ちゃんと向こうを縛れよ。
ガキの部活じゃねぇんだぞ。」
あんなハードなクソい趣味持ってる癖に、
仕事については意外にマトモだったので、拍子抜けした。
その、ついでに。
「最初の紙芝居はなんだったんですか?」
「あぁ? わかんだろ。
あれは、向こうの要求通り作ったんだよ。
一目見て、これはねえぞって分からすために。」
そうだと、聞いてはいたけど。
「あれでいい、って思った人、
ほんとにいたんですかね?」
ぎらっとした眼だった。
「いなきゃ、作らねぇよ。」
持つべきでない、
持ってはいけない興味だった。
でも。
贅沢をしなければバイトしなくても生きていけるようになり、
はるちゃんほど売れまくってるわけでもない。
私に、時間が、生まれていた。
猫を殺してしまえる時間が。
*
「あら。ふふ。
そういうことに興味を持つお年頃かな?」
寺岡千里さん。
あのCMの製作会議を実質的に仕切っていた人。
おっとりしていて、上品で、清楚そうで、
虫も殺さないような顔をしながら、
会議が対立した時に、柔らかな声で、
短く、鋭く、方向を決めることを言う。
「これ、湯瀬さんにも、小辻君にも内緒よ?
もちろん、晴香ちゃんにもね。」
悪戯っぽい顔が、妙に似合う。
きっと、腹の中に、いっぱい貯めておける人だ。
「あれはね、
百周年事業の時の仕様なの。」
五十年前の仕様。
にわかに信じがたい話だった。
「これでいいだろ、って出してきたのよね。
どうも、本気だったらしくて。
問題は、そこから先なの。」
そう言うと、
千里さんは、ふんわりと微笑みながら、
私に謎を掛けるように、人差し指をすっと翳した。
「幽霊、よ。
抜け殻、かな?」
意味が、わからなかった。
「ふふ。
こんなところかしら?
じゃあ、湯瀬さんによろしくね。」
同じ職場内のはずなのに、
千里さんは、まるで遠くにいる人を想うように言った。
*
(幽霊、よ。
抜け殻、かな?)
超常現象とかでは、
絶対、ない。
五十年前の仕様を本気で出してきた。
それ自体、狂気じみている。
しかし、一度は作らなければならなかった。
シカトすることも、
ほっとくこともできなかった。
……
私達の世界でも、
そういうことは、よく、ある。
往年の有名脚本家、
有名作家、かつての名俳優。
昔はこうだった、というのを、本気で押し通してくる人達。
そして、ほとんどの場合、
現役で働いている人達が、
若い頃にお世話になっている大先輩。
……
大先輩。
そう、か。
だから、一度は、作らなきゃいけなかったんだ。
静止画みたいな映像なのに。
ただ。
千里さんは、それを放置しなかった。
むしろ、契約にはない、私達の活動を黙認した。
それは、
千里さんは、幽霊の存在を、知らなかった、
ということだろうか?
こっちの製作会議を通さずに、
発注先の製作会社に、直接、示せば、
ありえなくは、ない。
ただ、
それはそれで、分からない。
普通なら、まず、いまの契約先の元締である、
真っ白なおヒゲの長老さんに、
話を持って行くはず。
でも。
そうは、しなかった。
長老さんが知っていたか、
長老さんは出せばわかると思ったか。
どっちにしても、
製作会社も、長老さんたちにとっても、
その幽霊氏は、無視できない存在だった。
そして。
(湯瀬さんにも、小辻君にも内緒よ?)
外部のはるちゃんはともかく、
社内の誠さんや静さんが、知らない。
つまり、この話は、
ごく少数にしか、共有されていない。
それを、どうして、
千里さんは、私に話してくれたのか。
……わから、ない。
(湯瀬さんにも、小辻君にも内緒よ?
もちろん、晴香ちゃんにもね。)
……
あ。
これ、かなり、
ずるい気もするけど。
*
「……千里さんが、
そう、言ったんだね。」
榎本帆南さん。
静さんを巡っては、
はるちゃんの、最大の恋のライバル。
もちろん、
そっちでは、半歩だって譲るつもりはない。
でも。
それ以外では、帆南さんは、
とても優秀で、頼りがいのあるお姉さん。
明るくて、しっかりしていて、一緒にいたくなる人。
一緒に考えてくれるなら、
帆南さんは、一番、頼もしい人だ。
「誠さんにも、静さんにも内緒ですよ。
もちろん、はるちゃんにも。
そして、千里さんにも、です。」
「……あはは。
言わないよ。
言うわけ、ないって。
……
でも、なんで、千里さん、
留美ちゃんに話したんだろうね。」
「ナメられてるんでしょうかね。
話しても分からないだろ、みたいな。」
「それはないよ。
晴香ちゃんの英語版のティザー、
留美ちゃんに作って貰って良いかって長老様にあげた時、
千里さんがいいって言ったから、みたいな感じだったよ。」
……そう、なんだ。
なんか、ちょっと、嬉しい。
いや。
いまは、こっちの話を。
「千里さんは、
抜け殻、とも言ってたんです。」
「……。
論理的に考えれば、
もう、憑りつくことができなくなった、
という感じなのかな。
……
それでも、無視できなかった。
だとすると、昔は凄かっ……
……。」
あれ?
「もしもし。
帆南さん?
ほなみさーん?」
「あ。
う、うん……。」
なんだろう。
急に声、落ち込んだみたいだけど。
ん?
あれ、<ちさと>さんからだ。
<英語版のティザー、
貴方が出したのね>
<あ、はい
特に止められなかったので>
<そう
アクセス数、見てる?>
……
え?
!
ぅわあっ!?
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