寺岡千里(本編第10話後~第45話前)
「つまり、ふたりにやらせるってこと?」
「はい。」
ふふ。
美男子の顔を歪めさせるの、ちょっと楽しい。
「……どういうつもり?」
「さきほどお伝えしましたよ。
いまの人事部で、この話は受けづらいと。
踏み絵になりかねませんからね。」
「……これ、
小辻君に傷がつきかねない話だよ。」
「そんなことを仰るなら、
どうして小辻君が提案した時に、
却下されなかったんですか。」
「……失望されたくなかったんだよ。
会社のことを。」
「湯瀬さんのことではなく?」
「……あいかわらずきっついな、
千里さんは。」
苦笑いでわざとらしく肩をすくめながら手の平を挙げる姿も、
ドラマのワンシーンみたいに絵になる。
これだけひとの羨望と欲望を浴び続けてる湯瀬さんが、
ここまで小辻君に拘る理由が分からないけど。
「千里さん、きみさ、
帆南ちゃんを煽ったね?」
あぁ。
「頼れる誠実な男性がいたほうが、
傷心を癒してくれる。違いますか?」
「僕はお眼鏡にかなわないと。」
「ひとりの人に誠実か、と言われたら。」
「あはは、言うねぇ。
でも、小辻君はさ。」
「
「……ま、知ってるか。
報告、受けてるだろうからね。」
「小辻君、社内で
台風の目になりつつありますよ。
分かってなさそうですけれど。」
「……ぜんぜん、ね。
少しだけ釘を打ったんだけど。」
「少しでは足りませんよ。
彼、自分のことにまるで気づきませんから。
湯瀬さん。
小辻君に、
そのままの姿でいて欲しいと、思ってますね。」
「……まぁ、
そう、だね。」
あら、認めるんだ。
小辻君のことになると、素直なのね。
「ああいう子じゃないと、
きみに向かって、別れろっ!
とか、絶対言わないでしょ。」
「……
です、ね。
私の知り合いは、
全員、耐えろ、でしたから。」
「友達がいのない話だね。」
知り合い、って言ったのにな。
「ま、生真面目な小辻君が起こす嵐を、
僕らがどう抑え込むか、だね。」
「あら。
てっきり、利用するつもりかと。」
「それは副産物かな。」
うわ、わっるう。
でも。
「湯瀬さんが考えた訳ではない、
ということは、良く分かりましたよ。」
「それ、今日、
葛原部長に言われたよ。」
……みんな、
そう、考えるよね。
ほんと、小辻君、
いろいろ鈍感なんだから。
*
「……。」
これ、聞いてはいたけど。
「我らが静かなるアロンソ・キハーノは
とんでもない寝た子を起こしちゃったよ。」
露骨な情実枠。
公募の手続きさえ取っていない例もある。
「正直、ね。
仙台はそれほどオオゴトはないと思ってたんだよ。
福岡、大阪の前のジャブがこれではね。」
「歴代の支社長に影響しかねないですね。」
分かってるわけないよね。
「だね。
我々で丸めて報告するしかないけど。」
「社長には直接上げるんですね。」
「ノーコメント。
と、言いたいところだけどさ。
千里さんは、そこまでじゃないでしょ。」
「私は中立派寄りですね。
少なくとも小辻君に関しては。」
「はは。
きみを調査一課に配属したのは大正解だったね。
そこだけは、きみの呪われた前夫に感謝かな。」
「なので、こんなところで
お逢いしなくてはならないんですけれどもね。」
「お美しいお嬢様と伴食を共にする栄誉を得て、
大変光栄に思っておりますよ。」
あら。
まったく、調子いいんだから。
「生え抜き組は、
小辻君に攪乱されてるようだけど。」
「……どちらかというと、
帆南ちゃんの件が公になったことが大きいですね。
公然の秘密が、話していいことになったわけですから。」
「あぁ。
そっちもあるっぽいね。」
他の女子から情報が来てるって感じか。
ほんと、お盛んね。
「
すっかり社長派です。」
「うわ。
いいの?」
「あの人は純粋ですからね。
結城人事部長と正面衝突です。」
「……
そうなったかぁ。」
予想通りでしょ。
ほんと、演技上手ね。
「小辻君の件も、揉めますよ。
相当丸めて出したとしても、です。」
「……
それはそれとして使うしかない、か。」
「ええ。
それよりも、二人の出張中、
面白いことがあったそうですね?」
あはは。
これは、演技じゃないわけね。
「……みたい、だねぇ。
警告はしたんだけど。」
「統制してないんですか?」
「……できないらしいよ。
小辻君の件になると、
火消しがいくらあっても足らないってさ。」
……だろう、な。
なにしろ、地元の高校生に化けて近づいたんだから。
恋は盲目、か。
「社内外にバレるのは時間の問題だね。
とりあえず、帆南ちゃんの口だけでも
塞いでおかないと。」
「そう、ですね。
重度のファンらしいですけど。」
「……らしい、ねぇ。
あのさ、思うんだけど。」
「はい。」
「いくらなんでも、
みんな、鈍感すぎない?」
「……同意、します。」
「……
まぁ、いいけど。
そういえば、
小辻君をやけに敵視してるみたいだけど?」
あぁ。
「それこそ相互監視の状況ですね。
人事でも、入社三年目までの娘は、
どの課でも篭絡されてますけど、
お局には興味がないそうで。」
「うわ。
とんでもないこと言う奴だな。」
「生まれつきお顔のよろしい男性は、
だいたいそんなものでしょ?」
「……
僕は違ったけどね。」
「あら、
ストライクゾーンが広くていらっしゃる。」
「これでも博愛主義者なんでね。」
「フェミニストではいらっしゃらない。」
「そこはね?」
「……
ふふ。」
役得、かしら。
本当は敵同士なのに。
*
「や、ひさしぶり。」
「ですね。
社内でご挨拶はしてましたけど。
お忙しそうですね。」
「きみもね。
少し、詰めておきたかったからちょうどいいよ。
ここ、小辻君?」
「雰囲気いいでしょ。
夜のほうがそれっぽいかと思って。」
「ははは、
すっかり独身を謳歌してるね。」
「湯瀬さんほどでは。」
「ひどいな。
ま、もう頼んでくれてるようだから、本題をね。」
「ええ。」
「薬の入手経路の話。」
そっち、か。
「監査部が社長室に報告した時、
そこだけ、曖昧になってたでしょ。」
さすがカミソリ湯瀬。
高級電気シェーバーで残したムダ毛に気づくとは。
「きみのほうで、何か情報ある?」
……。
これは、
もう、いいか。
「結論から申し上げれば、
「……証拠は。」
「
発信は電子でも、実物の受け取りはリアルですからね。
残るものはいろいろと。」
うわ。
おぞけづいた顔してる。
「きみ、
やっぱり気づいてたか。」
「それはそうですよ。
あんな楽しそうにされてれば、
気づかないわけは。」
「……恐ろしいね。」
「女子は普通ですよ。」
「違うと思うけどね。
しかしこれ、とんでもないことになるな。」
「グリップできなければ、ですが。」
「……。」
「こんなところにかかずらわっている暇はないんだぞ、
ですか?」
「……
きみ、
どこまで。」
「存じ上げませんよ、なにも。
湯瀬さんみたいに、
お金をかけて集めてませんから。」
「……はは。
まぁ、ね。」
疲れてるのね、キレがない。
助け船を出しますか。
「ここ最近、
イベントが多すぎましたからね、いろいろ。」
「……まったくだね。」
「
「……
帆南ちゃんに知らせたの、きみだね?」
「
小辻君、律儀に住所変更届出しそうでしたから。」
「……
でないと、
「でしょうね。
世紀の大熱愛ですよ。」
「そのタイトルをつけたものは、
だいたい悲恋に終わるんだけどね。」
「あら、そうですか?」
「……
なんの他意もなく率直に聞くけど、
帆南ちゃんを推したい理由は?
社長を邪魔したいってわけでもなさそうだけど。」
「……。」
「だんまり、か。」
「違い、ますよ。
どう、お伝えしたものか。」
「……はは。
きみのような才媛が、言葉に詰まるとはね。」
「……
秘書なら、失格ですね。」
「社長秘書とかやる?」
「楽しそうですね。
社長、食道楽ですから。」
「……はは。
バランス、相当崩れるな。」
「監査部内も、相当、
下から突きあげられてるようですよ。」
「だろう、ね。
ほんと、大嵐だよ。」
がらっ
「失礼致します。
お食事をお持ち致しました。」
「……
ま、頂こうか。
なんていうか、台風の目だね。」
「ですね。
美味しいと思いますよ、ここの鰻。」
*
「や。」
「お久しぶり、ですね。」
「そうだね、この形ではね。
ここも、小辻君?」
「そのほうがいいかと。
確実ですからね。」
「だね。
考えてみると、彼の食道楽は面白いね。
どうしてあそこまで食に貪欲なんだか。」
「湯瀬さんが性欲に振ってる分と対極的ですね。」
「ひどいな。
僕だって最近は身体を鎮めるくらいしかしてませんよ。」
してるじゃないの。
「さて、と。
だいっぶん情勢が変わったね。」
「変わりましたね。
正直、お困りでしょう。」
「……いろいろ、ね。
一応確認したけど、
「偶然?」
「これに関しては、掛け値なくね。
気づいてなかったようだから。」
「帆南ちゃんを通したのは、
小辻君を説得できないと思ったからですか?」
「……
まぁ、きみには、いいか。
そうだよ。
勿論、優秀な彼女を使いたいとは思ってたけど、
正直、ここまで惨いことをする奴とは思いませんでしたよ。」
あら、随分からいけど。
「同意はします。」
「……はは。
なんていうか、小辻君、
一番残酷なことをしてるよね。」
「その理由、
しっかりとお調べになってますね。」
「まぁね。
きみにも伝わってる?」
「断片的には。」
「はは。恐ろしい。
じゃ、誤解がないように言うとさ、
彼、婚約相手に、二度、裏切られてる。」
……。
「一度目が高校生の時で、
二度目が
それぞれ事情はあるけれど、
小辻君、わりと自己評価が低いからね。」
「そこに付け込んだ湯瀬さんがよく言いますね。」
「失礼だなぁ。
まぁ、今更否定はしませんよ。
少なくとも、非常勤公務員よりはマシじゃないの。
で、バトルロイヤルはどうなの。」
「……。」
「ん?」
「ぷっ。」
「え。」
「いや、たぶん、
湯瀬さんが想像されないことが起こりましたよ。
「えぇ?」
「たぶん、
若い娘達ですからね。」
「うわ。」
「ね、驚いたでしょ。
小辻君、持ってますね。」
「……だねぇ。
やれやれ、こっちはいろいろ気をもんでるってのに。」
「ほんとです。
息子を持った親って、こんな感じなんでしょうね。」
「……。」
「湯瀬さん、何人かいらっしゃる。」
「そんな失敗はしてませんよ。」
「あはは。わかりませんよ。
針で穴をあけられたりしててもおかしくは。」
「こっちで準備してますとも。
当日に確認済のやつを。」
さすが、百戦錬磨。
抜かりなし、ね。
それなら。
「
「ん?
きみがそう、したいんじゃないかと。」
「それだけですか?」
「……ふふ。」
わ、物凄く綺麗な顔。
だいたい悪だくみしてる時よね。
「まぁ、小辻君をね?
直接知っておいてもらった方がってことだよ。
ほら、
「それは、まぁ。」
「そんな悪い娘でもないしね。
「
湯瀬さんほどではありませんけど。」
「絡むねぇ。」
「あ、そうそう。
あ、絶句してる。
レア顔ね。央佳ちゃんが見たら涎垂らしそう。
「……女性、ほんっと怖いね。」
「フェアでしょ?」
「……
ほんとだ。」
ふふふっ。
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