上枝央佳(本編第26話前~第50話)
「誰かに、
殺されたんじゃないかって。」
!?
な。
なん、
そ
……
どう、して。
思いつかなかったんだろう。
そんなこと、
当たり前にありえることだって。
この世界、その程度のことは、ごく、ふつうに。
「分かってると思うけど、
メレディスには、かなり後ろ暗いバックがいる。
原田東和君は、
メレディスの創業家達にとって、
だいぶん都合が悪い行動に出ようとしたらしい。」
……。
「あったっておかしくはない。
でも、この動画も、匂わせているだけで、
具体的な証拠はなにもない。
これだけなら、陰謀説の一種だよ。
ただ、素人っぽくない。
当時、内側にいた人間しか分からない内容が出てる。」
……。
セットリストの中身で揉めた内容なんて、
雑誌で、見たことはなかった。
事務所と揉めていたことは知っていたけど、
具体的な曲名までは。
「この動画は発信元は、
二日間で、アカウントごと消してるらしいね。
しかも、最初の発信元は海外らしい。
相当慎重な人間だと思うよ。」
再生回数、7500回。
いまのところ、まったく注目はされていない。
そもそも、ロアのことを知ってる人なんて、
ほんとに限られてる。
でも。
こんなのが、出てしまったら、
蓋をしていたはずのわたしの心が、騒いでしまう。
トーワ。
トーワ。
ごめんね、トーワ。
*
……
あっ、た。
……
うは、は。
たぶん、書き込んでるの7~8人くらいなのに、
ここ数日のログ、爆速で流れている。
誰かが、ここへ、書き込んだんだな。
<この頃だと、
メレディスの
カズキじゃね?>
和希諒。
アイドル出身のメレディスの幹部社員で、
創業家の覚えもめでたく、
次期副社長候補と言われているらしい。
わたしはもう、いまのメレディスは全然分からない。
浦島花子に過ぎないけれど、
リョウとトーワ、他のメンバーが何度か映ってる姿は
中学時代に穴が開くほど見ている。
不思議とマコは映っていなかったけど。
<じゃぁ、カズキが殺したってことじゃん>
短絡的すぎる。
そんなわけはないだろう、そんなわけは。
<メレディスも燃えればいいのに
トーワを殺した癖に>
そんなわけはない。
トーワは、事務所と深い信頼関係にあったはず。
そう、何度も発信してたし。
……
もしも。
トーワが、ほんとうに、事故死でないなら。
一体、誰が、何のために。
*
「面白い人に会えたよ。」
ん?
「湯瀬誠さん。
大手素材メーカーの課長さんだね。
営業の絡みで少しお話できる機会があってね。」
なんだろう、突然。
……
わ。
「すっごく綺麗な人ですね。」
社会人ものの恋愛アプリに出て来そうな上司だ。
整ってるなんてもんじゃない。
「はは、だろう?
彫刻みたいな容姿だよね。
ここまで図抜けてると、嫉妬もおきないよ。」
あ、れ。
この人、
わたし、どこかで見たような。
「この人の経歴は少し異色でね、
理工学部を出ていながら企画畑を歩いてる。
幼い頃に、芸能活動をしていたようでね。」
?
!!!
「……
やっぱり、きみは、知ってたんだね。」
……こ、れ、は
マコ、だ。
わかる。
わからないわけがない。
だって、マコは、
わたしに、何度も、手を、振ってくれた。
海よりも深い瞳で、背中に電流が走る魔性の声で。
マコ。
マコ。
わたしのマコ。
「……
っ。
「きみのほうがよく知っているようだけど、
湯瀬さんは、ごく短い期間活動したアイドルグループ、
セット・ロアのメインヴォーカルだった。
彼なら、原田東和君のことを、
よく知っているかと思ってね。」
……
「先輩。」
「ん?」
「どうして、ロアのことを調べてるんですか?」
「あぁ。
言ってなかったか。」
先輩は、薄い眼鏡の縁に触れながら、
「くだんの一ノ瀬女史がね、
いま、原田東和君の妹にあたるアイドルを匿ってるんだよ。」
ん?
あれ、この娘、
どこかで。
「野々原留美。
一ノ瀬女史の古巣、
エクスプロージョンの闇商売を告発した話題の娘。
当然、干されてるんだけどね。
彼女をいま、ヌーベルキャルトに所属させてる。」
……
そういえば、なにか、
スーツ着て訴えてた娘、いたと思ったけど。
この娘が、
トーワの、妹。
……妹の話なんて、
出したこと、なかったけど。
面影が、あるような、ないような。
ぜんぶ、知り尽くしたつもりだったのに、
わたしの知らないトーワが、
どんどん、増えてる。
いまさらになって。
「一ノ瀬女史にとって、メリットは薄い。
というか、ほとんど、ない。
なのに、そんなことをしているのは、
原田東和君の件と、何か関わりがあるんじゃないかってね。」
……なにか、関わっているのだろうか。
ひょっとして、一ノ瀬女史が、トーワを
「まぁ、僕の邪推だけどね。
仮説としては、持っておいていいのかなと。
あぁ、湯瀬氏に聞いておくべきだったかもしれないな。」
……
マコ。
逢い、たい。
逢って、みたい。
絶対、覚えられてないだろうけれど、
なじられてみたい。叱られてみたい。
……
だめ。
「それで、きみのほうは何か分かったの。」
「あ、
はい。」
仕事。
仕事、しないと。
*
「ヘルプですから、ヘルプ。」
別課の婦人雑誌編集部の子が、
39度の高熱を出してしまったらしい。
「ふふ。
どうぞ社費でおめしあがれ。」
先輩に嫌味を言われながらも、
わたしは、ちょっとウキウキしていた。
有名な漫画家が紹介していたこともある、
池袋の裏通りにある台湾料理屋。
いっぺん、行ってみたいと思っていた。
いろいろ駆り出されたので、
ちょっとくらい、気晴らししたい。
あ。
「仕事ですから、仕事。」
「わかってるって。」
ばたんっ
?
「上枝央佳っていうのは、お前かっ。」
は?
「失礼ですけど、
どちら様でしょうか。」
「お前かと聞いている。」
「ですから、どちら様かと。」
「まぁまぁ、上枝さん。
で、文読のエース記者さんが、
僕の部下に何の用ですか?」
え。
上の階の人?
「やっぱり、お前か。
お前を、榊原晴香が指名してる。」
??
「榊原晴香を追っていた奴らが、
いま、裏を取っている。
熱愛スクープだ。」
!
「晴香本人が、お前になら、話すと。
裏も取った。確からしい。
記者キライの晴香に、
いつ、どうやって、お前が喰いこんでたんだ。」
「貴方より、
僕の部下のほうがずぅっと優秀だってことですよ。」
「っ!?」
うわ、先輩。
煽るようなこと言ってる。
そんなことはよくて。
「晴香さんが、わたしに、ですか。」
「ああっ。
いま、内線をこっちへ廻す。
同席
「は、お断り致しますよ。
大きな魚に逃げられたら、責任を取れますか。」
「っ!!」
「内線だけお受けします。
くれぐれも、聞き耳など立てられませんように。
逃がしたら、キャップに殺されますよ。」
*
はぁ。
なんで、こんなことになったんだろう。
まぁ、取材先と、
晴香ちゃんが指名した店が偶然一致してたのは、
すごくラクでよかった。
「いらっしゃい。
何名サマ?」
うわ。
ほんと、あの通りの人っぽい。
「奥のテーブルを予約しました
上枝でございますが。」
「あー、きいてるきいてる。
ちょっと待って待って。」
よし、
奥の丸テーブルを確保した。
なんていうか、騒がしいし、雑然としてるなぁ。
まぁ、そういう店だとは知ってる。もっぱら漫画で。
こんなところよく知ってるな晴香ちゃん。
テレビ局も撮影所も遠いから、接待じゃないと思うけど、
ひょっとして、熱愛
ん?
外、なにか
「あー、カワイイおねーさん、
ひさしぶりネ。元気だった?」
「は、はいっ。」
わ、
す、ごい。
グレンチェックのジャケットが、
こんなに似合うアイドル、見たことない。
可愛いのに、儚いのに、あざとくなくて、
ただ、透明で、震えるほど綺麗で、
なんていうか、抱きしめてしまいたくなる。
い、いや。
仕事、仕事。しごと。
「晴香ちゃん、お久しぶりですね。
さきほどのお電話では、
お待たせして申し訳ありませんでした。」
「……
ありがとうございます。
急な無理を聞いて頂いて。」
わたしが聞きたいこと、
確かめたいことは、いろいろある。
でも、晴香ちゃんのほうが、
たった一度しか逢ったことのない私を指名して、
この場を、設定してきた。
晴香ちゃんには、どうしても、
話さなければならないことがある。
わたしを通じてなら、誤解なく、
伝わると思ってくれたのだろう。
それなら、仕事に、徹しよう。
喜んでこの美しい少女の拡声器になろう。
「自由にお話頂くので、構いませんね?」
「え、えぇ。」
……はは。
ま、そうか。
晴香ちゃん、いま、飛ぶ鳥を落とす勢いだもの。
黙っているだけでも、オーラが桁外れに大きい。
わたしだって、ちょっと前に逢えてなかったら、
こんな風に余裕を持っていられたか。
「まずは注文しましょうか?」
「い、いえっ。」
?
「その、ここのご飯、すごく美味しいんです。
ご飯を食べてしまうと、
お話に集中できなくなりそうで。」
……
うわ。
腹、減って来た。
「中国茶がすごく香り高くて、ほっとするんです。
そちらからな
!」
ん?
え、誰だ?
広告代理店にいそうなめっちゃ綺麗なオンナの人と、
いかにもサラリーマンっぽい落ち着いた男性と、
もうひと
「……。」
「……
榊原、晴香さん。」
え?
な、なんか、
空気、もんの凄い、ビリビリしてる?
「わたし、
ずっと、ずっと。
晴香さんに、お伝えしたかったことがあります。」
っていうか、晴香ちゃん、
なんで、そんな、泣きそうな顔し
「い……
一緒に夕ごはん、食べませんかっ?」
……は?
「……。
だ、そうですよ? そちらの記者の方。」
「は、はぁ……」
……
あれ。
この、人。
つい最近、
どこかで、見たよう
(湯瀬誠さん。
大手素材メーカーの課長さんだね)
え、
あ
……
!!!!
(幼い頃に、
芸能活動をしていたようでね)
あ、あの、
あの、綺麗な眼は、
「当てが外れてしまいましたね。」
その、
魔性に満ちた御声は。
……
!?!?!?
「は、は、
はいっ!」
どうしよう。
どうしようどうしよう。
マコ、
マコ、だ。
わたし、わたしのマコ
鼓動が、うるさくて
血管が、てっぺんから、つま先ま
「じゃ、わたし、追加注文しますねー。
台湾風焼きビーフンと水餃子、ふたつずつー。
それと小籠包ふたつと海老入り春巻き、五本でー。」
……っ。
し、
し、しごと、しないとっ!
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