外伝・幕間(不定期連載)
一ノ瀬美智恵(本編第1話前)
「役者をダメにしたのは、貴方達ですよ。」
……はん。
言ってくれる。
「そうでしょ、みっちゃん。
貴方、養成所に入った頃の大先輩、
綺羅星のようなスター達、その目で見てきたでしょう。
スケール、迫力、演技力、人としての器量。
くらべものになるとでも言うの?」
……。
「だいたい、役者が努力をしなくなっちゃったわ。
向こうの演技が大したものだとは思わないけど、
向こうの役者はやっぱり努力はしてるわよ。
ハングリー精神ってやつかしらね。」
あちらさんとはカネが違うさ。
桁二つくらいね。
「そりゃぁ否定はしないけど、
でも、それを言うなら、若い頃の私達なんてどうなのよ。
三畳一間で寝泊まりしてたのに。」
……若い頃、か。
知らぬ間に遠いところまで来ちまったもんさねぇ。
「このままじゃ、日本の役者道は滅びる。
欧米どころか、アジアにだってかなわなくなる。」
……ふん。
「で、椿。
あんた、どうしろってんだい?」
「あら。
ふふ、みっちゃんってば、そんなこと言うの?
私はもう、天道様の御手の中ですよ。」
膵臓がん、だったか。
そのためにこの時間、作ったようなもんなんだろうね。
「世界に気を吐いた邦画界を、
こんな風にしてしまった責任を、少しは感じて欲しいだけですよ。
そりゃぁ、未亡人を気取る貴方だけのせいじゃないなんて
分かり切ってますけどね。」
……ったく、
いまわの際になんて重たいもんを押し付けてくるんだい。
*
『邦画界の至宝、
女優、山縣椿(59)、逝去。』
……特集番組、か。
あぁ、あたしが断ったから、葬儀委員長、コイツに廻ったのか。
ったく、死んだら褒められるだけだねぇ。
椿の夜の不始末、あたしがどんだけ尻を拭ったと思ってんだか。
(役者をダメにしたのは、貴方達)
……。
いつから、こんな風になっちまったのかねぇ。
「ねぇ、頼むよぉ美智恵ちゃん。
一言、声、かけてくれるだけでいいからさぁ。」
……。
「あんたさ。」
「なに、なに?」
「今度は誰を抱かせてもらったんだい?」
「っ。
……そんなこと言わないでさぁ。
スポンサー、めっちゃ太い子なんだよぉ。
製作、入ってくれるって言うしぃ。
すっごい美味しい話なんだってばぁ。」
あんたらにとって、だろう。
アゴ足つきの慰安旅行で接待漬けだろうが。
こいつらを護るためなんかに、
あんな若者達を、踏み台にして。
……。
……5億、か。
繋いでるモンの分は顔を立ててやんないと。
「クチは聞いてやるよ。
そっから先は、あんたらでやんな。」
「助かるぅ。
さっすが美智恵ちゃん。
ほんっと、いいオンナぁっ。」
……。
泣き言を、思うな。
これが、あたしの生きてきた路なんだ。
地下で死ぬ思いをしながら稽古を積んでる役者を、
一人でも、表舞台に引っ張り出すために。
*
「なんであの演技で出られるんですかっ!」
ったく。
分かるだろうよ。
「あんたの演技がゴミだからさ。」
「っ!
だ、だって、あいつら」
「バカ。
大根でも、あいつ等のほうが見た目の絵が映えるだろう?
今日び、演技なんて、誰も見ちゃいないんだよ。
演者も、客もね。」
……
ほんと、バカだね。
ここまでお膳立てしてやったってのに。
あんたが後ろの奴らを捻じ伏せるような演技ができるようなタマなら、
監督の眼、ちったぁ違うのに。
劇団上がりの癖に、プライドばっかり高くなって。
演技に魂を入れるんじゃなかったのかい。
……まぁ、分かるさ。
あたしも同じようなモンだった。
あたしなんて、演者としては、コイツと似たようなもんさ。
「……クライアントがこれでいいつってんだ。
大人しく、大根共を邪魔しないようにやんな。
本気の演技は、舞台でやりゃいいんだよ。
金払って見に来てくれてる奴らなんだから。」
「……。」
恨みがましい目でみてんねぇ。あたしもそうだったさ。
この現場には、芸術なんてモンは、ない。
顔を繋いで、次の梯子を掛けるだけのところさね。
まぁ、
残念だけど、あんたの芽は、
たったい
……
ぅ。
……なん、だ。
あの、娘。
いま、カメラの前で、
『普通の大人』として、喋ってた。
「……
困るなぁ。全然可愛げがないじゃないか。
オトナっぽくって言ったけど、
これじゃまるで」
「……いい。」
お。
あの爺、眼、変わってる。
「これでいく。
この不気味さは、使える。」
「は、はぁ。」
誰だい? あの娘は。
あの年齢の使えそうな子役は、
一通り見てたつもりなんだが。
*
桑原、春菜?
聞いたことないね。
「劇団とかに入ってるわけじゃぁないんだね。」
「は、はい。
その、本当にエキストラの子みたいなんですけど、
監督が気に入っちゃったみたいで。」
そんなこと、今日び、あるのかね。
スポンサーの娘ってわけでもないのか。
あの爺、変わりモンだからねぇ。
……だから、か。
「おう。
誰かと思えば妖怪婆じゃねぇか。」
はん。
噂をすれば、ってかい?
「悪いが、あんたが連れてきた娘、
伸びねぇな。」
次回作主演の抜き打ちのオーディション、だったんだがね。
残酷な真実を容赦なく告げてくるねぇ。
芸術家気取りはいつだって残酷なもんさね。
「そうかい。
時間、取らせたね。
それより、あんた、
あの娘、どっから見つけてきたんだい?」
「あの娘?」
「桑原春菜っていったっけ?」
「桑原?」
あぁ。
爺、耄碌してやがんな。
役名すら頭に入れられないもんだから。
爺がNG出してどうすんだか。
「さっきあんたが無理やり出させた、
あのちっちゃな、大人っぽく喋った娘だよ。」
「あぁ。
……うん。
あの娘は、面白い。」
眼が、据わってやがる。
この偏屈爺、本気か。
「あんたもそう思うかい?」
「お、婆。
お前も目をつけたのか。」
「失礼だねさっきから。
棺桶に足突っ込んでるあんたと違って
あたしはまだ50代だよ。」
*
「あぁ、えーと、春菜ちゃん?
ちょっと、いいかい。」
……
表情が、ない。
さっきまでの、ソツのない大人コドモの顔は
どこにいっちまったんだい?
……
しかし、まぁ、可愛らしいもんさね。
眼なんてクリっクリしてやがる。
子どもの頃に整ってると、高校生時分になったら
骨格がいろいろ変わってしまうから、崩れたりもしそうだがね。
だから。
「……。」
顔なんて、どうでもいいんだけど、
これ
『はいっ。』
っ!?
まさか、この娘、
こんどは『聞き分けの良い子ども』を演じてるのかい?
「はは、そんなことしなくてもいいさ。」
「……。」
また、表情がなくなったね。
まぁ、いいさ。
「あたしは一ノ瀬美智恵。
美智恵さんと呼びな。」
「……。
みちえ、さん。」
「そうそう。ふん、いい娘だねぇ。
いま、あんたのお母さんはいるかい?」
「……。」
あたしとしたことが。
ほんとのエキストラだったっけ。
……そんなこと、今日び、ありえないんだがね。
まさか、生きてきてあの偏屈糞爺に感謝するとはね。
「じゃぁ、春菜ちゃん。
あたしをお家に招待してくれないかい?」
「はいっ!」
……はは。
板についた向日葵っぷりさね。
初対面なら、これが地だと思っちまったかもしれないね。
*
……なんだい、これは。
思ったより、ずっとむごたらしい。
だから、あの娘は、あんな
「一ノ瀬取締役。」
おっと。
図体のでかいほうかい。
「あぁ。
昨日はおつかれさん。
で、朝からどうしたんだい?」
「……その。
大変申し上げにくいのですが。」
ふん。
「昨日の
由仁常務のほうから、満生会長にお話されてしまいまして。」
……。
はぁ、ったく。
やっぱり、ボンボンはバカだね。
酒席の、確約を取ってない段階で報告したってのかい。
「ご自身の担当女優が連続ドラマの主演に内諾して、
喜び勇んでしまわれたようで。」
………。
有力Pの一人から主演候補の一人にあがった、という程度の話なのに。
長い日取り抑えちまって、違ったらどうすんのかね。
……。
なまじ図体がでかくなると、満生の奴も大変さね。
これくらいのちっちゃい部屋から会社はじめたってのに。
「いずれ満生会長より、
一ノ瀬取締役にご説明を求められるかと。」
それはどうもありがさん。
確かに、メールじゃ伝えられない内容さね。
……朝っぱらからやらかしてくれる。
ボンボンお気に入りのあのガキんちょのお遊戯を、
三か月も視聴者に売り込むってのも気が乗らないね……。
(役者をダメにしたのは、貴方達ですよ)
……ったく、
どうしたもんかねぇ。
*
「……ありがとう、ございます。
なにからなにまで。」
「いいってことさ。」
うちの弁護士を使って、元夫を接見禁止にした。
元夫の会社のメールに情報をばらまくよう脅し、
勤め先の会社に掛け合ってバイト先を替えさせ、
ついでに準社員待遇にさせた。
安いもんさね。
200万そこらで外堀埋められて、
春菜を駕籠に入れられるんだから。
「じゃぁ、契約、頂けるね?」
「……はい。
どうか、あの娘をよろしくお願いします。」
……はは。
祈られちまったよ。
*
「美智恵。
あの娘、どういう娘なの?」
あぁ。
誰かと思えば千草様じゃないか。
春菜をどこで見たんだか。
「間違いなく天才ね。
椿の若い頃を思い出すわ。」
確かに、椿は天才だったけど、
春菜の才能は、ちょっと違う。
いままで誰も見たことがないような面白さが
「それにしても、どういう風の吹き回し?
あれだけ固まってれば、どこへ出しても大丈夫なのに、
子役の仕事ひとつ、取ってこないなんて。」
春菜を、いまのエクスプロージョンなんかにゃ渡せない。
あたしが育てたいのは女優であって、
茶の間に弄ばれる道化じゃな
「一ノ瀬取締役。」
おおう。
図体のでかいほうかい。
わざわざ現場まで出張ってくるたぁね。
「常務からのメール、ご覧になっておられますね。」
メール?
あぁ。
「返信したつもりだがね。」
向こうのボスならともかく、
番組制作がらみの局幹部の接待なんて一人で行ってくれっての。
あたしだって忙しいんだよ。
「……
会長からも、お願いされておりまして。」
……へぇ。
前なら乗り込んできたと思うが、
満生も、もう歳か。
うまくいってりゃ、騒ぎ立てるだろうから、
また、ロクでもない話なんだろうね。
だいたい、
「あの親子は、
あたしをまだ小間使いだと思ってんのかい?」
「……。」
「はは、冗談だよ。
わかったわかった。
で、店は手配してあるのかい。」
「そちらは、常務のほうで。」
坊ちゃんの趣味かい。
大丈夫かねぇ…。
*
「いやぁ、美智恵ちゃん。久しぶり。
君が来てくれるとは思わなかったよ。」
逢った頃はまだ駆け出しDだったってのに、
お互い歳を取ったもんさね。
それにしても。
「ここで美智恵ちゃんに会えるとは思ってなかった。
相変わらず、気力横溢だね。」
こりゃまた、おめずらしいお方が。
「お久しぶりです、小林社長。」
「
大層なものを頂いたのに、お礼もせずに申し訳ない。」
「私個人としてですので、どうぞお気づかいなく。
当然のことですから。」
「ははは、そうかそうか。
家内も喜んでおったよ。
着こなしや仕草に品がある。
さすが、一代でこの業界に睨みを効かせるだけあって、
堂々たるもんさね。
「で、一ノ瀬さんご提案の向き、
拝見させてもらいましたよ。」
……案の定、尻ぬぐいだった。
こんなのあたしにやらせるなら、満生が出てくりゃいいのに。
二度手間なんてもんじゃないね。
「まだ第三話ですから、ホンを替えるのは、
そう難しくはないでしょう。」
脚本家には泣いて貰わないとね。
どっかのドラ息子お気に入りの糞女優モドキの
事務所のメンツを護るためだけに。
まぁ、その脚本家自体、
原作をグッダグダにしてやがるがね。
(役者をダメにしたのは、貴方達ですよ)
……役者だけじゃないさ。
この世界が、映画の神から見放されてんのかもしれないね。
*
……ったく。
(美智恵ちゃんのために取ったんだから)
あのボンボン、
これで恩を返したつもりになってやがる。
こんな端役、春菜なら黙ってたって取れるってのに、
しかも、中途半端な汚れ役なんてな。
だいたいあたしは、この監督、キライなんだよ。
政治力学のオモチャで外国映画の賞がたまたま転がりこんだだけの癖に、
見栄っ張りだし、本質を全然つかみゃしねぇ。
……まぁ、競技会の表彰式でメダルを渡す娘役にも飽きてきたし、
そろそろ、オモテを経験させたほうが
「ようし、そっから飛び降りろ。」
あ?
そんなの、脚本になかっただろ。
「どうした、怖いのか。」
「……。」
糞。
カメラ、廻してやがる。
怒鳴り散らせないように
「自殺する奴ってのは、
そんなもん、乗り越えるんだろ。
役になりきるなら、飛べるだろ。
飛べよ。」
あ、あの野郎っ。
銅像取ったかなんかしらねぇが、
あたしの春菜になんてこといいや
え
あ
っ!?
は、
はる、な、
ほんとうに、
崖から、飛び降り
「ば、馬鹿野郎っ!!」
「大バカはあんただろうがぁっ!」
「っ!
ば、ババアっ!」
「ババアじゃねぇ!!
さっさと安全確認しなっ!
急げやこの糞ガキぁっ!」
「っぅっ!?」
畜生、足が縺れてやがる。
歳なんて取るもんじゃな
っ。
……
い、
生き、てる。
枝に、ひっかかってから、
下のちっちゃいトランポリンに、
ぽつんと乗っかって
「ほ、ほら、
問題なかったろ
「バカがっ!
ハーネスもつけさしてねぇだろうがっ!
こんなの1センチの差で絶対死んでただろうがっ!!」
「ひっ!
だ、だって、ホントに飛ぶ
「ねちっこく糞指示出したのあんただろうがっ!
そういう娘だって言ったろっ!
スポンサーに全部報告するよ。
もちろん、降板させて貰う。
ったく、損害賠償100億モンだよっ。
いっぺん死ねやこの糞猿ガキがっ!」
あぁ、もどかしい。
丘の下の路がややこしくて降りられそうにないし、
声も届かないじゃないか。
いっそ、あたしも飛び降り
『美智恵さぁん、
みてましたかぁっ!』
……
はる、な?
あ、
あの娘、
あんな、笑って、
明るく、手を振って
『すっごく、かんがえましたぁっ。
あの木にむかってとべば、
死ななくてすむかなってっ。』
……はは。
ははは。
ほんと、とてつもない娘だよ。
あぁ、椿。
決めた、決めたよ。
*
「……美智恵君、正気かね。」
はん。
気づいたら、あんたも歳、取ったもんさね。
昔なら殴りかかってきたろうよ。
「あたしはいつだって正気で生きて来たさ。
あんたらと違ってね。
安心しな。
筋目は通してやるし、株も市価で譲渡してやる。
あたしみたいなのがいないほうが、
あのボンボンもやりやすいだろうよ。」
(役者をダメにしたのは、貴方達のせい)
あぁ、椿。
ほんとにそうだった。
「あたしはもう、日暮れて道遠しってトコさ。
なら、死ぬまでに、たった一人くらいでも、
ホンモノの役者ってやつを、育ててみたくなったのさ。」
この世界、酸いも甘いも知り尽くした。
あたしの残り人生、あの娘に賭けてみるのも悪くない。
「……
素人娘と心中するのか。
君にしては、冷静さを欠いているようだが。」
はは。
そう考えるのかい。
「残念だが目が曇ったようだね、満生。
あの娘は、真の天才だよ。
椿の前に出せるたった一人の大女優の卵さ。
言っとくが、あたしを潰そうなんて思わないことさね。
小林さんにも、関係筋にも話は通してある。
働きバチだって、死ぬ前に一刺しはできるんだよ。
眼に刺さったら、あんたたちもお陀仏さ。」
はは、苦い顔さね。
あんたはもともと、そういうの、嫌いなほうだったからね。
徒手空拳で成り上がるために、穢れを被らなきゃいけなかった。
それくらいは、わかってやれる。
「一応、これでも飯は食わしてもらったからね。
甘っちょろい話だが、あんたと喧嘩別れはしたくない。
少なくとも満生、あんたが生きてるうちはね。」
「……息子の代になったら、潰すぞ、か?」
「違うさ。
あのドラ息子が勝手に自滅しないよう、
せいぜいあたしより長生きしとくれよ。
覚えといてくれ。
あたしはね、満生。
知り合いの葬式ってやつが
大っ嫌いなんだよ。」
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