第66話
「……
おい。
お前、本当、どういうつもりだ。」
うっは。
めっちゃ怖。
本気出したインテリヤクザって感じだわ。
身体の圧が尋常じゃない。
必要とあらば人を殺すことを微塵も躊躇わない、戦場の修羅の眼だ。
でも。
「『その機じゃないさ』」
「……?」
「一ノ瀬さんからのご伝言です。」
「!」
「たぶんですが、
課長は、『いましかない』と思っておられると思うんです。
あの一ノ瀬さんと繋がれた千載一遇の好機なのに、
余命半年になってしまった。
一ノ瀬さんが死んでしまったら、側圧を得られず、なにもかも終わりだ。
そう、思われてる。」
「……。」
「17年は、あまりに長かったですから。
でも、最大限うまくいってすら、相打ちの機会です。
桶狭間の戦いのようにはいかないですよ。」
「……そんなつもりはない。」
「回天なんて、絶対にうまくいかないです。
犬死です。
ここまで潰されずに必死に生きのびてこられたのに、
ここで犬死ですか。」
観寿会は、システムの一部に過ぎないだろう。
単に事故死に見せかけられるだけではない。
あれほどの容姿を持ち、ブレイク寸前まで漕ぎつけていたアイドルの痕跡を
忘却に追い込むだけの力能を、ネットワークを持っている。
観寿会は、コアの一部かもしれない。
留美さんの兄君の命を奪った実行犯に近い人々を炙りだせはするかもしれない。
しかし、中枢を滅ぼせるわけではまったくない。
ということは。
必ず、狩られる。
それは、
課長にも、分かり切っているはずで。
「……きみに、僕の、なにがわかる。」
「わかりません。
ただ、犬死が無意味なことだけは分かります。
股を潜るのが嫌になるのもよくよく分かりますけど。」
絶望感を一方的に共有しているだけだけど。
「……」
「……
12月中、調査一課の業務、異様に少なかったですからね。
年末なのに。
通常業務以外で廻そうと思えば廻せるプロジェクト、
いろいろ考えつくはずなのに。
他課のヘルプに出して、貸しを作ることだってできるのに。
分かりますよ、課長。
何年、課長の部下をやったと思ってるんですか。
明らかに不自然でしたよ。」
「……はは。
まさか、そういう形で分かられるとはね。
妹も騙せてたのに。」
「それと。
槌井社長を、少し、侮っておられましたよ。」
長老様のあの態度、
課長の件について、社長と話し合っていたのだろう。
でなければ、表情はもう少し豊かだったはずだ。
「役所出身の勤め人なのに、私費で1億、ぽんと出せる度胸がある人が、
地盤の動きを、目配りされてないわけないです。
勝負勘、とてもいいタイプですよ。」
「……
100メートル走、10秒94。
中体連全国大会出場、ね。」
「あんまり意味ないですよ。
世界とは1秒以上の差がありますから。」
いま走ったら13秒だって切れるかどうか。
「ふ、ふふふ。
あはははは。
そうだね、そう言われてしまえば、確かに。
僕らなんて、もっとずっと酷かったけどね。」
「世界を目指してらしたんですか。」
「……うん。
本気だった。
無鉄砲な、無意味な、なにも見えてないガキの戯言だけど、
みんな、本気だった。」
「その企図の首魁が、原田東和さん、ですか。」
「……。
よく調べてるね。
さすが調一の妖刀というべきかな。」
「12月中、業務少なかったですからね。」
「きみには、
足止めになる程度の業務は振っていたつもりだけど。」
あはは。
もう喋っちゃってるなぁ。
「それは課長が悪いんです。
ほとんど去年のまんま出してるのに、
課長、全然気づかれなかったですから。」
「……
はは。
ははは。
そういうこと、か。」
「はい。」
まぁ、留美さんの件を調べてた時のデータが基礎だけど。
分からないことは両手両指の数では足らない。
それでも、それこそ、足止めに使える程度には。
「僕、受信料を払いたくないので、
テレビ、見てないんですよ。」
「……そんなこと、帆南ちゃんが言ってたね。」
「はい。
で、そういう人が、僕らの世代以降、
世界的に、不可逆的に増えると思います。」
課長は薄く伸びている顎髭に手をやって軽くしごいた。
そして。
「……ぁ。」
「と、一ノ瀬さんはお考えだと思います。
時間を能動的に処理できるシステム系のほうが
エンドユーザーサイドからは便利ですからね。」
「……あはは。
なんてことだろうね。
もう棺桶に足を突っ込んでる一ノ瀬女史のほうが、
10年先、20年先をはっきり見ているなんて。」
「課長は主戦場として活動されてた場所ですから、
無意識にバイアスがかかっておられたのでは。」
「……はっきり言ってくれるねぇ。
……
ふふ、あぁ、
そうかも、しれない。
うん。
主要局のテレビドラマにほとんど出演しない榊原晴香のほうが、
女優としての知名度は特定世代では高い状況だからね。」
「たぶん、テレビだったら、
番宣で変なキャラ付けをされてしまって、
演技そのものを見て貰えなかったと思います。」
そういえば、徹底的にテレビに出なかった女優さんはいたな。
一ノ瀬さんはあそこからヒントを得たのかもしれない。
「……その視点、お父上仕込みかな?」
ぐっ。
「……
華やかな女性遍歴の旅を続け過ぎて
18歳で半強制的に引退させられ、
突然蒸発してしまった、元・伝説の子役、津路和希。」
……
やっぱ、り。
そりゃぁ、調べられてるよなぁ。
おかしいな。
呪われた名を耳にしても、あまり心が痛まないし吐き気もしない。
いろいろ麻痺してきてるんだろうか。
「……ふふふ。
何の因果だろうね。
僕がきみを引っ張り上げたのは、
あの論文の真の著者だったからっていうのにね。」
……え。
「随分後から知った時、
あぁ、こっちも使えるかもなぁとは思いましたよ。
悪い人ですから、僕は。
あぁ、このハナシは本当。
もしそうなら、全然違うアプローチだったし、
僕はもっとずっと、きみに警戒されてたはず。」
……
そう、か。
「うん。
……はは。
あと10年待ったら、俺、ほんとにオッサンじゃん。」
「いいじゃないですか、ただのイケオジになるだけでしょ。
たぶん、僕のほうが年上に見られます。」
「……はは。
そっ、か。
……わかった。
降りかかった火の粉だけ払うが、それは構わないね?」
「もちろん。
自衛権は大事です。」
「あははは。
なにそれ。へんなこと言うなぁ。
まぁ、帆南ちゃんの件もあるしね。」
あ。
あぁ。あの件の黒幕は、やっぱり、そうだったか。
であれば。
「ああいうことがあっても、
社長室に帆南さんが配属され続けること自体が、
牽制になりえますよね。」
「あぁ。
……まぁ、そうだね。
そう考えてしまえるなら、だけど。」
で、
これは、なんにも分からないんだけど。
「それと。
一ノ瀬さんから、もうひとつ、ご伝言があります。」
「!
……。
は、は。
はは。
……。
わかっ、た。
もう少しだけ、風を、待つよ。
一ノ瀬さんに、そう、
……あはは。
こんな時まで、課長は根っからのアイドルなんだなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます