第65話
『あぁ、貴方か。
はは、留美の言うこと、聞いてくれたんだねぇ。』
一ノ瀬さん、電話番号知ってるだろうに、
なんでこんなまどろっこしいことを。
『そりゃ知ってるけどさ、
知らない番号から掛かったら、
貴方、取らなそうだったからさ。』
そりゃまぁ、考えますけど。
え、
……あ。
『そういうことさ。
重要関係先だけに新しい番号を知らせたよ。
なんていうか、全然仕事にならなくてね。
電話線なんてとうに引っこ抜いたってのに。』
……うちの会社と同じっていうか、それ以上か。
『仕事の話なら丁寧に断ってやるけど、
興味本位の話なんてつきあってられないよ。
生い先短いってのにさ。はは。』
……はは。
借りてないっていうのはほんとなわけだ。
『あたしは生まれてからこの方、一番驚いてるよ。
春菜が画面の前であんなマヌケな顔を晒すなんてな。』
「イメージ戦略上、問題ですか。」
『あぁ。そりゃね。いろいろ不義理をしちまったよ。
ただまぁ、ああいうところへは、もともと出す気はなかったがね。
榊原晴香は、演技だけを見せてりゃいい。』
……なる、ほど。
『そう思ってたんだけどね、
貴方、人形に命を吹き込んじまうタイプだね。
お父上に似たのかねぇ。』
「……人形のままのほうが、永遠の寿命でいられると?」
『あははは、そうは言わないさ。
まぁ、
今回の留美の奴のキモさね。』
「それで、許可されたと。」
『あんな物言いまで許可した覚えはないがね。
ま、いいさ。あたしも若い頃はあんな感じだったからね。』
50年前、か。
……時の流れって、スゴイな、ほんと。
『まぁ、貴方の気持がどうあっても、春菜を頼むよ。
これはあたしの遺言だと思ってくれて構わない。』
「確かに、承りました。」
……。
(残念ながら、そう遠くないよ。)
「一ノ瀬さん。
ひとつだけ、質問よろしいですか。」
『あぁ?
なんだい、今更あらたまって。』
「原田東和さんの件、
誠さん、勝ち目、あると思いますか。」
『……こりゃまた。
貴方から、そんなことを聞くとは思わなかったよ。
あぁ、あたしも迂闊だったね。ヤキがまわったってか。
……
そうだね。
貴方から言って貰ったほうが、いいかもしれないね。
ひとつ、頼まれてくれるかい。』
「二つ目ですね。」
『はは。
じゃぁひとつ、借りておくから、
あたしのガンってやつが散らされるように、せいぜい祈っておくれよ。』
……は、
はは。
やっぱり、そうなのか……。
*
帝都会館。
スタンダードな老舗洋食屋だ。
西風軒ほどではないにせよ、個室側は少し高級なメニューになる。
にしても、
珍しい組み合わせ。
羽鳥征矢社長室長。
通称、フロックコートの長老様。
40代後半なのに、真っ白な髪を抱き、
落ち着きすぎた話し方をする人。
で。
長老さまと、寺岡さん。
僕と、帆南さん。
「小辻主任には、一度御礼をと思っていたのですが、
年末、思った以上に多忙でして。」
お礼?
お礼をされる言われはなにもないんだけど。
「貴方が野々原留美さんの報告書をあげて下さらなければ、
百五十周年事業の内容は大分変わったと思います。」
あぁ。
「業務ですから、当然です。」
「はは。
業務ではない、と社長から伺っております。
残業手当も出せずに申し訳ありません。」
「それは何も問題ないです。
あの香箱蟹で相殺されてますから。」
「それはそれは。」
あぁ。
ほんと、ゆっくりと、落ち着いた話し方をする人だよなぁ。
確かに50代後半に見られてもおかしくはない。
「御承知のように、新卒生の早期OB訪問の時期なのですが、
昨年の四倍の応募がありまして。」
うわ。
榊原晴香効果、凄まじいな。
「来年、めちゃくちゃ忙しいと思うわ、小辻君のせいで。
まぁ、それだけ良い人材を採れるってことだけど。
同業者界隈にも御礼言われてるでしょ?」
そうなのか。
主幹、全然言わないなそんなこと。
そりゃそうか。主幹だし。
「ここだけの話にして頂きたいのですが、
社長の再任も確実になりました。
私としては、貴方に御礼をしない理由がありません。」
「それを仰るのでしたら、
僕も洋子さんの件では、室長に御礼申し上げる立場ですし、
晴香さん達の突出を受け止めて頂いて感謝申し上げています。
どうか諸々お気になさらず。」
「はは。
そう言って頂けると肩の荷が下ります。
それで、ですね。」
うん。
絶対、なんか用事があると思った。
「湯瀬課長からお耳に入っていると思いますが、
こちらの、榎本帆南さんを、社長室に異動させたく思います。
ご了承、頂けますでしょうか。」
……仕事、丁寧だなぁ。
確認に過ぎないのに、形を作るのが巧い。
「……。」
「僕個人としては、帆南さんは、大切な、戦力です。
「!」
「無論です。
私の職責に賭けてお約束致します。」
「……ありがとうございます。」
……まぁ、そうだよなぁ。
調査一課に置いておけるわけないんだ、こんな人は。
……
それで、言うなら。
「どうか、
湯瀬課長を切り捨てないようにお願い致します。」
あぁ。
帆南さん、隣でぐぎって固まった。
にしても、なんてうまい韜晦顔をしてるんだ。
好々爺はあくまでお面、飾りだな。
この人、この会社の長年の派閥争いの中で、しぶとく生きてきたんだ。
中立堅持なんて、一番大変な立場なのに。
この人は、
いや、槌井社長は、
課長が動きだしたらどうするつもりだったんだろう。
「小辻君?
ポーカーフェイス。」
うわ。
「……なる、ほど。
では、小辻主任。
貴方に、ひとつだけ、お伺いします。」
「はい。」
「貴方は、湯瀬課長が、
わが社の利益を損なう行動を取るとお思いですか。」
……なるほど、なぁ。
ぜんぶ、わかっちゃってるわけだ。
社長、やっぱり大した策士だ。
だと、すると。
「課長、羨ましいくらいイケメンじゃないですか。」
「?」
あはは。
こういう切り口にあまり接しないタイプか。
「凄く女性におもてになるんですけれど、
女性から殺されることはないと思うんですよね。
ちゃんとケアして廻るタイプです。」
「それが、な……
あぁ。
……ふふ。
そうだとよろしいのですが。」
「はい。」
「……分かりました。
いまの話は、この場限りで。
どうぞ、お召し上がりください。」
あぁ、ステーキとドライカレーピラフ、ちょっと冷めちゃってるな。
丁寧にスタンダードに作り込んでいるから、
冷めても美味しくはあるんだけど、もったいなかったなぁ。
*
「おっはようございます、先輩っ。」
あぁ。
帆南さん、社長室から一時釈放されたんだ。
こっちで見るのはほんと久しぶりだなぁ。
「午前中と昼時は
……午後から夜まで拉致確定ってやつか。
長老様、少し恩を売ってきたな。
「だから今日は楽しみですっ。
新規開拓に決まってますか
「っていうところ、悪いんだけどさ。」
うわ。
帆南さん、仰け反ってるなぁ。
「小辻君。
ちょっと、来てくれる?」
「はい。」
あぁ。
帆南さん、少しつやつやが減った顔に「心配」って書いてあるなぁ。
*
課長の車にもちょっと慣れたな。
助手席に座り続けるのもなんだか落ち着かない。
「……なんで、呼ばれたか、わかってるよね。」
「はい。」
「……
おい。
お前、本当、どういうつもりだ。」
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