第64話
『やっほーっ、
美智恵さん、生い先短い命でしっかり見てますかー?』
うっは。
鮮やかに無敵を装ってるな、留美さん。
いろいろ煽りまくってる。
『はーい。ちゃんとコールするからね。
じゃぁ、今日は、緊急企画、
榊原晴香チャンネル、開設記念のコラボ配信でーす。
ゲストは、言うまでもなく、
傾国の美少女、アジアの宝石、
私の大切なビジ友、榊原晴香ちゃんですっ。』
『ビジ友って?』
天然だ、かわいい、俺の嫁、みたいな顔文字が
凄まじい勢いで転がってる。
『あはは、はるちゃん、
なにもビジキャラがないと、こんな感じなんですよね。
私も、最近、知ったんだけど。
おら、真昼間からこんなもん覗いてる、うすらゴミ暇人野郎ども、
これが天孫降臨の御姿だ、目かっぴらいて涙しろ。』
留美さんのこのキャラなんなんだろう。
おっとりと罵詈雑言を吐くたびにチャットが凄まじいスピードで流れていく。
mytubeってみんなこんな感じなの?
『で、はるちゃん、
最近、このゲーム、したんだって?』
うわ。
なんだこの雑なフリ。
『あ、うん。
し……テンマさんと一緒にっ!』
……うわぁ。
右側、真っ黒で、はるなさんは真っ赤だ。
『はいはい、お前ら、騒ぐな騒ぐな。
事務所の人だから、事務所の。
入れねぇよお前なんか。美智恵さんの業火に焼かれて死ね。』
うーん、このキャラ、ほんとに大丈夫なのかな。
『じゃぁ、テンマさんとやったっていう、
マ〇オ〇ート、
一周だけつきあってもらいましょー。
負けたら、はるちゃんは告知なしです。
え? 私?
私は存在自体がルールブックだすっこんでろ。』
なんだこのやりとりは。
で、はるなさんは顔を真っ赤にしながらゲームしはじめた。
部屋でやったやつと同じように、カーブごとに身体を倒してるけど、
その姿が赤らむ頬と合わせて4カメ体制で左右から抜かれ続けてる。
『あーもうやばい、はるちゃん可愛いんだけど。
可愛い可愛い可愛いすぎる』
『え、なんで?』
……この姿が晒されてるっていうのもどうなんだろうな。
まぁ芸能人だから当たり前なんだけど、鎧がない状態っていうのは……。
結局、はるなさんが勝った。
留美さんがわざと手を抜いたとしか思えない。
茶番だのなんだのとブーイングが入り、留美さんが慣れた罵詈雑言で捌いている。
『それで今日、
はるちゃんは、告知に来たんだよね?』
『え?
あ、はい。
映画『唖の娘』、2月14日、
全国の太映系映画館で公開予定ですっ。』
『え、そっち?』
『あ、あ、違いました。
えっと、あの、舞台、出ます。
えっと、12月26日から1月10日まで、
『遥かなる時の黄昏に』
有楽町のサンスタンド劇場です。』
『そうですね。私も出るやつ。』
『そうそう。
やっぱりありがたいよ留美ちゃんがいると。
脚本しっかり読み込んでお芝居ちゃんと緻密にやってくれるから。』
『あー、素顔のはるちゃん、
さらぁっと、地雷を踏みにいくスタイルになってます。
この企画、最初で最初っぽいですね?
じゃ、はるちゃん。
最後に、ほら。』
『え、あ、はい。』
家庭用というには安からぬカメラを前にしているであろう、
解像度の高い画像にヘーゼルナッツの瞳を向けたはるなさんは、
突然、スイッチが入ったように瞳をまばゆく輝かせ、
頬を染めてはにかみながらも、ほんの少し強く、限りなく甘い口調で。
『テンマさん。
その日までに、
お願いに、あがりますから。』
う。
う、
うわぁぁっ!?!?
*
『お願いに、あがりますから』
……。
「あはは。
若いっていうのは、本当に、凄まじいことをするね。」
笑いごとじゃないと思いますが……。
『榊原晴香、ネット上で公開告白!』
僅か10分弱のゲリラに近い告知放送だったにも関わらず、
瞬間同時接続者数は4万人近くに達し、なによりも。
『お願いに、あがりますから』
この切り抜きが、各種動画サイトをはじめとするネットメディアで、
想像を絶する速度で、凄まじい勢いで拡散していた。
なまじ画像の解像度がプロ並みに高かったのもあって、
後追いでオールドメディアが報じており、いまや知らない人とてない。
「きっぱり封じられちゃったねぇ、
太宰府天満宮。」
……だよ、なぁ。
「でもさ、小辻君。」
?
「榊原晴香と交際するっていうのは、
こういうことだよ。」
……まぁ、そう、ですね。
「ふふ、怖気づいたかな?」
怖気づいたっていうか。
「どういうつもりだったんでしょうね、あの放送。」
「あはは、小辻君。
いまさら分からないとは言えないでしょ。
一応、補助線だけ引いてあげると、ハイエナ避けだよ。」
……あぁ。
注目度が凄まじく上がってるから。
「彼女、借りてるものはほとんどないからね。
断り続けるだけでいいんだよ。」
あぁ。
まったく同じことを留美さんが言ってたな。
(はるちゃん、借りてるものが少ないですから。
ほとんどないんじゃないかな。)
(ほら、売れようとする人って、かなり無理をして出してもらうんですよ。
その頃の自分よりも一歩先とか、二歩先くらいのメディアに。)
(はるちゃん、それ一つもないんです。
能力と知名度を考えたら一つ下くらいの仕事しかしてないんですよね。
だから、借りを返して多忙に沈むってことはないんですよ。
美智恵さんがいる間だけは。)
……
ステージ4の癌。余命宣告6か月。
いつまで持つかはまったく分からない。
「で、こっちもさすがに外注しました。」
外注?
「うん。
榊原晴香関連のお問い合わせ。
法人用の機密厳守タイプのコルセンに投げた。」
……うっはぁ……。
「本業、完全に止めちゃうから、
帆南ちゃん、土日まで完全に缶詰だったし。
さすがにね。」
……まぁ、確かになぁ……。
っていうか、帆南さんに調一の仕事させてないよね課長。
「きみがしっかりテンプレ作ってくれたからね。
極論すると、年内の非定常業務は
まぁ、身も蓋もない話としてはそうなんだけど。
でも主幹、寿退社になるんですが。
「来年はきみのご親族にやってもらうでしょ。」
……。
「先月の段階で、
もう、ご存知でしたよね。」
「そりゃね。
流石に僕もそこまで鬼じゃないよ。」
鬼そのものでしたけれども。
……
だと、したら。
「僕の父の履歴は、課長の目的と、
なんらか関係しているのではありませんか。」
課長の端正な双眸が、今までで一番深い闇に沈んだ。
刹那。
「……小辻君。
帆南ちゃんみたいなことしないの。」
あ。
あぁ……。
ここ、会社だった。
って、答えじゃん。
「ふぅ……。ま、それはおいおい。
残念ながら、そう遠くないよ。
今日のところは、疎漏なく通常業務をお願いね。」
あぁ、うん。
給料分はちゃんと仕事しないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます