第63話
「あの人は、寝取られちゃってたの。
え。
え、
え゛え゛え゛え゛っ!!!!
「うん。
だから、だよ。
私が、静くんと、結婚できるわけ、ない。」
そ、
それ、
そ、そんな、
それ、
「お待たせしました。
渡り蟹のトマトクリームタリアテッレです。」
………
「ね?
シェア、しようか、お兄ちゃん。」
んぶうっ!?
*
「私が知ったのは、あの時の直前だよ。」
あの時。
(あなたじゃ、ない。)
クラスメートの視線が集まる中で、
(私がほんとうに好きなのは、
あなたじゃ、ないの。
馬鹿ね。そんなことも知らなかったの?
思いあがるのもいい加減にしてくれる?)
雪乃が、僕を、冷酷に振った時。
「お母さん、
ずっと、ずぅっと、知らせてなかった。
死んでも、知らせられっこないけど。」
……。
「正式に婚約する前にって、お父さん、まぁ、義父なんだけど、
静くんのこと、一通り、調べたんだよ。
たぶん、学業成績とか、人となりとか、
通り一遍の身辺調査みたいなこと。」
……。
「その時の報告内容を見て、
義父が、思うところ、あったみたいで、
克喜さんのことと、お母さんのことも、調べさせちゃって。
……私、静くん、
知ってて、ずっと揶揄ってた、騙してきたんだと思っちゃったんだ。
義父に騙されて。」
……。
「冷静に考えれば、そんなわけないって、すぐ気づくのにね。
あの時は、義父に唆されてたから。
義父は怒り心頭って感じだったし。」
……。
「あれ以来、私は、
義父に頭が上がらなくなったの。
……そりゃ、そうだよね。
私の信じた人が、プライドの塊の義父が絶対に許せるはずがない、
存在してはいけない義理の兄であり、私といえば。
……だから。
箸の上げ下ろしまで、
なにもかも、義父の言いなりになった。
あの人が死ぬまで、あの人の絡繰人形として、
すべてあの人の思い通りに生きることが、
あの家で生き残るたったひとつの術で、
あの人に対する、私なりの償いでもあったの。」
……なんて、こと、だ。
「……ごめんね。
ごめんね、静くん。
言えるわけ、なかった。
静くん、克喜さんのこと、嫌いだから。」
……。
母さんを裏切っただけじゃなくて、
そんなこと、そんなことまで。
なんて下種な、なんてクズ、なんて人でなし、ロクデナシな。
「ほら。」
……?
「そんな目になるから。
私、静くんのその目、嫌だった。
その目をして欲しくなかった。
私が憎まれても、恨まれても、罵られても、
私は、墓場の灰に還るまで、隠し通すつもりだった。」
……雪……乃……
「……
私も、すごく、ひどいんだよ。
あの人が死んだとき、
私、ほんとに肩の荷が下りたって、ほっとしちゃったんだから。
育ての親でも親は親なのに。
血が繋がってなくても、養ってはくれた恩人のはずなのに。
……でも。
出棺が終わった時、
『これで、静くんに逢える』
しか、思わなかった。」
……。
……
っ!?!?
(……。
小辻、君。)
(いや、いい。
うん、いいよ。はは。)
か、課長は、知ってて。
(然るべきところに)
……身辺調査、だ。
ずっと前から、ここまで、知ってたんだ。
だから、雪乃を。
「……ねぇ、雪乃。
僕が、ここに勤めてるって、なんでわかったの。」
「……それ、聞くんだ。
相変わらず無神経だね。」
……ぐっ。
「……好きな人の消息は、
風の便りでも、知っておきたいものなんだよ。
血が繋がってしまっている兄だったとしても、ね。」
……。
「……それに。
私のこと、ずっと覚えてくれてたでしょ。」
……?
「憾みって、いつまでも覚えてるから。」
……
!?
「……
でも、もう、
だいぶ薄れてちゃってるみたいだけど。」
……
あ、
あぁ……。
あは、は。
「そう、だね。
ここ三年くらいで、だいぶ、薄れてきたかな。」
この会社に潜り込めて。
課長に、寺岡さんに、主幹に逢って。
はるなさんと、帆南さんとご飯を食べて。
いままで知らなかったおいしいものを食べているうちに。
「……
遅かった、かぁ。
あと三年、あの人が早く死んでくれればよかったのに。」
……あはは。
なんて露骨なことを。
「……無理、か。
静くん、その頃なら、私と目も合わせてくれなかったよね。
ううん、私はそうしたの。それだけのことをしてしまったの。
一時の激情と、愚かな保身に駆られ、すべてを喪った。
ただ、それだけだよ。」
……。
「……
でも、静くんの会社には入るからね。」
え。
「だって、福利厚生、全然違うもん。
上司がお兄ちゃんなら、いろいろ楽だしね。
あ、大丈夫。
社内ではなんにも言わないし、
あの娘達にも、なにも伝えないよ。
ふふ。」
……それはそれでややこしいような。
「でもね、お兄ちゃん。」
……その言い方、慣れな過ぎる。
同い年の妹なんていてたまるか。
「これだけは、知っておいて欲しいんだけど。」
……これ以上、何を。
*
……はぁ。
なんて、こと、だ。
(あの人は、寝取られちゃってたの。
克喜さんに。)
……小辻、克喜……っ。
僕の身体には、あの男の、穢れた血が流れている。
一人の人を愛せない、女性の真心と愛情を真っすぐに受け取れない
呪われた、下卑果てた男の。
しかし、まさか、そんな……。
……
惹かれ合うのは、空気感が近いのは、ある意味、当たり前だったんだ。
近かったから。兄妹だったから。
雪乃の口が滑りやすかった、親しすぎたのも、肉親だから。
……雪乃のことだから、DNA鑑定くらい普通に済ませてそうだ。
課長と面識あるなら、裏で手伝ってただろうし……。
(きみを裏切った元婚約者だから面白そうだ、
なんて、50%くらいしか考えてなかったよ。)
残りの50%は、こっちだったわけだ……。
……でも、
(だって、
きみ、もう、大丈夫でしょ?)
……
大丈夫、ではない。
ぜんぜん大丈夫ではないけど、
四年前にこれに被弾していたら100%自殺してた自信がある。
はぁ。
なんて穢れきった血なんだろう。
生まれて来たくなんてなかった。孕んだのは、間違いだったのだから。
(これだけは知っておいて欲しいんだけど。
お母さん、死ぬまで克喜さんを想ってたよ。)
……
……入り婿の、筈なのに。
人として、絶対に許されない。
うちの母さん以外に想われるなんて絶対にあってはならないはずで。
常識がぶつ切れてしまっている世界なんかにいたら
……
ぶーっ
?
あぁ、なんだ。
デフォルトで入ってしまってる健康アプリ、か。
……31歳、か。
歳、取ったなぁ……。
……
親父、か。
親父は、いないものだった。
戸籍だけは存在するけれども、母さんは働きに出ていて、
実質的に、母子家庭のようなものだった。
陸上部にしても、道具にお金の掛からなそうな部活を選んだだけで
中学も高校も大学も、公立しか選択肢はなくて。
それを恨んでしまったら、母さんに申し訳ないだけで。
……。
どうして、母さんは、親父を恨まなかったんだろう。
哀しかっただろうに。寂しいに決まっているだろうに。
人肌が欲しくなるに決まってるだろうに、浮気一つせず、
カサカサになって息絶えるまで、幸せそうで。
……
だめだ、こんな広い部屋に、一人でいると、
なにか、打ちのめされ
ぶーっ
……
あ。
vaiduryaさん、か。
ん……?
<PCのリンクから、見てくださいね>
ん??
まぁ、いいか。
そういえば最近、ゆっくりを見てないな……
心がぜんぜんゆっくりしてないからか?
ノートを立ち上げて、
リンク踏んで……
ん??
なんか右上にいっぱいチャットが物凄い速度でずらっと流れて……
あ。
『やっほー、
見てますかテンマさーん!』
げ。
え。
う、わ。
『あはは、きっと驚いてるよ、はるちゃん。』
『え、あ、は、うっ!?』
『うわー、マジ可愛いーっ。
ほらほら、うすら野郎どもっ。
天女榊原晴香様の困らせ顔を拝みやがれっ。』
なんて荒い口調で喋ってるんだ。
あぁ、なんか物凄いスピードでチャットが廻って全然見えない。
なんか黄色いやつとか赤いやつが
『いやー、だから、
仕事にしちゃえばいいんじゃないか、
っていう企画ですね、これは。』
どういうこと?
『はじまっちゃったら、事務所も手、出せないでしょー。』
『そ、そ、そういうわけじゃないと思うよ?』
『やっほーっ、
美智恵さん、生い先短い命でしっかり見てますかー?』
うっは。
鮮やかに無敵を装ってるな、留美さん。
いろいろ煽りまくってる。
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