第61話


 「それで、社内で話せない話のほうをね。」

  

 あ。

 そうか、こればかりは。

 

 「まずね、帆南ちゃんが投与されそうになったのは、

  バルビツール酸誘導体。

  いわゆる、自白薬というやつらしくてね。」

 

 は?

 

 「それも、少し特殊なものでね。

  もうメーカーが製造してなくで、一般入手は困難なやつらしい。」


 ……。

 

 「ウチの生産ラインにそんなものは勿論ない。

  研究所の調査だと、海外のストックから

  取り寄せてた形跡があるらしい。」


 ……。

 

 「ま、そこはもうちょっと調べないと分からないね。

  調査部は捜査機関じゃないから。」

  

 ……たしかに。

 

 「ただ、帆南ちゃんに何を喋らせようとしたのか、

  っていうのは、なんとなくわかる。」

 

 ……?

 

 「なんていうか、僕から見ると、

  こんな形でそれを割らせてどうしようっていう内容なんだけどさ。」

 

 ……。

 

 「。」

 

 !?

 

 「そ。

  要するに、榊原晴香のストーカー。


  あぁ。

  そっちだけじゃないんだな、これが。」

 

 ?

 うわ。めっちゃ悪そうな顔してる。

 

 「それとセットで、

  帆南ちゃんに単純な危害を加えようとした輩もいるわけ。

  帆南ちゃんが意識して誘ったのはこっちだと思うよ。」

 

 あぁ……

 帆南さん、ぜんぶ、ばれてるな。


 「輩のほうはね、いい材料でしたよ。

  残党を芋ずる式にやれるから。」

 

 なんて言いぐさ。

 

 「まぁ、そっちは適切に除去しますよ。

  除去っていうか、消去だね。」

 

 消去って。

 なんて淡々と強い表現使うんだこの人。


 「ここまで来ると、を維持する理由もないしね。

  もし、帆南ちゃんがそこまで考えてくれてたんだとすると、

  大変な策士だと思うけど。」


 「……考えて、ましたよ。」

 

 (わたし、

  穢れてるから、できちゃうはずですから。)

 

 (わたし、自分で蒔いちゃった種だから、

  じゃないですか。)

 

 「ふふ、そうなの?

  だったら今から社長室長でもいいくらいだけど。

  ま、それはおいおいね。

  

  で、枝分かれ具合は複雑なんだけど、

  源流はいたって単純なんだ。」


 「観寿会生え抜きOB会、ですか?」

 

 「……きみがそういうことを言いそうだから、

  ここを用意したってわけ。」

 

 ……あはは。

 

 「まぁ、わかると思うけど、

  その類の接待っていうのが派手だったのは、むしろ昔のほうだからね。

  ズブズブだったわけだよ、いろいろ。」

 

 ……。

 

 「で、千里さんから何を聞いてるかなんだけど、

  観寿会、財産管理の投資会社持っててね、

  うちの株、ちょっと持ってる。」

 

 え。

 

 「有価証券報告書上は、投資目的の体裁で外のファンドに持たしてるから、

  資金の流れをちゃんと辿らないと分からないようになってる。

  なかなかよくできてますよ、敵ながら。」

 

 ……なる、ほど。

 

 「人脈の流れも、経済界にそれなりに根っこを張ってるしね。

  崩しやすい類の力じゃないんだよなぁ。」

 

 「だとすると、観寿会と、

  原田東和さんの死は、どう繋がってるんですか?」

 

 課長が、ごく一瞬、物凄い形相を覗かせた。


 「……。」

 

 あぁ、

 これは、直接的なんだ。

 

 「きみ、さ。」

 

 「だって、ここ、こんな場所じゃないですか。

  課長がその名を出しても大丈夫なところなんですよね。」

  

 「……。

  あは、は。

  うん、まぁ、そうかもしれないね。

  たしかに。」

 

 課長はふぅと息をついて、

 スペインのチョコを今更のように手に取り、

 マカダミアナッツを芯からガリっと噛んだ。

 

 「……ふふ、ふふふ。

  そうだね、そうだ。

  

  でも、いいの?

  僕は、誰も巻き込まないつもりだったんだけど。」


 「僕は、天涯孤独の身ですから。」

 

 あの男も、母さんも、とうの昔に亡くなっている。

 祖父も、祖母も。

 身よりと呼べるものは、なにも、ない。

 

 「……。

  小辻、君。」

 

 「なんですか?」

 

 「いや、いい。

  うん、いいよ。はは。

  

  少なくとも、僕はきみを巻きこめない。

  恨まれたくないからね、に。

  僕が殺された後も地球が滅ぶまで呪われ続けそうだから。」


 なんて不吉な言いぐさ。

 

 「まぁ、当たり障りなく言えば、

  きみの考えてることは、当たらずとも遠からずではあるよ。」

 

 ちょっと、違うわけか。

 

 「ただ、のお陰で、

  ちょっと違うやり方も見えてはきたけどね。」

 

 ?


 「ふふ。

  生きてるって、おもしろいね?」


*


 「これは?」


 「……これを御覧になって、

  何の動揺もしないのがテンマさんらしいですけれどもね。」


 動揺、か。

 なんていうか、分からなくもないけれども、

 僕の隣で見せられたはるなさんを踏まえるなら、想定の範囲内ではある。


 正統派の清純派アイドル。

 溢れんばかりの瑞々しさと透明感。

 キラキラしたポップアイドルの理想像を具現化したような存在。


「それで、テンマさん。

 見た目のほうではなくて、

 歌を聴いて、なにか思うところは?」


 思うところ、ね。


「……ちょっと、巧すぎますね。」


 普通、この音域でこのコード進行でこのメロディであれば、

 取りこぼしが出たり声が掠れたりする。


「そうなんですよ。

 ガイドボーカルの人とかが詰まりまくるようなところを

 さらっと歌っちゃってます。」


 音楽的素養が高いのか、役柄の人をはるなさんが作り込んだのか。


「『能力はあるが事務所の売り込み不足で

  地下アイドルに毛が生えたような存在』

 演出サイドは後段を意識してて、はるちゃんは前段から作ったんです。


 後段もちゃんと意識されてるんですよ。

 ファッションセンスがひどいでしょ。いかにも地下アイドルって感じで。」


 それはまぁ、そうなんだけど。


「キラッキラしてますけどね。」


「あはは、はい。しちゃってますね。

 はっきりいって、目立ちすぎたんです。

 劇中劇であっても、どこをズームしてもはるちゃんが際立っちゃう。


 監督さんとか演出サイドは面白がったんですけれど、

 プロデューサーサイドからクレームが入って。

 で、お蔵入りになって、

 完成版ではもっとアングラっぽいやつになってたんですよ。」


 なるほど。

 ありそうな話ではあるな。


「美智恵さんはこれを没にすることと引き換えに、

 単館系映画の主役の枠を2つ取ったって言ってました。」


 僕の疑問に先回りする形で留美さんが答えてくれる。

 一ノ瀬さんのことだから、最初からこうなることが分かって

 監督達の悪ふざけを放置しておいたのだろう。


「それで、ですね。」


 留美さんが僕に動画を見せてくる。

 さきほどの映像と寸分違わないが、少し画質が悪い。


「ミラーサイトですし、知らないテロップも入ってます。

 この動画はオリジナルのコピーのコピーですね。」


 再生回数、42万回。

 英語のコメントが八割くらいを占めている。


「二週間くらい前に、されたんです。」


 え。

 ……あぁ。そういうこと。


「あの頃って、美智恵さんの病状が不安定でしたから、

 事務所としての対応が遅れたんですよ。

 私も、はるちゃんと静さんの熱愛報道絡みで混乱してましたし。」


 ……その時期、かぁ……。


「オリジナルの開示期間は5日間だけで、

 コピーがアップロードされたあたりでアカウントごと消してます。」


 ……確信犯、だな。


「リークした犯人はほぼ特定しましたが、

 映画製作会社の外注先の会社を辞めてました。」


 ……孫会社ってことか。

 待遇が悪すぎたりしたんだろうなぁ。


 で、これはもちろん、相当まずい。

 『凄い』榊原晴香が表に出ることを望んでいない人達は相当いるだろう。

 

「この件について、一ノ瀬さんは?」


「……さすが、というべきなのでしょうね。」


 ん?


「こういうのを作れと、私に。」


 え?

 この絵を、この形で出しちゃ、まずいんじゃ。


「情勢が、変わりましたから。

 動きすぎたくらいですが。」

 

 ……言い方、課長に似てるなぁ。

 ほんとに血、繋がってるんじゃないかな。

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