第53話(最終話)


「……ほんと、に、

 ほんとうに、ありがとうございます。

 あの時、わたしを、みつけてくれて。」

 

 ?


「あの、台湾料理屋さんでお会いした時、

 わたし、拒食症役の人だったんです。」


 え。


「自分をよく見せるために、食費を削って体重を落として、

 洋服に生活費を全部つぎ込んでいって、ちょっとうまくいっちゃって、

 抜け出せなくなって瘦せ細り、精神を病んで狂っていく。

 そんな人の役でした。」


 ……単館系らしくエッジのある話だこと。


「普段、美智恵さんが呼び戻して下さるんですけれど、

 あの日、美智恵さん、トラブルがあって来られなくて。」


 ……そういえば、そうだったな。


「あの時、静さんがあのお店でご飯を食べさせてくれなければ、

 わたし、頭がおかしくなっていました。」


 ……なるほど、そういうことか。

 役柄上、食事をすることへの忌避感だったわけか。


「わたし、あのお店で、

 暖かいご飯が身体に入っていく時に湧き上がる力と、

 美味しいものの強さ、すばらしさを、すっごく実感しました。

 

 美味しそうに食べる静さんの食べている品々が、ものすごく美味しそうに見えて。

 静さんが眼を輝かせながら美味しそうに食べる姿が、光り輝いていて。」


 ……よく旨そうに食べるね、とは言われますが。


「口に入れたら、ほんとうに、涙が出そうになるくらい美味しくて、

 静さんの温かい笑顔が眩しくて、

 お茶を注ぐ静さんの手と、瞳の凛々しさが、

 ……そ、そ、そのっ」


 思い出補正かな?

 零れないように淹れようとしただけだから。


「そ、そ、そのあともっ、

 いっぱい、いっぱい、わたしを見つけてくれて。

 わたしの想いを、叶えて続けてくれて。」


 ……偶然の要素が大きい話だけど。

 

「……

 いま、来てる役。

 あの時の感じに、凄く近いんです。」


 あ。


(春菜がね、珍しくやる気なのさ)


 そういうこと、か。


「あることが理由で、言葉を喪ってしまった娘なんです。

 それで、ずっと虐められるんですけれども、

 ある男の子とだけ、心の中で、会話ができるんです。

 

 誰とも話せず、誰とも繋がれないままの哀しみを、

 拾い上げられた時の天を衝くような歓喜を、

 わたしは、誰よりも深く、知っています。」


 はるなさんは、小さな声でありながら、

 珍しく、頬を紅潮させ、流れるように言葉を紡いだ。


 そして。


「だから。」


 どちらかと言えば下町の、

 ただのサラリーマンが通り過ぎていくだけの市街地なのに、

 入念なプロの化粧で、素顔のすべてを覆い隠しているのに、


「小辻、静さん。」


 黄昏を浴びて輝く天使の翼が、

 はっきりと、見えて

 


「わたしは、静さんと、

 かならず、結婚します。」



 ……


 ぇ。

 ええっ。

 

 な。

 なんで、断定?

 交際じゃなくて、け、結婚っ??

 

「……

 でも。」


 はるなさんの視点の先には、

 電話なのに大きな身振りを加えながら、

 焼肉屋に予約を入れている帆南さんの姿が映る。


「……

 もう、ちょっと。

 

 あと、ほんのすこしだけ、

 このままで、いさせてください。」

 

 キャリアウーマン風のコーディネートと、しっかりメイクで固めたはずの

 はるなさんの潤んだヘーゼルナッツの瞳は、胸を掻きむしらせるように切なく、

 息を吐いたら、消え失せてしまうくらい儚くて。

 

「ほーい。

 予約、取れましたよー。」


 !


「すっごいです。

 セットメニュー、めっちゃ安かったです。

 大阪の店みたいでしたっ。」


 ……はは。

 それは良かったけど、行ってみないと分からないな。


「よっし。

 じゃ、行きますよーっ!」


 コートで風を切りながら、

 冬の寂れた路地を、少しだけ広い歩幅で先導していく帆南さん。


(小辻静さん。


 わたし、

 あなたのことが、好きです。)


 心が、

 身体が、

 揺らめいてしまっている。


(罪のバリアが外されちゃってるから、

 そろそろ答えないといけないわけよね。)


 そう、だ。

 ほんとに、そ



 とんっ



 ……ぇ。

 はるなさんが、僕の、小指の爪に触って。


「いっ、

 いまはまだ、これくらいでっ。」

 

 台詞のストックがなくなったのだろうか、

 余裕が崩れて顔を真っ赤にしているはるなさんの小指を、

 ふっと、包んだ。


*


 ふっふっふ

 ふっふっふっふ。

 

「静さん、ご機嫌ですねっ。」


 そりゃぁね。

 なんてったって、宿願が果たされる日だから。


「現代和食界、頂点の一角ですよね。

 一食八万円、でしたっけ。」

 

 そうそうそう。酒代抜きでね。

 いやぁ、社長にゴマをすり続けた甲斐があった。


「全然擦ってないじゃないですか。

 ま、わたしも正直めっちゃ楽しみです。

 ご相伴に預かれるって思ってなかったですから。」


 そうだねぇ。

 これ、経費じゃなくて自腹っていうのが潔いよねぇ。


 あぁ。世界はなんて美しく、生命はなんと麗しいのだろう。

 心なしか、調一のくすんだブラインドすら

 ラメが入ってるように見えるよ。


「あはは。

 ふたりとも、とってもご機嫌なところ、悪いんだけど。」


 ?

 なんですか、課長。

 この海よりも深く川よりもめでたい日に。


「こんど、中途採用で、

 新しく調査一課に配属される子がいてね。

 見学に来たから、予め、紹介しておこうかと思ってね。」


 あぁ。

 はいはい。

 なんでいまなのか、全然分からないけど。


「じゃ、入って。」


「はい。」


 ……。

 

 ……

 

 ぇ


「お仕事中、恐れ入ります。

 4月から調査第一課に配属を予定されている

 林崎雪乃と申します。」


 ぇ


 ぇっ……


 あの、ひとみ、と

 その、なまえ、は



「……

 ひさしぶり、だね、

 静くん。」


 

 っ

 あぁぁぁぁぁっ!?!?

 



知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた

(「完結編」に続く…?)

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