第8章(最終章)

第51話


「うん。

 報告書、これでいいから。」

 

「ありがとうございます。」


「こっちから人事部に持って行くけど、

 この局面になると、結城さん人事部長も、そう無体なことはできないよ。

 社長案件になっちゃったからね、これ。」


「はぁ。」


「まぁ、監査部が福岡支社に業務監査してみたら、

 きみの言う通りにいろいろ出て来ちゃったのが相当堪えたんだろうね。

 あんまり柏井さん営業本部長の肩を持つと、

 自分の身が危ないことに気づいちゃった感じだね。」


 っていうか、福岡支社にボロを出させちゃったのは

 人事部長のほうだったと思うけど。


「柏井さんは子会社の社長に天下りさせることで調整する感じかな。

 まぁ、あれでも功労者だからね。

 恰好がつく理由探して華を持たせる必要があるだろうけど。」


 そんなこと、社内で言っちゃっていいんですか?

 最近の課長、いろいろ大胆すぎる気が。


「ふふふ。

 まぁ、聞かれても困らなくなったからさ。

 社内案件はね。」


 ……課長はいよいよ、社外案件に手をつけるわけか。

 この会社に潜り込んだ、本来の目的を果たすために。

 

 あ。

 だから、生え抜き組に狙いを絞っていたわけか。

 対立構造があるのは、課長にとって都合が良かったわけか。


 すると。


「狙いは、観寿会生え抜きOBですか?」


「……。」


 そっちにはまだあるわけか。

 黙っていなければいけないことが。


「好奇心は猫をも殺す。

 わかるね?」


「はい。」


「……ふふふ。

 きみのその度胸はどこから来るのかと思うけど、

 ま、それは、おいおいね。

 

 で、そろそろ帰れるから。」


 茗荷谷ですか?

 

「違うに決まってるでしょ?

 あっちだよ、あっち。」

 

 あぁ……。

 あれ、記者さんに家賃で突っ込まれたじゃないですか。


「それはこっちで説明したから。

 彼女、ひととおり喋っちゃったからね。」


『いま大注目!

 一ノ瀬美智恵の秘蔵っ子、

 若手天才女優・榊原晴香が本誌だけに語った180分!』

 

 という、一見ド派手な見出しなのだが、

 そのうち120分は、例の台湾料理屋で、皆で飲み食いした時間も含まれている。

 雑誌のタイトルなんてそんなものだと思う。

 

 いやぁ、あの場、かなり盛り上がりまくったわ。

 なんてったって香雪酒めっちゃ出たから。

 記者さんがこっちを追ってきたをべらべら喋っちゃって、

 それはそれで大変な夜だった。


「長期的なスポンサー契約に繋ぐための窓口業務、

 ということになったからさ。」


 あれ、相当無理があったと思うけど、

 淀みなく説明さえできてしまえば、納得はする。

 なにしろ、その記者さん、他に追うものができたから。


「課長のファンで良かったですね、あの方。」


 どうりで目がキラキラしてたわけだよ。

 課長に気づいたら、急に態度変わったもん。


「……まぁねぇ。

 僕、これでも結構、人気あったからね。」

 

 ……あはは。

 そう言いきれて嫌味を感じさせない人類は、せいぜい500人くらいだろうな。


 文字通り、ブレイク寸前、という状況だったらしい。

 メンバーの一人、原田東和留美の実兄が失踪し、さえしなければ。

 そして。


「原田さんのファンでもあった、と。」


「……ありがたいね。

 すっかり忘れられてると思ったけど。」


 課長のファイルに残っていた写真は、

 オトコの僕がみても、容姿端麗と言わざるを得ないものだった。

 福澤諭吉の孫には及ばないにせよ、十分に並べる程度には。

 

 むしろ、これほどの容姿の人が、

 どうして忘れられてしまったのかは、謎めいてすらいる。

 残されてる写真も、さほど目立つものではないし。

 

 まぁ、おかげで、

 僕とはるなさんの関係は、しばらくつっつかれなくなった。

 

「健全な形で公表してるに等しいものを、隠す必要はなくなったのさ。」


「……接点があるの、結構、不自然なんですけどね。

 CM映像の素材撮りは、ほぼ終わっちゃいましたから。」

 

 実質撮影期間、わずか二週間弱。

 通常スケジュールの半分程度のスピード撮影になった。

 1人を除いて情報リークの従犯関係者全員が満足し、社長が太鼓判を押しているものに、

 面と向かって逆らう奴は流石にいない。


 なにしろ。


「羽鳥さんが、うちの妹留美に正式に発注したからね。

 編集作業一式。」

 

 編集作業の発注先について、契約書で明記していなかった点を突いた。

 長老様のような温和な調整型にしては、際立って目立った動きと言って良い。

 社長の意思がはっきり出ているからこそで。


「向こうのほう、コンプラ上、かなり不味いんだよ。

 なんせ、ちょっとは燃えそうだからね。」


 半月前。

 

 月刊誌『文芸読物』が、

 『エクスプロージョン元役員、獄中単独インタビュー』と題して、

 元役員が接待先としていた組織を一覧表で開示した。

 

「いまのところ、テレビ局や広告代理店が燃えてるけど、

 こっち側にいつ飛び火してくるか分からない感じはするでしょ。」


 エクスプロージョンの接待攻勢の主要ターゲットはメディアであり、

 大手スポンサーの名はちらほら入っているものの、

 うちのような準大手は、リストに掲載されていないこともあって、

 まだネットの餌食にはなっていない。


「その前にあっさり鎮火しちゃうだろうけれどね。

 なにしろ、後追い報道がないから。」

 

 国内の報道機関は、

 やらかした芸能人のスキャンダルのような案件は詳細に報じるが、

 事件が大きくなればなるほど、基本的には静かになる。

 テレビ局自身が関わってるとなれば、なおさらだろう。


「ただ、遠くで延焼してるうちはね、多少の時間は稼げるんだよ。

 こっちの人事体制を刷新する理由のネタ程度にはなるわけ。」

 

 ……あはは。

 辛酸をなめてきただけあって、したたかなものだ。


 限界を見極めながら、掛けた網を、少しずつ手繰り寄せていく。

 自分達を破滅させ、親友の命を奪ったオトコに復讐するために。

 

「これ、内緒だけど、帆南ちゃんを

 来年度から社長室にあげるって話が出てる。」


 内緒になってないじゃないですか。

 何、はっきり喋ってるんですか。

 

「社内案件は別にいいかなって。

 はははは。」


 はははは、って。

 好事魔多しって言葉があると思うけど。


「小辻君はね、目立ちすぎたから、そういう話はないの。

 ただ、昇格はしてもらう感じかな。

 昨日、葛原さん調査部長とも話したんだけど。」


 え。


「課長補佐。

 通常業務に加えて他所のセクションと調整案件が入るから、

 そこんとこよろしくね?」


 よろしくね、って。

 僕、一生、調一の主任でよかったのに。


「あはは。

 昇進嫌がるなら、営業本部にでも行く?」

 

 うわっ!?


「入社から同一配属先で5年目って、かなり珍しいんだよ?

 それに、営業、結構向いてると思うけど。

 相手先の意向を踏まえながら案件取ってくるの上手いだろうし。」

 

 少女漫画系インテリヤクザめぇ……。

 地獄への片道切符を握って笑う姿までカッコいいってどういうことだよ。

 ほんと、世の中って不公平だなぁ。

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