第48話


『弊誌の取材では、小辻さんは

 榊原晴香さんとお付き合いをされているとお伺いしていますが、

 お間違えありませんでしょうか。』


 !

 ……来た、か。

 多少、想定はしていたが。


「……まず、私は成人男性であり、彼女は未成年です。

 その観点から見て、ありえません。」


『御面識があることは御認めになられるわけですね。』


 ぅっ。

 百五十周年事業?

 いや、だめだ。まだ非公開だ。


「……面識は、確かに。」


『同棲されているとお伺いしていますが。』


 !?


「ありえません。

 未成年の女性です。」

 

 同棲じゃ、ない。

 部屋が、繋がってるだけで。

 だけど


『小辻さんと晴香さんが手を繋いで

 マンションに入って行かれる写真がありまして。』


「それはありえませんね。」


 そういうことは周到に避けてきたから。


『同じマンションに

 お住まいだということは御認めになられる。』

 

 ぐっ。


 ……

 

 なん、だ?

 相当しっかりした情報が入っているな。

 僕の相当近いところで、情報を流してる奴がいるわけだ。


『大変失礼ですが、小辻さんのお勤めの会社のお給料を鑑みますと、

 かなり高い家賃のマンションにお住まいですね。』


 ……本当に失礼だな。

 話には聞いていたが。


「住所地でも居住地でもありません。」


 茗荷谷に住所があって良かったというべきか。


『では、通いで。』


 ……ふふ。


「通いとは申せませんね。」


 実質的に、居住実態はこちらだから。


『ははぁ。

 御勤め先のほうに弊誌をお送りしてよろしいでしょうか。』


「それはお控え下さい。」


『わかりました。

 どうもありがとうございます。』


 ぷーっ

 ぷーっ

 

 ……

 

 ……課長に、連絡しないと。

 社内メールは、だめだ。

 

 うわ。

 課長のRINE、知らない。

 スマホの番号すら分からない。

 

 しくったなぁ……。

 会社でいつも接点あるし、業務で通じれるから、

 業務外の連絡先の確保を怠った。


「帆南さん。」


「!」


「は、はいっ。」


「課長の個人連絡先、わかる?

 スマホでも、RINEでも。」


「……

 ご、ごめんなさい。」

 

 謝らなくていいって。

 そっか、

 それなら、別の……

 

 あ。


 RINEを立ち上げて、と……

 

 うん。

 vaidurya、で。


<いきなりで申し訳ありませんが

 課長のIDご存知ですか?>


 よし。

 待つしかない、な。

 

「あ、あの。」


 ん?

 なに、帆南さん。


「湯瀬課長、ふつうに会社に電話して繋がりましたけど。」


 う、わ。

 なんだ僕、めっちゃくちゃ焦ってるな。


*


『……なるほど、ね。』


 ……はは。

 全然落ち着いてる。慣れてるって感じだな。


『わかった。

 こっちで相談してみるよ。』

 

 なにをどこに相談するんだかわかりゃしない。


『きみは、そこを離れたほうがいい。

 しばらく出社もしなくていいから。』


 え。

 く、クビですか。


『なんでそういう発想になるの?

 いま、きみの業務って、報告書の整理と定例案件だけで、

 どうしても出社を要する業務ってないでしょ。』

 

 そ、そりゃぁ、直近はそうですけど。


『業界団体案件とかは、

 植村さんに行って貰ってもいいからさ。』


 あ、主幹ね。


『一応言っておくと、茗荷谷はダメだからね。』


 え。


『あぁ、言ってなかったっけ?

 きみの部屋、もう工事中だから。』

 

 はぁっ!?


『いま、リフォームしてるんだってさ。

 きみの部屋が一番最後だったみたいだよ?

 都合が悪いねぇ。』

 

 ……ははは。


『ま、隠れ家もこっちで手配するから。

 また連絡するね。』

 

 あ。


「連絡先、僕、知りませんけど。」


『えぇ?

 てっきり連絡してると思ったけど。


 ……あぁ。

 から連絡行くから、よろしくね。』

 

 え。


『ふふふ。

 ま、間違ってなかったと思うよ、いろいろ。

 

 あ、最後に一つだけ。』


 ?


、手放したら絶対にだめだよ?』


 がちゃっ

 

 ぷーっ、ぷーっ

 

 ぴっ


「……ふぅ……。」


 ……やっぱり、頼りになるな。

 この局面、見棄てられてもおかしくなかったのに。

 まぁ、課長はこういうの、慣れてたかもしれないけど。

 

 って、また2時間くらいで手配するのかな。

 なんでそんな短時間でこういう部屋を確保できるのやら。


 どっちみち、こっちは待たないとなんだけど。

 荷造りでもしておいたほうがいいかなぁ。

 大事なものなんてノートPCしかないんだけど。

 タコ焼き機はさすがに置いていくしか。

 

 あれ。

 帆南さん、めちゃくちゃ神妙な顔してるけど。


「……

 バレちゃったってこと、ですか?」


 ……そう言われちゃうと、そういうことになるわけだけど。

 元々の実感がなかった分だけ、なにかすごく遠い話のように感じてるな。


 ぶーっ


 あぁ。

 vaidurya留美さんか。


<090-8**7-7**6です

 はるちゃんとのこと

 週刊誌の記者が、嗅ぎつけちゃったって>


 ……あはは。耳が早いな。

 たぶん課長が伝えたんだろうな。


<そのようです

 今日中にここは引き払うことになろうかと>


 あぁ。

 RINEが繋がってる限り、孤独ではないのか。

 こうして即時で連絡ができるわけだから。


<(血涙を流す格闘ゲーム主人公のスタンプ)>

<わかりました

 ちゃんとはるちゃんに伝えてくださいね>

 

 あ、そうか。

 それは確かに。あやうく忘れるところだった。


<ありがとうございます>


<別れるとか、絶対に考えないでください>


 ……だから、そもそも交際してないんだって。

 っていうか、


<いま、はるなさんは配給会社の専務さんを接待中なので、

 連絡するタイミングが難しいですね>


 妙なタイミングで見ちゃうっていうこともありえるわけだ。

 ショックを与えちゃうと、お仕事が台無しになるかもしれない。

 おっきなお仕事を欲しがるしっかりものの留美さんなら


<なに言ってるんですかっ

 報連相大事っ!>


 ……若さとおっさん臭さが同居してるなぁ。

 課長と話が合うくらいだからなぁ。子役ずっとやってたみたいだし…。


 あぁ。

 でも、どうしたもんかなぁ……。


 って。

 

「……。」


 わすれ、てた。

 洋子さんが、この一連の状況を、目にしてることを。


「……あの、さ。

 ここって、榊原晴香の部屋、なの?」

 

 ……。


「違うよ。

 ここは、僕が借りて部屋。」


「じゃぁ、なんで。」


「貴方になんか伝える訳ないでしょ。裏切者なんだから。

 だいたい、なんで貴方はここにいられるのよ。

 静さんが貴方の肥やしにならないってわかった時点で、

 出ていくのが奥ゆかしい女ってもんじゃないの?

 そもそ……んばくんっっ!?」


 あぁ、ここの五三焼きカステラ、ちょっとぱさぱさしてるんだよね。

 ……まぁ、でも、洋子さんを信用できないのは同意見で、


「また誰かに告げ口するの?

 みたいに。」

 

「!?


 ち、ちがうわっ。

 そんなこと、私、してない。

 あの時だって」


「って見え透いたウソついてますけど、

 追い出していいですか?」


 いや、わからないでしょ、帆南さんは。

 でも、そうね。

 って言いたいところなんだけ

 

 ぶーっ


 あ。



<聞きました

 留美ちゃんから>



 はるか、さん。


<お仕事は?>


<バラしました>


 バラすって……。

 それは雇う側の言い方じゃ。


<記者なんて、みなかったのに>

<(地球破壊爆弾のスタンプ)>


 あ、記者、嫌いなんだなぁ。

 向こうのほうが一枚上手だったんじゃないかな。


 ……情報源、気にはなるんだよね。

 僕の内情に相当詳しい人がリークしたとしか思えない。

 そもそも、なぜスマートフォンの番号を知っていた個人情報不正利用のか。


<大丈夫ですよ

 RINEがありますから

 こうして繋がっていられます>


<嫌です

 これだけじゃ

 ぬくもりが欲しい>


 うわ。


<ご飯、おいしくないです

 おいしいものじゃないですし>


 変な店アレンジしたな、その専務。


<静さんがいないと、おいしくないんです>


 ……それは、あるのかもだな。

 食べる人によっておいしさはかわるから。



<わたし、決めました>



 ん?


<嫌なことから、逃げてたら


 ……

 また、止まった。

 お仕事、バラしてなんかいなかったのかな。

 あるいは、榎さんが連れ去ったか。



『……。』


 

 あぁ、ふたりに見られてる。

 なんだ、この光景。


 うん。

 なんだろう。極限状態が続きすぎているせいなのか、

 こんなことを、言えてしまうようになってる。



「洋子さん、帰ったら?」



「ぇ。」


「僕が洋子さんにできることはなにもない、

 って、分かったでしょ?」


「……そんな、つもりじゃ。」


「少なくとも、そんなつもりはあったと思う。

 なんらか、必死になる理由が。

 でなきゃ、帆南さんの跡をつけてまで、

 僕の居場所を知ろうとは思わないでしょ。」


「……。」


「この件について、洋子さんが口説くべきは、

 湯瀬課長か、羽鳥室長だと思うよ。」


「……だから、そういうんじゃなくて。」


「それ以外、ないじゃない。

 それとも」


 息が、漏れる。

 心臓が、飛び出そうになる。

 

 でも。

 もう、どうせ。



「あの時、

 僕が洋子さんを強姦したって、脅しに来たの?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る