第46話


「中京支社は、情実人事だったと。」


 まぁ、そうなる。

 ただ、


「情実というよりは、地元採用志向の強さの表れみたいなものでしたが。」


 同一能力なら、地元出身者を優先的に採用する。

 地元出身者は、なんらかの形で会社と縁がある人が多い。

 煎じ詰めればそれだけのこと。


「ふむ。

 これに関しては提案はないんだね。」


「ただの実態調査ですからね。本社採用枠でもありませんし。

 強いて言うならば能力差がある場合の扱いですけれども

 そこは問題はないようですし。」


 能力差がはっきりある場合はそちらを採用しているようだし、

 ヒアリング上では採点は二重に行われていて、採点者は地元外を多くしていると。


 まぁ、本当に実務上でそうしてるかは、

 もうちょっと多面的に調査しないとなんだろうけれど、

 これは業務監査ではないわけだから。


「きみも知っての通りだけど、

 中京支社って中京地区ローカルの会社を合併した経緯があるから、

 ある程度は読み通りという感じだね。」


 うんうん。


「じゃ、このミッションはこれでほぼ終わりだね。

 月末までに報告書にまとめて出して。」


「はい。」


 いままでの報告をがっちゃんこするだけの簡単なお仕事です。

 まぁ要約版くらいは作るけど。


「きみさ。」


 ?


僕の妹留美、煽ったね?」


 煽ったっていうか。


「違う道を指し示しただけですけれど。

 あの絵をぶちまけられたら大変でしょう。」


「はは。

 あれ、あの娘の手なんだけどね。」

 

 え゛。


「あの娘だって、子どもの頃からずっといるんだよ。

 分からないわけないじゃない。」


 あ。あぁ……

 軽率さを装って近づいて来るなんて。

 うわ。子どもに騙されたってことか、僕は。


「侮ったってことじゃない?

 ま、正直、面白いことしてるなって思うけどさ。」


 課長、本質的に騒動屋なのかなぁ。

 僕は静かな世界のほうがいいんだけども。


*


「あら、エスカ名古屋駅地下街で済ませちゃったんだ。」


 どうにも遠出する気になれなくて。


「あはは。

 やっぱり帆南ちゃんじゃないとだめね。」


 そういうんじゃないんですけれども。


「それよりも。

 あれ、小辻君でしょ?」


 ほんと、課長と同じこと聞いてくるな。


「だって、そうじゃない。

 あの娘達もプロとして生きてきたんだから、

 どう考えたって、あんなこと勝手に始めるような娘達じゃないでしょ。」

 

 あんなこと、ね。


「構成としては、あの娘達のほうが圧倒的に面白いわ。

 しかも、映像のクオリティがほぼ遜色なかった。」


 要するに、留美さんが絵を撮り、

 帆南さんが実質的にディレクションを行って、

 CM映像のプロトタイプを廻し始めてしまったわけ。


「向こう側は屈辱以外の何物でもないわね。」


「編集技術の独占は終わりましたからね。

 ソフトが一般向けに販売されるようになりましたから。」


「そんなもんじゃないわ。

 彼女が使ってたのは、プロ向けの映像機材よ。

 それこそ一台200万円くらいするような。」


 おおぅ、それは初耳。

 こっちの絵コンテをラフで撮ってみたら、と言っただけだから。

 あるいは、見せ方が物凄く上手なのか。


「普通なら、勝手なことを、ってなるんだけど、

 絵が良すぎたのと、これまでのあちらの印象が悪すぎたもんだから、

 広報から来た子ですら動いちゃってる。


 なによりね。」


 ?


「『どちらが、優れていますか。』」


 ん?


「『少なくとも、私達の世界では、

  与えられた職務に不誠実なプロなど、存在しません。』」


 は?


「あら、似てなかった?

 貴方の愛し子のマネなんだけど。」

 

 え゛。

 

 は、はるなさんが、

 表で、スポンサーの面前で、

 居並ぶ大人達の列を相手に、そんなことを。


「役者って凄いのね。

 一気に空気、持って行っちゃった。」


 ……凍り付いたの間違いじゃないか。


「で、ついさっきだけど、

 一連の経緯について、

 社長室長から、社長に報告がいったわ。」


 え。

 長老様、動いたのか。


「中立を維持しようとしてたけど、あの一言で気持ちが動いたみたい。

 まぁ、タイミングが欲しかっただけかもしれないけど。」

 

 あぁ……。

 と、いうよりも。


「向こう側ですけど、

 なんでそんな意味不明なことをしようと思ったんですか?」


 受注しておきながら実質サボタージュなんて、

 ただの自滅行為だろうに。


「あら、意味不明でもないのよ?

 むしろ、かなりうまくやってたって感じね。」


 ?


「あはは。小辻君、ほんと知らな過ぎ。

 ま、明日のお昼おごってくれるなら、説明してもいいかな?」

 

 わ。

 実質的に先約されちゃったか。

 

 ……予算枠が削られるなぁ。

 寺岡さん相手だと変なところ紹介できないもんだから。


*


<帰れません>


<(涙で日本列島が沈むスタンプ)>


 えぇ?

 今度は何なの?


<お世話になっている配給会社の方なんです

 いつもはプロデューサーさんなんですけれど

 今日は専務さんがいらしてて>


 あ、あぁ……。

 っていうか、これ、やっぱり、こないだの。


<美智恵さんのマネがお上手なので

 本物さんなんです>

 

 ……あはは。

 つまり、偽物がうじゃうじゃ取り囲んでるわけか。

 それなら。


<起こして頂いても構いませんよ>


 先に少し寝て置けばいいだけだから。

 夜泣きする子どもの世話と同じで。


<そ、そんなっ

 ぜったい、だめっ!>


 ……ここだけ切り取ると、

 こっちが悪いことしてる感じになってるな。

 文脈って大事ね。


<その流れですと、夕食をご一緒になられるんですか?>


<あ、はい……>


 なんか、落ち込んでるな。

 お弁当よりはいいだろうに。

 

 ……

 

 あ、移動したか。

 だいたい、分かるようになってきた。

 はるなさんは移動と移動の間に連絡をしてくるから。


 さて、と。

 いまのうちに報告書でも書きましょうかね。

 どうせやらないといけないことは、先回りして片付けたほうがいいか

 

 ぴーんぽーん

 

 は?

 

 ぴーんぽーん

 

 また宗教の勧誘とか?

 さすがに新聞勧誘はな

 

 ……

 

 モニターの先、には

 

 帆南さん、と、

 あと、ひとり

 

 ……


 えっと……

 なんか、揉めてる


 会社の人じゃないみたいだけど


 ……


 え゛


 ま、

 まさか、

 

「洋子……さん??」


 どう、して。

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