第45話


「名古屋飯、好みではありませんの。」


 わ。

 初対面なのに、いきなり凄いこと言うなぁ、この人。

 

 秘書課主任の小原広海さん。

 目はちょっと大きめ、薄めに無駄なく描いた眉、

 こなれ感と清潔感を併せ持ったショートボブ。


 秘書課配属だけあって、さすがに容姿端麗。

 帆南さんほどじゃないにせよ、広報用ホームページに普通に出られるレベル。


 帆南さんの代わりに配属されたけど、今回のみでのやつで、

 動機が新幹線代をケチれるという理由。

 文字通り、「いるだけ」の人。


 ……それに、しては。

 

 役員と見間違うようなゴージャス系のブラックスーツは、

 帆南さんが着てるやつよか、生地がいい。

 名の知られていないデザイナーズのハイエンド系だろうか。

 小物がいちいち高そうだし、香水が、ちょっと強い。

 

 まぁ、それは個人の趣味か。

 オトコ1人の調査よか、2人いたほうが、相手から見てそれっぽい。

 それだけで絵面の幅が広がるから。そういう理由はバカにはならない。

 

 なんだけど。

 

「味が濃いだけのものばかり。舌がバカになります。

 なぜこの健康志向の時代にあんなバカなものばかり食べるのでしょう。」

 

 ねぇ、初対面だよね? 

 どうして全力で他地域の食べ物の悪口を言えるの?

 明日、そこに行くんだよね。

 これから貴方がdisってるものを食べてる人と会うんでしょ?

 

 ……課長、どういうつもりなんだろうな。


 まぁ、食の好みも人それぞれではあるけれども。

 それなら。


「ふだんはどちらで召し上がられてるんですか?」


「わたくしですか? 

 もちろん自炊です。」


 あぁ。

 自炊派からすると名古屋の料理は確かに。


「とすると、お弁当をお持ちに。」


「おむすびです。」


 は。

 

蜂蜜養蜂場の特別栽培米意味不明を取り寄せて、

 有明海の特別栽培海苔と、ノルウェーのサーモンを空輸した特製おむすびです。」

 

 あ。

 あぁ……

 そういうやつね。


「外食なんかよりよっぽど安くつきますわ。

 そう思いませんこと?」


 素材派、か。

 分からんでもない。


「大変合理的なお考えかと。

 ただし、調理技術力の差がなく、

 多彩な材料を取り寄せたり、長期に保存する必要がないならば。」


「?」


「外食の場合、原価率は3割です。

 なので、仰るようなおむすびでしたら、

 それほど大きな差はつかないと思います。

 

 ただ、その場合でも、はらりとした食感の、

 粒の立った米を炊き上げるには、それなりの手間がかかります。

 家庭でぬかを10秒染み込ませるのは手間ですし。」


「……。」


「確固たる調理技術と膨大な手間暇をかけて、

 素材の良さを引き出すことができる料理人は、

 7割分の支払いに匹敵すると思います。」


 3割は場所代含めた諸経費だから、4割の価値で十分元を取れるんだけど、

 優れた調理技術は7割分を凌駕する、と思ってる。


「……わたくしを説得なさってるんですか?」


 あぁ、そう取られたか。


「個人の意見です。

 僕はどちらかと言えば外食派なものですから。

 失礼ですが、ご出身は名古屋で?」


「……どうしてそうお考えになられましたの?」


「ご出身だからこそ、忌憚なく言えるのかなと。」


「……。」


 認めてるようなものだが、深くは突っ込まない。

 そうだといいなぁという感じなんだけど。

 他地域の人だったらどうしよう。仲良くはできなそう。

 

 ……なるほど、ね。

 どんなに綺麗な人でも、感性が違ってしまうなら。


「……あの。」


 ?

 

「明日、わたくしは、何をすればよろしいのでしょうか。」


 座ってるだけでいいんだけどねぇ。

 もちろん、そうは言えないわけであり。

 まぁ、それなら。


「?」


「今回のプロジェクトの業務フローと、

 明日の大まかな業務の流れです。」


 これは帆南さんが作ってくれたやつなんだけどね。

 さも自分が作ったように出しちゃって申し訳ない。


 いや、改めて見ると、

 めちゃくちゃ優秀なんだな帆南さんって。


 あぁ。

 それで、確か。


「小原さんの得意そうなことはございますか?」


*


<帰れません>


<(大号泣のスタンプ)>


 あらららら。


<打ち上げ、拉致されました

 製作会社の社長さんです

 美智恵さんの名前を出されちゃってて、断れません>

 

 う、わ。


(可愛い、じゃなくて、『凄い』、って知られちゃったわけ)


 ……そういうこと、なのかな。

 こっちは、何もできないわけだけど。


 ただ、まぁ。

 こういう切り返しはできるわけで。


<頃合い次第ですが

 『スポンサーからのお呼び出し』を盾にできるかと>


<(ウロコが落ちる! のスタンプ)>


<わかりましたっ!>


 ……あとで帆南さんと口裏を合わせますか。

 課長でもいいんだけど、バーターでなにか要求してきそうだからなぁ。


 ……ふぅ。

 なんていうか、非日常感が凄いな。

 全然、慣れない。

 

 いや、慣れないほうがいいんだけど。

 どう考えても過ぎたる生活なわけだから。

 そもそも、ありえないし。


 で、この資料の精査、と。

 中京支社のやつね。

 

 一人でやるのは大変そうだけど、

 まぁ、ゆっくり横で流し見つつゆっくりやるか。


 ……帆南さんに手伝って貰いたいけど、

 業務外で拘束するのはよろしくない。そもそも別件抱えてるし。

 人に振って文句言われるのはもう嫌だし。一人でやれば、それはないし。

 

 ……。


 「人と接したくない症候群」が出そうになるな。

 小原さんが性格きつめの人だったから?

 悪い人じゃないのは分かるんだけど、なんか。

 

 ……


 あぁ。

 

(静くん。)


 雪乃に、

 似てるのかもしれない。


(付き合う前のほうが、好きだったな。)


 綺麗で、上品で、御淑やかだけど、

 その癖、辛辣で、人の弱点を平然と抉ってきて。


(あなたじゃ、ない。)


 それで、か……。

 まぁ、あそこまで露骨な言い回しはしなかったけど、

 その分だけ、影に隠れて。


(あなたじゃ、ないの。)


 ……


 僕は、雪乃のことを、本当に好きだったんだろうか?

 首を括るロープまで買ったはずなのに、もう、曖昧になってしまっている。

 そのことが、なによりも恐ろしい。


 ……


 でも。


(その方、お芝居に向いてないんです

 視線くれないなら独演会してほしいです

 ファン以外のお客様は5分で鼾を掻かれると思います)


 考えてみると、はるなさんも、わりと同じようなこと言うことあるな。

 それなのに、ずっと見ていたい感じがする。

 あれはもう天性の才能なんじゃないかな。


 ……だったら、

 そういう風に感じるオトコはめちゃくちゃ多いんだろう。

 

 つまり、


(あなたじゃ、ない。)


 僕である必要は、ない。

 それはもちろん、帆南さんも同じで

 

 ぶーっ

 

 ……

 

 あぁ。


<いま、よろしいですか>


 vaidurya留美さん、か。

 帆南さんとはるなさんを繋いだことと引き換えに、

 これ、教えられちゃったんだよなぁ。


<なんでしょう>


 ……って。

 ん? 写真?

 

 んーと、このオトコは誰だろう。

 これ、なかなか破廉恥なプレイを……

 

 ……これ、

 どうみても、未成年相手の、かなりヤバめ


<使えそうですか>


 ……つかえ、る?

 あ。


 こ、この悪役顔のおっさんって、

 ま、さ、か。


 えぇぇえぇぇ??


 い、いやいやいや。

 実弾そのものっていうか、ただの核兵器じゃん。


<ありがとうございます

 ちょっと殺傷力が高すぎますね

 それこそ、被害者側に足がつきます>


 ほぼ完全なクローズドなものであれば、ルート特定がとても容易そうな情報だ。

 どういう形であれ、このハードプレイをさせられている人物こそ、

 無事では済まないだろう。


<誠さんにも同じこと言われました

 ですが>


 課長に一度廻してるのかよ。

 まぁ、やらんとしていることは分かるけれど、手段が直球すぎる。

 若いってことかなぁ。よく考えたらまだ10代なんだから当然か。


<除去よりは無意味化されたほうがラクだと思いますよ>


<(はぁ? のスタンプ)>


 あはは。

 煽ってくるなぁ。

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