第44話


「正直言って、予想以上ね。」


 どういうことなんですか、出だしから揉めてるって。


「簡単に言うとね。

 顔合わせした後で、向こうの絵コンテの提案が幾つか出たのよ。」


 ええ。


「静止画。」


 は?


「ま、そこまでじゃないけど、

 いまどき、公共広告機構のCMだって、もうちょっと動きがあるわよ。

 それこそ、リコール製品回収みたいな絵ね。」


 はぁ。

 なんでそんなことに。


「仕様書にそう書いてあったって。」


 仕様書なんてもうあったんですか。


「ないわよ、そんなもの。」


 は?


「少なくとも、取締役会を経て決まった、こっちの企画書に付属したものじゃない。

 ところが、向こうの言い分だと、

 広報ののほうで、仕様書が内示されてたらしいの。」

 

 ……。


「で、向こうのプロデューサーと、

 こっちのチームの若手が、言った言わないの水掛け論。」


 ……うわぁ。

 向こうの映像プロデューサー、やり手だって言われてるそうだけど、

 HPの写真見たらあまりに悪役顔で引いたわぁ。

 与党の大物政治家を5歳だけ若返らせたような顔だったな。

 

 そんなのとよくやりあえるな、その若手。

 帆南さんじゃない、よね?


「温和に言って、かなり険悪な雰囲気ね。」


 ……温和に言ってそれなんですか。


「そ。

 しかもね。」


 ん?


「広報部から来てる子も、

 そんなもの見たことない、って言うの。」

 

 は。


「広報の一部、って言ったけど、

 真相は藪の中ね。」

 

 調査は?


「できないわよ。

 かなりデリケート政治的コネクションな問題になるわ。

 君は知らないほうがいいと思うけど。」

 

 …。


羽鳥さん社長室長が引き取って、

 こちらで改めて仕様書を作成する、

 という運びになって、今日のところは解散。」

 

 はぁ……。

 なんて不毛な会議だ。


「そ。

 だから、昨日の親睦会も流れたわ。」

 

 え。

 ジョイント案件の初日で、その手のやつが流れるって。


「とてもそんな雰囲気じゃなかったのよ。

 帆南ちゃんがずっと黙ってたの、信じられないくらい。」


 ……あぁ。

 必死に大人しくしてるんだ。

 聞いてるだけでストレスしか溜まらないなぁ。


「で、そんな荒れた現場をほったらかして、

 小辻君は名古屋に行くわけね?」


 立派な業務ですけど。


「名古屋だと、やっぱりひつまぶしか味噌カツかしら?」


 だから、どうしてそっちからなんですか。


「だって、これまでの中京支社長、

 広報部や営業部のキャリアルートと関係ないもの。」

 

 あぁ。そういうあたりの付け方。

 さすが社内事情レベル25。


「支社の成り立ちからして地元系よね。

 それはそれで何かあるかもしれないけど、

 こっちの事情を揺るがすようなことはないと思う。」

 

 そういう見方か…。

 露骨きわまりないけど、参考にはなるな。


「ふふふ。

 嫌よね、こんな見透かしたような女は。

 可愛くないもの。」

 

 だから、自虐ネタは答えづらいんですって。


*


「あ゛ーっ゛!!」


 な、なんなの、戻ってきて一発目で。

 主幹が思いっきり見てるんだけど。


「なんでもないです、なんでもっ。

 それより、今日こそ開拓に行きましょうよっ!

 新規ですよ、新規っ。」

 

 あぁ、すっかり日常が戻って来た感じになってるな。

 ちょっと荒ぶってるけど。

 ほんとは今日は巡回に充てたかったんだけどなぁ。


 ま、いいか。

 役所に送るやつはだいたい片付いてるし。

 多少遠出しても大丈夫だろ。


*


「……静さんって、

 ほんとよくこういうお店見つけてきますね。」


 僕じゃ全然ないんだけどね。

 ボランティア精神溢れた食べ歩き好きに乗ってるだけで。

 レビューしてる人が固そうだから、大丈夫だと思ってるけど。


「お待たせしました。

 鶏煮込みそばでございます。」


「……なんですかね、これ。

 緑菜でなにも見えないですし、膜が浮いてますけど。」


 まぁ、見たことないよねこれ。

 そもそも、そばと言ってるけど、米粉麺のことであって。


「ま、食べて食べて。」


「……どなたかに似てますよね。」


 うん。

 じゃ、レンゲ持って。


「……

 あ。」

 

 これは、あぁ。

 こういうやつね。


「鶏ガラの濃いやつって感じですね。

 旨みがしっかり入ってて。」

 

 そうね。

 ちょっと塩気強いけど、旨みとのバランスがよくて、

 柔らかいストレート米粉麺がほどよくスープを吸って、

 もちもちした食感とスープに奇妙な一体感がある。

 

 鶏の胸肉はただのアクセントだけど、

 このスープいくらでも入るな。


 まずいなこれ、無言になるわ。

 海老春巻きも悪くないけど、そっち忘れるくらい、

 鶏煮込みそばの印象が強い。


 で。


「落ち着いた?」


「……はい。

 やっぱり美味しいものってスゴいですね。

 いろいろなことが、ぜんぶバカみたいで。」


 いろいろあったのね。

 ま、いろいろ抱えてるか、いまの帆南さんは。


「……妹が、結婚したんです。」

 

 をぅ。

 それは重ためな。


「ちょっと、自慢されちゃったんですよね。

 舞い上がってるだけだって、分かってるんですけど、

 なんか、こう、クるものがあって。」

 

 ……。

 

があって、

 まだまだ全然先でいいかって割り切ったつもりだったんですけど、

 突きつけられちゃった気がするんですよ、いろいろ。」

 

 ……。


「仕事もちょっと、うまくいってないですし。」


 あぁ。


「静さんが、すごく無理して押し込んでくれたのに。」


 押し込んだのは課長だけどね。

 その置き土産でいま困らされてるわけだけど。


「……でも、めげないです。

 晴香ちゃん達のためですから。」


 そっか。


「……RINE、送ってきてくれないんですけど。

 既読スルーされてて。」


 ……それは、ね。

 あ。


「今日のやつも、伝えちゃだめだからね。

 よくわからないけど、があるんでしょ?」


 口に卵が入りそうな顔してる。

 妹さんの件で、頭がいろいろ飛んじゃってたのね。


「……

 このプロジェクト、一刻も早く完遂しますっ。」


 こんなに綺麗な人なのに、

 発想が僕とそっくりっていうのもなんだな。

 

「……でないと、フェアになれないですから。」


 ん?


「なんでもないですっ。

 って、他の料理、めっちゃ高いですねココ。」


 あぁ、そうなんだよね。ここ、超高級店だから。

 鶏煮込みそばだけ普通の値段だから、勘違いしそうになるけど。

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