第43話


<うらぎりもの>


 ……は?


<帆南さんと、

 わたしの知らないお店にいったって>


 え。

 ど、どうして。

 絶対黙ってて、って言ったのに。

 

<吐かせました>


 ハカセマシタ……。

 めちゃくちゃ物騒な表現だな。


<舞台挨拶でぶちまけてやりましょうか

 彼氏と一緒に住んでますよって>


 な、なんの脅しなの、これ。

 めちゃくちゃ荒ぶってるけど。


<わたし、怒ってます>

<(激怒のスタンプ)>

<怒ってますから>


 なんの念押しをされてるの、これ。


<わたし、バレてもいいんですからね>


 それは、さすがに。


<一ノ瀬さん、許さないと思いますが>


<美智恵さんは大丈夫です>


 え?


(スキャンダルになったら大変だってのに)


 って、一ノ瀬さん言ってたよね?


 ……って。

 静かになった。

 舞台挨拶、はじまったのかな。


 ふぅ……。

 まぁ、仕事に支障はない程度の連絡が取れてると

 好意的に考えるべきなのか。

 

<すっごく怒ってますからねっ>


 うわ。

 これって、やっぱり。

 それなら。


<今日の夜、何が食べたいですか?>


 ……

 止まった。

 今度こそ、仕事はじまったのかな。

 

 ふぅ……。

 はるなさん、わりと情緒の振れ幅が激しいんだよな。

 公園の時のメッセージ50本を思いだ


 ぴぽぴぽぴぽぽんっ

 ぴぽぴぽぴぽ

 

 !?


「も、もしもし?」


『き、決まりませんでしたから、

 決めてくださいっ!』

 

 ぷつっ


 ………。

 いまの、メッセージで十分じゃない?


*


『<役者が違う!>

 榊原晴香、舞台上でShin-laを圧倒』


 ……職務中になにを見せにきてるんですか。


「ははは。

 いやぁ、面白いよね、この話。

 

 ほら、あの娘ってカメレオンでしょ。

 これまで、向こうの演技力に合わせて、ぎりぎりまで立ててたわけじゃない。」


 そういうものなんですか。


「うん。そうしないと成り立たないでしょ。

 舞台って基本、チームワークだから。

 プロとしてはさ、自分がホームラン打つよりも、

 バントで塁に出たほうがいいわけだよ。」

 

 ふーむ。

 打線の繋がりが大事ってやつね。


「そしたら、あの娘、たった一人で

 特大の場外ホームランを打っちゃったわけでしょ。

 よっぽど怒ってることがあったみたいだね?」

 

 ……はは。


「これ、バランス考えると、結構まずいと思うな。

 棲み分けられなくなる。」


 ん?


「あぁ。

 これまで、榊原晴香って、

 基本的には、単館系クラスの映画と、舞台にしか出てないわけ。


 今年に入って、もうちょっと大きい予算の映画と、

 幾つかの番宣にちょこちょこ出てるけど、

 それもあくまで棲み分けの範囲内。マイナー内のメジャー程度。」


 ふむ。


「でも、今回の舞台って、企画ものとしてはわりと予算が大きい。

 つまり、玄人筋じゃないけど、影響力はそこそこあるっていう連中も見てるわけ。

 同業外の表現者系とか、評論家とか、タニマチ筋。

 

 そういう連中にさ、

 可愛い、じゃなくて、『凄い』、って知られちゃったわけ。」

 

 あ。

 それは。

 

「まぁ、そういうことなの。

 で、きみ、彼女になにしたの?」


「なんもしてないですよ。

 夕ご飯、一緒に食べにいきますか、って言っただけです。

 そしたら、その主演の方がまたスケジュール遅らせてしまって、

 お店の予約が流れたっていう。」


「あぁ。

 それで、ああいう……。

 

 あははは、あはははは。」

 

 な、なんですか。


「い、いや、なんでもない。

 ほんと、一ノ瀬女史にはご愁傷様としか言いようがないね。

 あはははははは。」


 なんだろう、課長のツボってわかるようでわからない。


「あー、あぁ、ほんとごめん。

 いやもう、あぁ、わかったわかったって。

 お仕事の話、ちゃんとするから。」

 

 頼みますよ、まったくもう。


「で、と。

 まず、例の支社人事権の運用実態調査。

 最後の中京支社の件ね。」


「はい。」


「きみ一人で行ってもらうっていう手もあったんだけど、

 秘書課から一人、出すことになったから。」

 

 秘書課、ですか?


「そうそう。

 個人的都合で、名古屋に行きたい用があるらしいから、

 公務出張できるよって。」

 

 な、なんですかそれ。

 公私混同じゃないですか。

 

「まぁそうなんだけどさ。

 大丈夫。既婚者みたいなものだから、間違いが起こらない、と思う。」


 と、思う、って。


「ま、これ一回限りだしね。

 それ以外は年末まで前年度の通常業務を廻して貰っていいから。」


 役所への報告とりまとめとか、業界団体からのお問い合わせへの対応とかですね。

 二課と違って商品開発に直接つながってないから、慣れちゃうとほんと楽だわ。


「で、帆南ちゃんだけど、

 職務復帰当日にいきなり重量級案件だね。」


 関係者間の初顔合わせらしい。

 まぁこっちは発注者側だし、こっちのトップは長老様社長室長だから、

 帆南さんが出ていくシーンは少ないと思うけど。


「分かってると思うけど、

 これ、結構揉めるから、見えない範囲でフォローしてね。」

 

 揉めるって分かってるんじゃん。

 それで言うと


「広報が揉める人へ発注案を出した時、

 課長はどうして反対されなかったんですか?」


「あれ。それ、聞くの?

 こっちが帆南ちゃんを通すのとバーター。」

 

 う゛っ。

 

 そ、そうか。

 いまの帆南さん、他のセクションの評判、

 めちゃくちゃ悪いんだった。


「わりと針の莚なんだよね、帆南ちゃん。

 まぁ、あの娘も、逆境には強い子だから、

 その点は大丈夫だと思うけど。」


 ……良かったのかな、これ。


「あはは。

 ま、奇策中の奇策だったけど、

 僕は嫌いじゃないよ、このやり方。」

 

 フォローになってるのか、なってないのか…。


「というより、きみ、わりと冷静だね。

 てっきり、もっと落ち込んだり、動揺したりしてると思ったけど。」

 

 ……おとといはめちゃくちゃそうだったんですけれどもね。

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