第41話

 

 で。

 めっちゃ見づらい画像なんだけど。

 


  「…!?」


 

 ビンゴ、か。


 「解像度的に厳しいものがありますが、ご覧頂ければと。」

 

 涙を堪えながら頷いているな。

 これはもう、QEDだわ。

 

 「セット・ロアは解散してしまいましたから、

  貴方のお兄様がクレジットされることはなかった。


  出来上がったのも、流行から外れている上に、

  生煮えのプロットに操作性の悪さを合わせた話題性に乏しいクソゲーですから、

  注目を浴びることはなかった。」

 

 「……。」

 

 「20年以上顧みられることがなかったエンディングに執念で辿り着いたこと、

  それをあんなにあっさりとした編集で見せた貴方の潔さは敬服に値します。」

 

 おそらくだけど、エンディングのムービーを見たかったんじゃないのか。

 開発段階ではお兄様の歌唱が入るはずだったらしいから。

 実際には前衛的なポリゴンムービーが入ってるだけだったが。


 「……。」

 

 攻略にかかった時間は、短く見ても60時間。

 動画の尺はわずか12分、そのうち6分がゆっくり同士の軽妙な掛け合い。


 ゲームのバグや仕様、エンディングのあっさりムービーをくそみそにけなしつつ、

 キャラクター同士が相互に辛辣に貶め合いながら

 テンポとユーモアを喪わずに魅せる編集技術は妙技の一言に尽きる。


 存在を、忘れたくなかった。

 身近に感じていたかった。


 存在を、知らしめたかった。

 でも、そうはできない理由は山のようにある。


 だから。


 機械音声に、

 目立たないクソゲーのプレイ動画に仮託して。

 膨大な時間と、自分の培った編集技術のすべてをつぎ込んで。


 それは。


 迂遠で、分かりづらく、

 とてつもなく不器用な、

 妹から、兄への。

 

 「『逆境になっても、一人になっても、挫けないで、

   チャンスを窺えるガッツがあるのさ』

  と、誰かさん人が言ってましたけどね。」

 

 「ぇ。」

 

 「どんな理由であれ、どんな目的であれ。

  その方は、そんな貴方を支えようとなさったのでしょう。

  援けるつもりだった元仲間から裏切られても、

  生きている限り、目的達成への希望を捨てていない貴方を。」

 

 留美さんにとって、エクスプロージョン告発の件は、脇道に過ぎなかった。

 意外なほど冷静に状況を観察できていたのはそのためで。


 本命が、

 にあると考えれば。


 「……。」


 「で。

  どうでした?」

 

 いつのまにか空になっていた琥珀の女王を指さす。

 

 「……苦くて、甘く、混ざり合う感じでした。」


 ふふ。

 そうだろうけど、ボキャブラリーが少ないな。

 ほんとに食界隈に関心がないんだなぁ。


 「……


  ……ほんと、はるちゃんにめちゃくちゃ恨まれちゃいますよ。

  、されちゃったら。」

 

 ……ん?

 

 「……なんでも、ないですよっ。

  おっっきなお仕事、お待ちしてますねっ。」

 

 ……はは。

 ほんと、おっとりした見た目を裏切ってバイタリティ溢れる子だよなぁ。

 それ、なら。


 「もしそうなった時には、

  ひとつ、頼まれて頂けますか。」


 「?」


*


 「……これ、正気の沙汰?」


 あら、いきなり辛辣だなぁ。

 

 「だって。

  きみ、わかってるでしょ。

  いくらなんでも、これは。」

 

 「適任者だと思いませんか?」

 

 「そりゃ、まぁ、思うけど、

  当人が撥ねつけるに決まってるじゃない。」

 

 「プロですからね。

  それはないと思います。」

 

 少なくとも、仕事に関しては。

  

 「……きみの狙いは、何なの?」

 

 「結果的に、課長の企図と一致するのでは?」

 

 「……。」

 

 あぁ。めっちゃ冷酷な目をしてるな。

 まだ主幹もいるっていうのに。

 

 「……留美、かな?」

 

 「ソースは秘匿しますが、

  課長と違って人間関係が狭いもので、あまり意味がないですね。」

  

 「……ふ、ふふふ。

  きみさ、本当にどういうつもりなの?

  帆南ちゃんのためだっていうなら」

 

 「百五十周年事業の円滑な遂行。

  それだけです。」

 

 「……あははは。大した愛社精神だね。

  わかったわかった。きみの無謀な賭けに乗ってあげますとも。

  ただね。」

 

 ?

 

 「今回の件、きみも相当苦しむと思うけど、

  それは覚悟してね?」

 

 ……不吉なことを仰る。


*


<こ、これ

 正気なんですか>


 あれ。

 しらたまさん、どうして。


<自宅謹慎中でしょ?>


<湯瀬さんがPMで送ってきたんですよっ>


 あはは。

 課長ってば、お茶目さんなんだから。


<こんなの、絶対に>


<か、どうかは分からない。

 でも、プロジェクトの遂行に絶対に役立つと、僕は確信してる>


<……静さん

 性格、きつすぎです>


 ……そう解釈されてもしょうがない、か。

 二人と添い遂げられる可能性がない、と判断してるからこそなんだから。


 おっと。


「小辻主任。」


 羽鳥社長室長御自らお出迎え頂くとはね。

 40代前半なのに、髪真っ白で眼鏡かけてるから、

 50代後半くらいに見えるっていう。

 フロックコートとか着てたらどうみても執事にしか見えないな。


「お客様はお帰りになられました。

 社長がお待ちです。どうぞおはいり下さい。」

 

「ありがとうございます。」


 さて。

 決戦の時、か。


*


「やぁ。

 お待たせしましたね。」


「いえ。」


「報告書、拝読しました。

 簡潔な要約版とのバランスが取れていますね。

 対応関係も明確で、読みやすいものでした。」


「ありがとうございます。」


 課長は全部読んでるだろうけれど、社長は無理だよなぁ。

 社長から見れば、100個くらい走ってる事案の一つに過ぎないんだから。


「一ノ瀬さんも同じことを仰っておられましたよ。

 忍耐強く、どんな逆境でも希望を喪わない子だと。」

 

 あぁ。

 じゃぁ、はるなさんのイタコは、そのものだったんだ。


「係争案件に関して、現実的な和解案を模索している部分、興味深く拝読しました。

 他の方の調査と大分違っていましたが、

 背景が隙なく記されていますので、説得力がありました。」


 つまり、他の調査は、いい加減な伝聞情報か、

 別のクライアントに従っている可能性がある。


「それと。

 榎本帆南さんの件、率直に申し上げて、少々、驚きました。

 あなた以外の方が記されたなら、俄かに信じがたいところでしたが。」


 ま、そうだろうな。

 社長が報告を受け取る相手は役員か部長であって、

 その下の報告など、聞く余地もない。


「この件は、目下、監査部にて内部調査中ですが、

 こちらとしても、覚悟を以て取り扱うことを御約束します。」


「ありがとうございます。」


 ……また、裏切られるかもだな。そうなったら、転職活動か。

 年齢的にはしんどそうだけど、あの煉獄を潜り抜けたし、

 ピカピカ正社員の実務経歴があるから、前よか楽にできると思う。


「その上で、ですが。」


「はい。」


「湯瀬君から予めお伺いしていましたが、

 本当に、あなたのご提案を元に遂行してよろしいのですね?」


「憚りながら、最適な人選と愚考致します。」


 言い、切る。

 連立方程式の解は、これしか、ないのだから。


「……

 いつの世でも、

 偶然とは、恐ろしいものを結び合わせますね。」


 ?


「はは。

 この件が無事に終わりましたら、

 改めて一席、ご案内致しますよ。」

 

 おおおっ!!

 またハイエンドただ飯かっ!?

 やばい、めっちゃ会社にしがみつきたくなってる。


*


「帆南ちゃんの自宅謹慎、解除されそうよ。」


 そっか。


「それは良かった。」


「ふふ。

 ま、従犯でもなんでもなくて、ただ騙されてただけだからね。

 でもね?」


 ん?


「私たちが上申したんじゃ、社長を崩せなかった。

 本当に君のお陰。」


「たまたまです。

 そもそも、情報源の大半は寺岡さんじゃないですか。」


 社内事情スキル25くらいなんだろうな、きっと。


「信頼度が違ったわ。

 うちの課長、おっさん連中と対立しすぎてるから、

 頭から上に信用されないのよね。」

 

 うわ。

 職場のど真ん中で上司批判してる。


「で。

 今日の取締役会で、百五十周年事業の先行分について、承認される運びよ。

 例のやつも含めて。」


 あぁ。

 遂に、動き出すわけか。


「百五十周年事業の実施にあたって、

 各部局間の適任者でプロジェクトチームが編成されるわ。

 要するに、広報部の独走やスポイル化を封じ込める戦術よね。

 誰かさんが考えた。」


 ……はは。

 分からないセクションの人選は課長と目の前の人に委ねられちゃったけど。


「広報部からは1名だけ。

 営業部からも1名、どちらも中立派。

 社長室から1名、秘書課から1名、人事部から1名と。

 そして、調査部から1名。

 

 ……小辻君、うまく逃げたわね?」

 

 逃げたっていうかね。

 

「利益相反になりますからね、今回の件では。」


 キャスティングに影響を与えたと思われちゃうと、

 どちらにとっても良くはない。


「そんなこと気にする人、誰もいないのにね。

 で、って、狂気の沙汰よ。」


「最適な人選でしょ?」


「能力的にはまったく否定しないけど、

 榊原晴香、本当に呑むの?

 純然たる恋敵よ。」


「僕のこと、課長から聞いてるんでしょ?」


「……はぁ。

 それよ、ね。」


 ?


 ……って、


「企画書、ですか?」


「そう。

 うちの会社側の原案作成は湯瀬さん。

 きみの案をほとんど反映したやつ。

 

 でもね、向こう側の人選とかは」


 えーと

 

 あぁ、一ノ瀬さんか。

 

 映像会社の外注先

 ……

 

 

 !!!!!

 

 

「……そう、なの。


 映像監督、

 広報とコネクションのある向こうのプロデューサーに

 押し込まれちゃったのよ。」

 

 まさ、か。

 この、なまえ、は。

  

「……


 羽村洋子。

 旧姓、源川。

  

 貴方と婚約していながら、

 貴方を裏切ってお金持ちと結婚した、貴方の元カノね。」



知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた

第6章


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