第40話


 「……ここ、はるちゃんとは?」

 

 黙って首を振る。

 いまのはるなさんを池袋に連れてくるなんて、リスクが高すぎる。

 

 「あはは、恨まれますよ。

  最初に行ったのが、私とだなんて。」

 

 ファッションやスタイルはほぼ同じだが、

 最初に作っていたキャラクターと、やや違っている。

 課長と話していた時の『素』に近い。

 

 「はるなさんが、

  こういうお店を好まれるかは分かりませんから。」

 

 ふぅん、という顔をしている。

 そもそも、いまのはるなさんと出かけられるわけはないんだが。

 

 「はるちゃん、出かけたがってますよ。

  テンマさんと一緒に。」


 いや、だから


 「羽田空港のお出迎え、ですか?」

 

 ……。

 誰、が。

 ひょっとして課長?

 

 って。

 え。

 

 こ、このスマホの動画って、

 あの時のやつじゃ

 

 『実は最有力?

  榊原晴香の彼氏候補⑧』

 

 う、わっ!?

 

 「ここ、面白くて、テンマさん、

  はるちゃんの事務所の人ってことになってるんですよ。」

 

 ……6万回。

 ピンボケしたスマホの動画としては、無視できない再生回数だ。

 ギリギリ顔バレはしてないものの、これは。


 「あとはデマに次ぐデマなんですけども。

  だけ合ってるんですよ、この切り抜き。」

 

 ……。

 

 「だから、テンマさんが警戒されるのは分かりますけど、

  はるちゃん、納得しないんじゃないですか。」

 

 ……。

 

 「はるちゃん、焦ってますよ。

  一緒にいられる時間に差がありますから。」

 

 差?

 

 「ほら。」


 え。

 

 「このお綺麗な人と、ですよ。」


 ど、どうして、帆南さんの写真が。

 

 「おまえが長く深淵を覗くならば、

  深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。」

 

 は?

 

 「なんて。

  誠さんに貰いました。」

 

 まこ、と?

 ……

 

 あ。

 

 「湯瀬課長、ですか。」

 

 たしか、そんな名前だったような。

 

 「あはは。

  なんか、おもしろ。

  あの誠さんが、そんなのに収まってるなんて、信じられない。」


 そんなの、か。

 まぁ、元アイドルだったわけだからな。

 それにしても。

 

 「課長と仲直りされたんですか。」

 

 「……もともと喧嘩なんてしてません。」


 あ。

 ちょっと、幼くなった。

 なるほど、ね。


 「貴方のお兄さんが、課長のお知り合いグループメンバーでしたね。」

 

 「……。」

 

 うん。

 ここは、一気に踏み込んでしまうか。

 

 ……いや、まだだ。

 そこまで近づけはいない。

 それに、まだ、課長のことも、よくわかっていない。

 

 それよりも。

 これが、正しいならば。


 「『リアレペ』」

 

 「……。」

 

 「レペ、というのは、repelの略かと思います。

  ラテン語由来の言葉で、追い払う、という程度の意味ですが、

  それをタイトルに組み込んだ古いゲームrepellentがありましたね。」

 

 「……。」

 

 「1990年代中葉くらいの、主流とは言い難いハード老舗電気メーカー製作の、

  ゲームバランスがかなり悪い、時流からは完全に外れている

  探索型アクションタイプの横スクロールアクションゲームです。」

  

 いまだとメトロイドヴァニアという懐ゲージャンルになってるようだが、

 その頃はプレステ1とJRPGの絶頂期だったはずで。

 

 「ほぼ同人レベルの粗製乱造タイプのクソゲーで、

  開発元の信用も少なく、知名度は非常に低い。」

 

 そして、御多分に漏れずに開発元は破産してる。

 よくある粗製乱造ソフトの一つ。

 

 「ただ、このゲームのプレイ動画で、

  再生回数が1万回を超えるものが、一つだけある。」

 

 「……。」

 

 「googleで検索しても、攻略情報がまるでない、

  つまり、このクソゲーの攻略を、自力でやってのけた記録動画です。

  しかも、編集技術がとても高い。

  

  ゲームの内容よりも、掛け合いの話芸だけでアクセスを集め、

  たった三本の動画しかないのに、チャンネル登録数は2500件。

  直近の書き込みでも、新規の動画投稿を希望する声が

  ぽつぽつと書き込まれてます。」

 

 「……。」

 

 「どうして、こんなことを?」

 

 「……ヒマ、だったんですよ。

  お仕事、次々バラされちゃって。

  こういうので稼げるかなぁって思いましたけど、全然でした。」


 ふふ。

 本音を言うつもりはないわけか。

 それなら。


 「貴方の容姿と話芸があるなら、

  顔出しされて最新鋭ハードの有名ソフトをプレイされたほうが、

  手間を掛けずに再生回数を稼げたのでは?」

 

 「……そんなの、知らなかったころですよ。」

 

 違う、な。

 この娘の世渡りは不器用そのものだが、

 自分のことも、周りのことも良く分かった上で、覚悟を決めて動いている。

 

 このプレイ動画には、明確な目的がある。

 でもあるだろうが。


 「貴方のお兄様に関わることではありませんか。」


 かかった。

 おっとりとした微笑を絶やさない表皮が剥げ、

 剥きだしの不安げな表情が立ち現れてきた。

 

 やはり


 「お待たせしました。

  Blanc et Noirになります。」

  

 「え。」

 

 ……うん。

 まさに、「いつものやつ」だわ。

 乳白色と濃褐色のコントラストも見慣れたなぁ。

 

 「……注文、一人で取ってるなんてひどくないですか。」


 ふつうならね。

 だって、これ。

 

 「……え?」

 

 「どうぞ。」

 

 最初から、留美さんのために注文しておいたものだから。

 

 「……選択権、ないんですか?」


 「貴方に委ねると、変哲のないものを頼みそうだったので。」


 食に拘りがないもんね。

 だから、あんな店を指定してきたわけだから。

 

 あぁ。

 だから、この娘に関心がないのかもしれないな。

 同じものを一緒に食べて、笑っている姿を思い浮かべられないから。

 

 「……。」

 

 琥珀の女王。

 生クリームの層の下には、砂糖を溶かした甘く濃厚な焙煎ドリップコーヒー。

 上から少しずつ含んでいくと、口の中で違った比重で味わいが変化していく。

 

 「……カフェラテみたいですね。

  でも……。」

 

 ふふ。

 で、来た来た。

 

 「こちら、レアチーズケーキとモンブランになります。」

 

 ふぅ。

 実にスタンダードハイカロリーな絵面だ。

 

 「……これも、私の。」

 

 「はい。

  ま、全部は多すぎると仰るなら。」

 

 あれ。

 なんか、挑発的な瞳になってる。

 

 「知ってました?

  別腹にはいくらでも入るんですよ。」

 

 ……はは。

 しまったな。どちらか貰うつもりでいたんだけど。

 

 「……。

  これ、やっぱりはるちゃんに恨まれますよ。」

  

 そうかなぁ。

 はるなさんは、よき料理店に連れて行きたいんだけど。

 って、いまは無理か。

 

 「……

  兄のこと、どこまで。」

 

 「ごく一般的なことだけですね。

  男性アイドルグループ、セット・ロアの初期メンバーの一人。

  人気が出始めた時に事務所を退所され、

  その後、で亡くなっておられますね。」

 

 「……。」

 

 残念ながら、wikiには留美さんのお兄様に関する情報はない。

 そもそも、セット・ロアに関する単独記事すら立っていない。

 各種ブログ記事や雑誌記事を突き合わせていったので、少し時間がかかった。

 

 「ご両親がお亡くなりになった後、

  貴方は母方の叔父様に引き取られましたから、

  少し調べないと、関係は出ません。


  セット・ロアは短い活動期間で解散して、

  そのメンバーで新グループ、D・MATに再編されたと聞いていますから、

  セット・ロアと貴方を結びつける情報は、

  表面的な情報を追っている人達の間では、あまり顧みられない。」

 

 「……お詳しいですね。」

 

 「半日ありましたので。

  それと、課長が情報を指し示してくれてましたから。

  

  で、さきほどのクソゲーの話です。」

 

 「……。」

 

 「あのゲームは、

  アイドルとのメディアミックスを意識して企画されたらしく、

  セット・ロアのメンバーの一人、

  つまり、貴方のお兄様を主人公に見立てたゲームだと。」


 「……どう、して。」

 

 「古いゲーム雑誌に、情報がありました。

  開発途中のインタビュー記事ですね。」

 

 そのために有給取ったっていうね。

 一覧性の高い状態で見られるところに行く必要があったから。

 狙いを定めていたとはいえ、見つけられない可能性も十分にあったから、

 その点、運はよかったと思う。

 

 で。

 めっちゃ見づらい画像なんだけど。

 


  「…!?」


 

 ビンゴ、か。

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