第35話


<なんてったってアイドルだから>


 え゛


<芸名だから、分からないと思うけど

 セット・ロアっていうアイドルグループがいてね

 その初期メンバーだったの>


 は、はぁ。


<で、辞めて、通信制の高校いって、大学いって、

 他の会社に入ってから、うちに転職してきたの

 そういう意味では、小辻君と少し似てるわね>


<だいぶん違う経歴ですけど>


<あはは、まぁいいわ

 あ、私が言ったって、湯瀬さんには内緒よ?>

 

<はい>


<じゃね

 またあした>


 ……

 湯瀬課長が、元アイドル、か。

 

 (そっちこそだめだよ?

  いたいけなをそんなに追い詰めちゃ。)


 ……かなりの部分、説明がつくな。

 妙に芸能界に詳しかったことも、一ノ瀬さんの名前を知っていたことも、

 エクスプロージョンの内情を熟知していたことも。

 

 ただ、年齢35歳を考えると、

 少なくとも、現役時代には、

 はるな17歳さんや留美18歳さんと遭遇はしてないはずだ。

 

 でも。

 

 (キャラ変えちゃって。

  余裕、なくなってるね。)

 

 明らかに、課長は、

 留美さんを知っていた。

 

 それと。

 

 (貴社の方々からもご協力を頂けることとなりましたので。)

 

 いつからかは分からないが、

 課長と一ノ瀬さんは、連絡を取り合う関係にあった。

 

 それは、なぜ?

 

 ……ひとつ考えられるのは、社長の個人的なお願い。

 はるなさんを、百五十周年のCMに起用するための。

 

 ……でも、このプロジェクト、

 そんな前から動いてたかな。

 

 (この形で、ここまではっきり聞いたのははじめてかな)

 

 うすうすわかってはいた、という程度のことで、

 忙しい課長が事前工作をするとは思えない。

 それに、それなら、課長は僕に、そう説明するだろう。

 

 じゃぁ。

 

 「……。」

 

 あ。

 

 「……すみません。

  仕事の件で、少し動きがありまして。」

 

 子どもをほっとくなんて、最低だ。

 どんな理由があったとしても。

 

 「いえ。

  ……ふふっ。」

  

 ん?

 

 「楽しかったです。

  静さんが、お仕事されてる姿を見られたので。」

 

 え。

 な、なんか、そう言われると恥ずかしいな。

 

 あ。

 あぁ……。

 

 「?」

 

 ……あは、は。

 この件、目の前に当事者がいるんだった。


 「はるなさん。」

 

 「はいっ。」

 

 説明、しちゃうか。

 百五十周年事業のことを。


 いや。

 それはまだ、早い。

 言い方を、替えてしまったほうが。

 

 「はるなさんは、もし、同世代の女子のタレントの方と

  テレビのCMに一緒にお出になられるとしたら、

  どなたとご一緒されたいですか?」

 

 この聞き方で、野々原留美の名が出ないならば、

 はるなさんにとって、その程度の関心だったということになる。


 「テレビCM、ですか。」

 

 「はい。」

 

 「……そう、ですね。」

 

 考えてる。

 ものすごく、考えてる。

 

 「……

  どんな商品かによりますし、どの層に、何を訴えたいかによりますし、

  どれだけの予算と製作日数で、どのプロダクションが担当されるか、

  誰がディレクションされるか、どの絵を、どのアングルで、

  どの切り取り方で撮るかによりますし、

  わたしは、お仕事であれば、役を作って頂けるなら、

  どなたとでもやれますが……」

 

 うーん、実にプロっぽい回答だ。

 そりゃそうか。当代第一流の若手女優なんだから。

 

 「……

  ふふ。」

 

 ?

 

 「いえ。

  こんなこと、わたしに聞いてこられた方、いませんでしたから。」

 

 え。

 そうなの?

 

 「だって、わたし、嫌われてますから。

  スタッフさんにも、同じお仕事をする方にも。」


 あぁ……。

 そう、考えちゃってるわけか。

 

 (いまの春菜の廻りはどこもかしこも敵だらけなんだよ。

  特に、同業者からはね。)

 

 嫉妬、されてるわけだからなぁ。

 強烈な個性で、嫉妬を跳ね返すってタイプでもない。

 

 感情がない、なんて嘘だろう。

 なにもないように装いながら、静かに傷ついて、

 心の中だけで涙を流していたかもしれない。

 

 「だから、ちょっと楽しかったです。

  こういうの考えるのって、新鮮ですね。」

 

 あぁ、もう、なんだよ。

 めっちゃくちゃ可愛いじゃないか、

 その茶目っ気しかない上目遣いがっ。

 

 ……っていうか、仕様がなにも決まってない中で、聞く意味、なかったな。

 質問があまりにも素人すぎる。

 

 それなら、いっそ。

 

 「一ノ瀬さんは、野々原さんを庇っておられるようですが、

  はるなさんは、なぜだと思いますか?」

 

 ど直球。

 これはもう、カンニングに近い。

 

 「え。

  ……

  

  考えたこと、なかったですね……。」


 まぁ、そりゃそうか。

 誰が誰をどうして庇護してるか、なんて考えるタイプじゃないよな。

 

 「だめですね、わたし。

  役がつかないと、ほんとに。」

 

 そういう話じゃぁないんだけど。

 あぁもう、ただのスーツを着た汚いオトナだよ、僕は。

 

 「……。」

 

 あ、

 めちゃくちゃ考えてるな。

 

 ……

 

 ん

 ん??

 なんか、仕草が、いつもと違って

 

 「『あたしはねぇ』」

 

 ぅわっ!?

 めっちゃ似てるな、これ。

 

 「『そうだねぇ、

   ははは。

   

   面白いから、かねぇ。』」

   

 お、面白い?

 

 「『あの子はさぁ、

   なんていうか、不器用なんだよね。

   

   身、躱しちゃったら

   それでいいようなことに意地はってさぁ、

   

   昔のあたしを見てるみたいでさぁ、

   ほっとけないんだよ。』」

 

 ……はは。

 ははは。

 

 なんだこれ、めっちゃいいエチュードを見せて貰ってるな。

 声だけちょっと若さが残ってるけど。

 

 「『そうだねぇ、

   あとはねぇ、なんだろうねぇ、物怖じをしない子さね。

   逆境になっても、一人になっても、挫けないで、

   チャンスを窺えるガッツがあるのさ。

   あたしみたいだろ? ははは』」

 

 あ。

 これ、ずっと、一ノ瀬さんなんだ。

 もうこれ、イタコ芸になってるな。

 

 「はるなさん。」

 

 「!?

  は、はいっ。」

 

 あ、止まった。

 

 「……

  え、と、

  その……

  そういうわけ、です。」

 

 「似てましたね、すごく。」

 

 「そうでしょう?

  ちょっと、自慢ですね、これは。

  たぶん、世界一だと思います、わたし。」

 

 わ。

 つやつやの髪をかき上げながら、ふふふん、って顔してる。

 

 なんだよ、もう。

 ほんと、ちっちゃな仕草の連鎖がめちゃくちゃ可愛いんだよなぁ。

 十人並みの顔でも美少女になれちゃうくらいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る