第32話


「小辻静さん。

 

 わたし、

 あなたのことが、好きです。」

 

 

 突然、すぎる。

 こんなオフィス街の、こんな路上で、

 人が見てる前で、いきなり。


「あ、答えはいいです。」


 は?


「言っちゃいたかっただけですもん。

 どうせだめだろうなって思ってますし。」

 

 な、なんだそりゃ。


「伝える資格なんて、ほんとは、ないですから。」


 資格、か。


「少なくとも、それは違うよ。」


 それだけは、絶対に違う。


「だ、だって」


「それよりね、榎本さん。」


「は、はい……。」


「店、決めようよ。」


 寒いし、人に見られてるから。

 なにより、おなかすいたし。


「!

 はいっ。」


*


「ヤバいですね、このアスパラ。」


 そうだねぇ。

 筋を全然感じず、すっと噛み切れて、柔らかくて、甘くて、旨い。

 羊肉も美味しいけど、もともと野菜系の店だけあって。


「このとうもろこしも、めっちゃ美味しいよ。」


 さすが北海道って感じで、

 とうもろこしが甘いのはデフォルトなんだけど、

 うわ、新鮮、粒が大きいっ。いやん、甘味広がるっ。


「……静さんって、

 ほんとに美味しそうに食べますよね。」


「だって美味しいもの。」


 すすきのの端っこまで来た価値はあったな。

 想定よりも、ずっといい。


「ふふ。

 そういうとこも好きになったんですよ、わたし。」


 わ。


「あはは。

 隠さなくていいって、ラクです。

 あ、答えはホントにいいですから。」


 あのねぇ。

 ビール流し込みながら言うと、失恋みたいに見えるでしょうが。


「だって、絶対、無理じゃないですか。

 わたしが、穢れてるから。」


「それはない。」


 それだけは、ない。


「ウソ、です。

 みんなと同じように、見てるんじゃ。」


 ここだけは、はっきりさせておこう。


「正直、よく、わからないところもあるんだけど。」


 この個室、大丈夫かな。

 まぁ、もう、いいか。


「騙されたんでしょ?

 広報部出身の営業部長に。」


 鰻屋で寺岡さんに知らされたことを、そのまま投げる。


「……違い、ますよ。」


「えの……」


 い、や。

 ここは。


さんは、出身、女子大だよね。」


「!

 は、はい……。」


「地方から出てきて、

 サークルとかも、大学の中で完結するものだったと。」


 女子大のサークルは、ジョイントサークルが少なくない。

 他の大学と自然と繋がる機会になるような。

 それを、選ばなかったということは。


「……。」


 これは、ただの推測なんだけど。


「中学とか、高校の時に、

 同級生とかから、容姿について、何か、言われたことある?」

 

「……


 ブサイク、だって。

 お前みたいな奴、一生誰とも付き合えないって。」


 あぁ。

 やっぱり。


 、されたんだ。


「……だから、

 が、呪いから解放してくれたんだ、と思いました。」


 ……。


「確かに、うまくいって。

 周りの視線も変わってきて。

 営業成績もあがってきて。」


 ……。


「言われること、当然だと思ってましたから。

 だからって。」


 ……それで、女子から浮いてしまったわけか。


「わかってたんですけど、

 でも。」

 

 それ、が。


(人として、恥ずべきものが)


「媚薬。」


「ぇ」


「正確には、特定箇所への血管拡張剤の一種かな。

 その人とお酒飲んでる時、酔いやすいな、って思ったりした?」


 ……物凄く考えてる。

 思い当たる節が、あるんだ。


「そういう薬理効果がある薬を飲ませてた。

 すごく立ち入ったことを聞くけど、

 帆南さんは、その人が、だったんだよね。」


 神妙に、頷いてる。

 その後、絶望したように、首を二度、振った。


「……だからといって。

 を、お仕事に使ってしまった事実は、

 変えられないじゃないですか。」


「うん。」


 それは、事実だから。

 それが、営業課以外の女子社員が、

 帆南さんへ冷ややかな目線を送る理由なのだろうから。


「……わたしには、資格なんて、ない。

 正規の方法でなく、商品の価値ではなく、顧客の欲望に媚びるやり方で、

 営業成績をあげてしまった卑怯で恥知らずなわたしには。」


「それをやらせたほうも、そう思わせたほうも卑怯で恥知らずなんだけどね。

 うすうす、分かってたわけでしょ?」


「……それ、は。」


「毎回、薬を飲ませた。

 最初は一種類だったようだけど、次第に。」


 ここが、一番悪辣な点なんだよな。

 複数の、薬理の異なる薬を、酒と一緒に飲ませてたようなのだ。

 当然、判断力は鈍りまくっているわけで。


「それで、正しいと思わされ続けた。

 おかしいな、おかしいな、と思いながら。」


 ……。


「しかも、薬の量は、強くなっていった。

 アルコールの度数も一緒にね。」


 判断力を鈍らされていたのならば、

 を精査できなかったのは、不注意などではなく。

 

「……。」


「帆南さん。

 貴方は、今回の件では、徹頭徹尾、被害者です。」


「でも。」


 で、寺岡さん経由で来てたのが、これで。


「販売実績のデータ、見た。

 まず、帆南さんが売り込んだ先のすべてが、

 そうだったわけじゃない。でしょ?」

 

「……。」


「で、売り込んだ先の人で、

 そういう関係があった人が露見して、左遷されてるケースがある。

 それでも、契約は特に問題なく更新されている。」


「え。」


 なんていうか、

 うちの商品の性能、舐めんなよって感じだけど。


「言ったでしょ。

 騙されてたんだって。」


「……そん、な……。」


 かえってショックだったかな。

 悪辣も極まれりという感じだけど、

 考えてみれば、救いのない話だな……。


「だから、資格がない、

 っていうところだけは、絶対に嘘。」

 

 これだけは、強調しておく。

 

「榎本帆南さん。

 

 貴方は、可憐で、美しくて、

 真面目で、努力家で、責任感があって、行動力があって、

 なにより、気高い人です。」


 札幌支社の資料、ぜんぶ真面目にやってくれたし

 こっちが追加することなんて、ほとんどなかった。


 女子大の文学部出身なのに、

 容姿要件でなく、試験の成績の良さで強い印象を残せた、というだけで、

 人としての力能は察するべきなんだ。


 ……それなら。

 呪いを、払ってやる。


「貴方に起因しないことを、

 貴方が抱え込む必要は、まったくありません。

 

 貴方は、幸せになっていい。」


 いや、


「なるべきなんだよ。

 絶対に。」

 

 すくなくとも、僕なんかよりも、ずっと。


「……

 

 ……静、さん……」


 ……あぁ。

 伝えるべきことは、すべて、終わったんだけど。


「……それ、なら、

 ほ、本当に、それ、なら、わたし、ど


 がらっ


「!?」


「すみませーん、ラストオーダーですけど、

 ご注文のほう、なにかありますでしょうかー?」


 ……はは。

 このテンション、急に恥ずかしくなってきた。


「か、帰りましょうか。」


「は、はいっ……。」


 ……涙、隠してくれて良かった。

 僕が悪者になるだけだったろうから。


*


 え。


「……おかえりなさいっ!」


 到着ロビーのフロアから、

 ここにいるはずのない少女が、駆け出してきて、

 

 どんっ!?


「おかえりなさい、静さんっ!」


 い、いや、

 あの、あのですね。


「ど、どうして羽田空港に?」


「撮影、終わったからですっ!

 帰り時間、聞いた時から、

 おどかせるなって、ずぅっとワクワクしてましたっ!」


 う、は。

 って。


 ……いや、その。


「後ろ、撮影班の方々では?」


「はい。」


 え。


「留美ちゃんが言ってましたから。

 もうみんなにバレちゃってるって。」

 

 は。


「だったら、隠す必要ないなって。

 わたし、アイドルじゃないですから。」

 

 う、うはぁ。

 なんだこれ、徹夜ハイなのか、

 プチ遠距離ハイなのか。


「その、わりと、見られてますよね。」


「そうですね。

 わたし、世界中に向かって叫び出したい気分です。」


 ど、どうしたんだ、ほんとに。

 変装が無駄になるくらいに、解けた笑顔が舞い上がって、

 溢れんばかりの輝きを振りまいてしまって。


「だって、分かりましたから。

 本当に、心のいちばん深くで、分かりましたから。

 

 わたしには、静さんが、必要なんだって。

 静さんしか、いないんだって。

 

 だから」



「っていう話、わたしもしたんですよ。

 昨日の夜。」


 

 え。

 

 ……あの、帆南、さん??


「榊原晴香さん。

 わたしは、貴方のファンです。

 『後ろで立つ少女』の端役の時から。」


 そうだったんだ。

 だから、あんなに興奮してたのね。


 っていうか、

 はっきり言っちゃったよね。

 空港内、いまの、聞こえちゃった人がいるはずで。


「ですが。」


 帆南さんは、息をのむように美しい微笑を浮かべながら、

 『傾国の美少女』の光り輝くヘーゼルナッツの瞳を、

 真正面から見据えた。



「静さんを、

 あなたに譲るつもりは、ありません。」



知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた

第5章


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