第31話


「……やっぱり、さっむいですね。」


 まぁねぇ。

 ふつうでも7度くらいは違うから。


「防寒しすぎかと思いましたけど、

 全然そんなことなかったですね。」

 

 なんせこっち、寒波が来てるから。

 着陸した時、雪降ったもんなぁ。

 いまは止んでくれてるし、夕方からは多少和らぐみたいだけど。


 まぁ。


「眠気が醒める分にはいいかも。」


「そうですね、

 昨日、遅かったですから。」


 仕事じゃない理由で、通話までして話し込んでしまった。

 お陰で、寺岡さんからの追加メールを見たのが

 出発前になっちゃったという。


「お土産候補はいいの見つかりましたね。」


 そうね。先にそっちが決まったよ。

 某大手乳製品メーカーの皇室献上品アイスクリーム。

 空輸して送るものをお土産というかは謎として。 


「先輩、警備とか管財まで配ってるんですね。

 そういうとこ、意外にマメですよね。」


 だって、1000円で済むもの。

 建物の維持をしてくれる人達はとても大事です。

 調査一課でこんな出張、そうそうあるわけがないんだし。


「ほんとに碁盤の目通りにできてますね。

 えーと、北2条通りの……

 交差点、もう一個いった先ですよ。」


 そうだねぇ……。

 今日こそ何事もないといいんだけどねぇ。


「あれ?

 せ、先輩。」


 ん?


「あ、あれ。

 あれっ。」


 あれって……。


 !?


「しゃ、社長っ!?」


 だ、だよね。

 うわ。黒い車から降りてきて、

 おつきの人がわらわら出て来てる。


 なんで、

 なんで北海道支社に来てるの??


「し、視察か何かでしょうか。」


 しまった。

 秘書課の人と、ちゃんと繋がっておくんだった。

 こんなこと、想定できるわけがないけど。


 あ。

 降りてきたところで、目が合っちゃった。

 

 うわぁ。

 社長室の人と、向こうの役員の動き止めて、こっちに目をやってるよぉ。

 だ、だめだよね、これは。

 

「……おはようございます、槌井社長。」


「お、おはようございますっっ!」


「あぁ、おはようございます。

 あなたたちも、いらしてたんですね。」


「はい。」


 あぁ、だめだ、

 榎本さんが完全に固まってる。


「ときに。

 先般の一席の件、いかがですかな。」

 

 ……やっぱり、聞かれますよね。

 そのために向こうでずらっと並んでる役員止めたんだもの。


「適宜進めております。

 正直申し上げますと、判断材料がもう少し欲しいところです。」


 うわ。しっかり両目で睨んできてる。

 怖いんだよな、こういう人は。

 言葉を使わずにメッセージを送ってこられてしまうから。


 でも、こないだのは、

 この話よか、になっちゃったんだよな。

 社長のご下問にお答えできる感じではないんだわ。


「ふふふ。

 わかりました。誠実なお仕事ぶりに感謝致します。

 期待していますよ。」

 

「はい。」


 期待されても困るんだけどな。

 業務じゃないって言ったよね?


 ……っていうか。

 なんだ、この光景。

 支社の連中、すっかり恐れおののいちゃってるけど。


*


「……向こう、ずっとオドオドしてましたね。」


 そういうんじゃないんだけどなぁ。

 ただのヒアリングなんだけど。


「この書類、不備がないでしょうか、

 みたいなこと言われたの、はじめてですよ。」

 

 ホントにね。

 なんていうか、監査と見られちゃってるな。

 向こうの人事部、コメツキバッタみたいになってたし。


「こういう時に限って、問題ないんですよね。」


 全然、ってわけでもないけど。

 こないだの福岡が派手すぎたんだよな。

 どうせなら福岡の時にいてくれればよかったのに。


「じゃ、どこ行きましょうか。

 昨日、決められませんでしたね。」


 そうねぇ。

 あのあと、候補がいろいろ出ちゃって、決め切れなかったからね。

 気づいたらめちゃくちゃ遅くなってた。翌日出張なのに。


「……ふふふ。」


 なに?


「いや、ほんとに良かったなって。

 ありがたいですよ、先輩がいてくれて。」

 

 ……そう?


「そうですよ。

 感謝してますよ、毎日。」

 

「それを言ったら、

 僕も感謝してますよ、榎本さんに。」


 この出張、一人で行ってたら面白さ半減だったと思う。

 絶対に僕が思いつかない場所に連れて行ってもらったりもしたし、

 僕一人なら立ち入れないトコにも入れたりしたし。


「……。」


 なに。

 どうしたの、綺麗なつやつや顔のまま黙っちゃって。


「……

 先輩は、ずるいです。」


 え。

 なにか、怒らせるようなことしたっけ。


「おやすみの日までちゃんとお仕事してるのに、

 わたしの資料、隅々までチェックしてくれてるのに、

 出張の前の日に、遅くまで電話してくれるなんて。」


 ……決め切れなかっただけなんだけど。


「……

 ずっと、思ってました。

 おかしいですよ。優しすぎますよ、先輩。

 わかってても、そんなこと、されたら。」 


 榎本さんは、コーチのショルダーバックを両手に持つと、

 くるりと、こちらを向いた。


 札幌のオフィス街を背に、ガウンコートを翻しながら、

 晩秋の長い黄昏を浴びた榎本さんは、神々しいまでに



、さん。」



 えっ。

 

「ずっと、

 ずっと、ずっと、

 我慢して、我慢し続けてたんですけど。

 もう、こらえられそうにないですから。」

 

 黄昏の陽が差し込んだ幻想的な瞳を潤ませながら、

 彼女は、髪を、ふわりと揺らすと、

 僕を、真っすぐに、見つめ直して、

 息を、ひとつ、小さく吸って



「小辻静さん。

 

 わたし、

 あなたのことが、好きです。」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る