第30話


「どう、して?」


 湯瀬課長が、ここに??


「あはは、ほんとに偶然なんだけどね。

 少なくとも、小辻君を追ってきたんじゃないよ。」

 

 ……うーん、なんてイケメンなスマイル。

 30代向けの男性美容雑誌から抜け出たようなスタイリングだよなぁ。

 この静止画だけで普通に表紙を飾れるわ。

 

「実のところ、僕ももう少し聞いてたかったんだけどね。

 本当のところ、どう思ってるか。」


「それなら、邪魔をしないで頂けますか。」


 ん?

 留美さん、課長に対して妙につっけんどんだな。


「おや?

 キャラ変えちゃって。余裕、なくなってるね。」


「……っ。」


の尾行、撒いたつもりかもしれないけど、

 きみのファンっていうのは、なかなかしつこい連中が多いみたいだね。

 ファンのフリをしてる連中、腑分けできてる?」


 黙ってるけど、唇を小さくぐぅっと噛んでるな。

 こっちが本性ってこと?


「ま、今日のところは御開きかな。

 仕事、欲しいんでしょ。」


「……。」


「だめだよ?

 一時の感情で『要らない』なんて言ったら。

 即、現実になるからね。」


「……。」


「ま、そういうわけだから、

 今日は解散。いいね?」


「今日は、ですよね。」


「それはきみ次第じゃないかな。」


 なんだろう、この二人の関係。

 というか、課長、ほんっとに分からないな。


*


<小辻君

 いま、ちょっといいかな>


 ん?

 「ちさと」さんから、か。


<どうしました?>


 ぴぽぴぽぴぽぽんっ

 ぴぽぴぽぴぽ


「はい」


『あ、繋がったね。

 いま、例の豪華な部屋?』


「です。」


 荷物、社宅のやつを手配してくれたけど、スッカスカなんだよね。

 いかんせん、広すぎて。


『そっかそっか。

 会社から自転車で20分弱でしょ? 羨ましいなぁ。』


「セキュリティ上の理由なので。

 それに、一時的なものですよ。」

 

 一ノ瀬さんが回復すれば、すべては元に戻るはず。

 あと三週間程度、何事もなく支えられば、それで。


『かな?

 まぁいいんだけど、帆南ちゃんの件ね。』


 あぁ。


『帆南ちゃん、そこにいないわね。』


「はい。」


 押しが強めの榎本さんも、ここに入ると言ったことは一度もない。

 はるなさんの部屋とひと続きだからか。

 

 っていうか、


「ここのこと、榎本さんに教えたのって、寺岡さんですか?」


『あら、それをいま聞くの?

 私にも、情報源があるの。

 これで答えになってる?』


 認めてるようなものだな。


「はい。

 ありがとうございます。」


『ふふ。

 で、こないだ鰻屋で話した件なんだけど、

 進展があったわ。』

 

 ほほぅ。


『基礎研でね、かなり徹底的に内部調査したらしいの。

 取締役会で貴方に恥をかかされたからね。』


 まぁ、あれは酷かったからな。

 っていうか、取締役会にまであがったのか、あれ。


『それで、だいたい予想通りなんだけど、

 基礎研で帆南ちゃんに偽情報を掴ませた奴は、

 帆南ちゃんを騙した連中と、繋がってた。』


 あぁ。


『それと、いま、監査部が動いてる。

 例の広報部の件で、不当な利益供与とか、

 利益相反、背任にあたるものがないかを真剣に調べてる。

 警察に捜査される前に、ね。』


 なる、ほど。


「強制捜査を避けさせるため、ですか?」


『あはは。

 それもあると思うわ。』

 

 じゃ、違うわけか。


『そのときに、出てきたのよ。

 人として、恥ずべきものが。』

 

 ……ん?


*


<帰れません>


<(号泣のスタンプ)>


<あの事務所、爆破していいですか>


 とてつもないことを言い始めたな。

 縁起でもない。


<今度は何を?>


<台詞がほとんど入ってないんです

 演技ができないだけならなんとかなりますし

 多少台詞が飛ぶくらいなら、やりようもあるんですが

 なにも入ってないとなると、どうしようもなくて>


 ……正気なのか、その事務所。

 いくら大手でも、仕事を舐めすぎた奴を現場に送ってきて、

 タダで済むとでも思ってるのだろうか。


<演出家の先生が激怒して

 降りる、とか言い出しちゃって

 みんなでそれを宥めないといけなくて>


 ……なんだ、その、

 中学の部活みたいな世界は。


<こんな現場、わたしももう、辞めたいんですけれど

 美智恵さんもいないので

 どうして、いいのか>

 

 あ。

 あぁ……

 

 判断が、できないんだ。

 百戦錬磨の一ノ瀬さんなら、

 この状態であれば、何らかの決断を下して、越権上等で現場を主導しただろう。

 そもそも、一ノ瀬さんがいれば、こんな混乱した状況に陥らなかった筈だ。


 で、あれば。


<はるなさんは、どうなさりたいですか?>


<わたし、ですか>


<はい>


 考えてる。

 考えてるな。

 

<帰りたいです

 帰って、の暖かいてのひらに髪をなでられながら、

 胸の中で眠りたい>

 

 っ!


<でも

 ここで帰ってしまうのは、なにか、違う気がします

 あの子の仕事も、なくなっちゃいますし>

 

 ……。


<台詞、入ってないなら

 入ってないなりにできることあるかなって

 考えてみますね>


 ……

 あぁ。

 ……そう、か。


<ありがとうございます

 のおかげです>


 可愛いんだ、はるなさんは。

 性根が。心の底が。


 だめだ。

 こんな娘が、同じ部屋に住んでいたら。

 そんなの、どうしたって。


 ……

 来なくなった、か。

 たぶん、現場に戻ったんだろうな。


 

(静さん)


 

 インパクト、あるなぁ……。

 なんでまた、急に。


 ん?

 しらたま帆南さん、か。

 

ジンギスカン札幌出張だと、こんなトコありますけど>


 ……はは。

 なんか、ほっとしちゃったよ。


<考えましょうか、一緒に>


<はいっ>

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