第5章

第29話


<留美ちゃんって、

 ひとのものを、盗ろうとする癖があるんですよ>



 っ!?!?


 の、覗き込んできてるっ。


「……。

 残念、見えませんでした。」


 あ、あのねぇ……。

 近いなんてもんじゃないんだけど。


「あはは、問題ありませんよ。

 私、この格好で分かられたこと、ないですから。」

 

 ホントかよっ。


「記者会見の時の私と、けっこう違いますし。

 あ、見ますか?」


 ……って。

 なんか、デジャブを感じるな……。


 ……なる、ほど。

 これはまぁ、たしかに。


「大人の人が信用するかな、っていう格好を、

 頑張って、やってみました。」


 コーディネートは職場の榎本さんに近い感じだな。

 おっとりした感じに見えるけど、しっかりグレーのストライプのスーツ着てる。


 若すぎて着られてる感がなくもないが、

 いまのオフィスカジュアル寄りの恰好とは、だいぶ違う。


「お仕事するときは、基礎化粧のみの部屋着ですしね。」


 は?


「あはは、面白いお顔、されてますね。」


 ……だから、ポーカーフェイス、苦手なんだって。


「ファンの方から、すぐ反応が返ってきますよ。

 metubeなどでは、スパチャでおひねりを直接頂けますし。

 八割、事務所にいっちゃいますけど。」

 

 ???


「あぁ。お堅いお仕事の人だと、知らないかもですね。

 わかりやすく言うと、ネットラジオ、です。」


 ラジオ、か。なるほどね。

 基本、metubeはクソゲーのゆっくり実況くらいしか見てないからなぁ。


「私のことは、いいのです。

 いまのRINE、はるちゃん、ですよね。」


 っ。


「はるちゃん、すっごく可愛いじゃないですか。」


 それはまぁ、否定しない。

 というか、できない。


「前から、不思議でした。

 『傾国の美少女』にあんなに言い寄られて、

 堕ちないのって、どうして、ですか?」


 ゆっくり、言い含められるように告げられると、

 なんとも言えない圧力を感じてしまう。


「……言い寄られてたことはありませんが。」


 そうなりかけていたことは、あった。

 それは、認めなければならない。


「もしかして、

 が、だめ、とか?」


 ……あはは。

 おっとり、ゆっくりと、

 とんでもないことを言われてるな。

 

「それはないですね。

 残念ながら。」

 

 そうであれば、いろいろ諦めもつくものを。


「ですよ、ね。

 でも、私のことを、

 そういう眼で、ご覧になっては、おられませんよね。」

 

 ……

 そういえば、確かに。


「残念です。

 一晩を、共にできれば、

 おおきな仕事になるのかと思いましたのに。」

 

 え。


「あはは、嘘ですよ、うそ。」


「……告発、なさったのでは?」


「はい。

 しましたよ。」


 それなら、

 いま、貴方が言っていることは?


「私は、本当に、次の仕事に繋がるのなら

 生き抜くための、ひとつの武器と考えています。

 

 ……でも、あの人達がやってたことは、違いました。」


 え。


「サイドビジネスです。

 本業とは、無関係の。」


 ……あぁ。

 つまり、福岡支社のあの連中とか、

 榎本さんを騙したような輩共がやってたやつ、か。


「……なのですけども、ね。

 会見したら、記者の方が勝手に解釈変えてしまって。

 仕事を無くしたり、訴えられたり、

 同業者に恨まれたり、勝手に祭り上げられてこき下ろされたりで。」

 

 ……なるほど、なぁ……。


 どちらも、考えられるか。

 記者の能力不足か、意図的に書き替えられたか。


 まぁ、ここで言ってることが本当かどうかは分からない。


「……まずい、ですね。

 話しやすすぎませんか、テンマさん。」


 勝手に話しておいて、よく言うなぁ。

 まぁ、勝手に話が逸れてるのはありがたい。

 そのついでに。


お勤めの業界芸能界に、ご友人はおられますか?」


「おりません。」


 は。


「おかげさまで、顔見知りの方や、お仕事仲間はいますし、

 必要に応じて繋がれる、ビジ友の方々は幾人かは。

 でも、私の友達とは申せません。」


 あぁ……。

 そこ、分けて考えてるわけか。

 そうすると……。


「あはは、

 はるちゃんのことですね?

 

 はるちゃんは、ビジ友の……

 ……どうだろう、はるちゃんは。」

 

 ん?


「……どう、お伝えすれば、よろしいのでしょうか。

 はるちゃん、本当に、違うんですよ、毎日。」

 

 毎日?


「はい。

 はるちゃんは、その日の役、

 『そのもの』になるのです。」


「役者さんでは、よくある話ではないのですか?」


「はい。そういった役者さんも、おられますよ。

 でも、時間をかけて、もとの自分に戻っていきます。


 はるちゃんは、戻らないんですよ。

 ずっと、そのままです。」


 ……。


「たとえば、陽キャの明るい子の役をやると、

 はるちゃんは、すごく明るく、気さくに話しかけてくれますが、

 その役の子として、なんです。」


 ……。

 

「で、物凄い陰キャの子を演じたりすると、

 次の役が入るまでは、ずっと、そのまま。」


 ……。


「徹底している、っていうのとは少し違います。

 なりきるんじゃなくて、完全に、そう、なってしまうのです。

 監督さんとかの話を聞いてる時も、

 『その役の娘』として聞いてるのですね。」


 なる、ほど……。

 

 だとすると、周りの子達が、

 コミュニケーションを取りづらかったのは分かる。

 会話が繋がっていたと思ったのに、次の現場ではバスっと切られるわけだから。

 

 あ。


「じゃあ、喋れない役とかをやると?」


「はい。

 ずっと、喋りません。」


 それで、か。

 それで、最初に台湾料理屋で逢った時、ずっと黙ってたんだ。

 あれは、『役』の姿だったんだ。


「でも、

 少し前から、変わってきて。」


 ん?


「はるちゃん、スマホ、あまり使わなかったのですが、

 最近、少し、触るようになって。

 その時、どの役でもない、誰も見たこともない、

 ものすごい可愛い、キラッキラした顔をしてるのです。」


 ……。


「だから、撮影現場とかでは、

 はるちゃん、誰かに恋してるなって、

 みんな、知ってました。

 

 知らないの、はるちゃんだけかもしれないです。

 あと、よく見てない大人とか。」


 ……よく見てない大人、ね。

 アイドルをやらせようとしたスーツの奴等とかか。


「それなのに、どうして、堕ちないんですか?

 できないわけでは、ないのに。」


「……一般論として、成人男性が、

 未成年の女性と交際関係を持つのは望ましくないでしょう。」


「そういうのではなく。」

 

 ……。


「はるちゃんの想いは、

 ファザコンとか、そういうのではなく、

 打算とかでもなく、ピュアな恋愛感情です。

 見てたら分かりますよ、誰でも。」


 ……。


「私に対してみたいに、

 関心がない、というわけでは、ないのですよね。」


 ……それは、ある。

 ありすぎるくらいに。


 でも。

 それは、絶対に。


「……さきほどの一般論がすべてだと思います。

 まして、発注元になろうとするなら、なおさらです。」


「それなら、はるちゃんが、

 成人して、芸能人を辞めれば?」


「仮定の質問になりますね。」


「あはは。

 だめですよ、そんなの。

 事務所の記者会見と、同じではないですか。」

 

 それは見てないけど、

 そう答えるしかないんじゃないか。



「そっちこそだめだよ?

 いたいけな一般人をそんなに追い詰めちゃ。」



 ……は?


「どう、して?」


 湯瀬課長が、ここに??

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