第28話
(僕はいろいろ目をつぶってあげる)
とは、言われているけれども、
事案が事案だけに、取扱いがなかなか難しいな。
榎本さんは、寺岡さんと一緒に会社を出たはずだ。
主幹の話を投げたいから、寺岡さんのRINEも聞いておきたいな。
あぁ。
便利だな、RINE。
メールと違って即時性があって、いろんな人と同時に連絡を取りやすい。
なるほど、セキュリティに問題があっても手放せないわけだ。
……いろんな人、か。
大丈夫だ。
社会人だろ、今は。
でも、
社会人って言ったら、前職だって、形の上では
ぶーっ
あ。
<留美ちゃんとお会いするんですね>
誰から聞いたのか。
案外、本人か。
<そうですね、お仕事で>
あ。
そう、か。
なら。
<はるなさんから見て、
留美さんの嫌なところはどこですか?>
ちょっと、厭らしい聞き方だけど。
<嫌なとこ、ですか?>
<ええ
あるいは、直してほしいところ>
<……考えたこと、ないです>
そんな気はしてました。
だから。
<こないだのアイドルの方みたいに、
お仕事を途中で抜け出すみたいなことは?>
<許せません
現場から消え去ってほしいです>
はは。
こういうことだと、強い感情が出るんだな。
責任感が強いってことだろう。
<留美さんは、そういうところは?>
<……
ない、です
お仕事はちゃんとやりますし
準備もしっかりやってきますし
頑張り屋さんだと思います>
ふぅむ
<あ>
?
<ありました、嫌なところ
ひとつ>
……
また、止まったな。
たぶん、呼ばれちゃったんだろう。
基本的に、現場で偉いのは、
監督なりディレクターであり演出家であって、
俳優はその指示に従って動かざるを得ない。
もちろん、シーンが始まってしまえば、立場は逆転するわけだが、
その直前まで、俳優のスケジュールなり、生殺与奪を握っているのは、他人だ。
と、榎さんから教わったばかりなんだけど。
……。
この氷、水道水だな。
外だけ飾っているけど、中身はないなぁ。
内容のないコーヒーをシロップで埋め尽くしてるってだけか。
まぁ、ソファー側はわるくない。ウレタンもしっかりしてるし。
外観も洒落てはいるし、人待ちにはいい空間なのだろう。
ただ、自腹で来たいとは思わないなぁ。
やっぱり、自分で選びたいな、こういうとこは。
あぁ。
たぶん、あの娘だ。
ほぼ、はるなさんに送られた写真の通り、か。
変装する気はないのかな、話題の人だろうに。
あ。
こっちに、向かってくる。
「榎さんの紹介の方ですね。」
「はい。
おはようございます。」
この娘が、野々原留美か。
抜け感のあるゆるふわカールのミディアムヘアを肩まで垂らし、
ふわふわのシェルピンクのニットにベージュのスカート。
ジャケットを腕で持っているのまでファッションなのかは分からない。
20代前半のコーディネートで穏やかに微笑むが、wiki上では18歳らしい。
同世代の中では可憐ではあるのだろう。
ただ、社内トップレベルの榎本さんと、
当代屈指の美少女と目されるはるなさんで慣れてしまっている。
生き馬の眼を平然と抜く業界の中で、
一見、そこまでは目立たないタイプの娘が、大手事務所を告発した。
そんなリスク商材を、海千山千の一ノ瀬さんがデメリットをおしてまで引き取り、
はるかさんのバーターで押し込もうとしている。
確かに。
社長でなくても、興味は惹かれる。
最初の微笑を崩さずに黙っている。
はるなさんと違って、溢れる黒い感情を持ちながら、
それを巧妙に隠してきたタイプだ。
おそらく、こんなこと考えてるんだろうな。
そう。
「品定めは終わりました?」
「ぇ。」
は。
ま、また、口に出しちゃったってこと?
「失礼、こちらの話です。
榎さんからお伺いしていると思いますが。」
「はい。
テンマさん、ですよね?」
え。
あ、あぁ。
……この隠語、元の意味が分からなくなってるんじゃないだろうか。
まぁ、そのほうがいろいろ便利ではあるが。
「はるちゃんから、お伺いしておりますから。
ほんの少しだけですが。」
はるちゃん、か。
こっちは、かのやさん、ではないわけだ。
あるいは、これは知らされていないのか。
「はるちゃんが熱愛宣言した時、
いろいろな名前が出てきて、凄く不思議な気がしました。
そんなわけないのに、って。」
ん?
「と、いいますと。」
「はるちゃんのまわり、ロクなの、いませんから。
クズ野郎ですよ、みんな。」
な。
フェミニンなコーデ、虫も殺さないような表情、ゆっくりした口調から、
こんな過激な言葉が出るとは。
あ。
誰かに似てると思ったら、これ、寺岡さんだ。
一見おっとりした人は、案外、みんなこんな感じなのかもしれない。
うーん。
クズ野郎、ねぇ。
「時間を守らない方のお話はお伺いしていますね。」
「それですよ。
あのクズ野郎、撮影前に、ファン喰いしてました。
あとでバレて大目玉だったそうですけど、
固定スポンサー太いから、降ろせないんですよね。」
言うことがいちいち過激だし、隠すつもりがまるでない。
一般社会に極限まで姿を溶け込ませるはるなさんとえらい違いだ。
年齢的なものもあるのかと思ったが、はるなさんも17歳だった。
ただまぁ、言わんとすることはわかる。
はるなさんに迷惑をかけるなんてとんでもない。
「彼女の立場から、言えることは少ないですからね。
いろいろ溜まるものもあるでしょう。」
はるなさんは責任感が強い人だ。
主演となれば、座長のような役割も期待されてしまうだろう。
「ですね。
だから私は、率直にお伝えてしまう側なのですけれど。
おかげで、お仕事を無くしておりますね、いろいろ」
あぁ。
このおっとりさと率直さのギャップ。
確かにティーンエージャーへの訴求力はあるわけか。
「……あはは、
お会いしたばかりなのですけれど、
はるちゃんの気持ち、分かる気がします。」
ん?
「なんでもないです。
私、もっと、テンマさんのこと、知りたいです。」
営業トークかな?
広報勤めでもない僕に向かってやっても無駄だと
!
「こちら、よろしいでしょうか。
向こう、座り心地悪くて。」
あぁ。
確かに、ウレタンが入っていない木の椅子だ。
それを正直に言ってくるあたり、やはり気が強いのか。
「それは気づかず失礼しました。」
「あはは。ごめんなさい。
テンマさんの、お近くに、座りたかったのです。」
え。
「テンマさん、すごく自然に、話、逸らされますよね。
こんなに話しやすいのに、不思議です。
だから、なのかな?」
ん、んっ
「はるちゃんが、堕とせないの。」
!
ぶーっ
「し、失礼。」
あ。
はるなさん、か。
<留美ちゃんって、
ひとのものを、盗ろうとする癖があるんですよ>
っ!?!?
知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた
第4章
了
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