第26話
<暴れまわりたいです>
うわ。
なんか、荒ぶってるな。
<アイドルグループの俳優さん待ちになっちゃいました
目の前に順撮りに拘る方がおられますので、帰れません>
<なんでそんなことに>
<(激怒のスタンプ)>
あら。
<!
す、すみません、つい>
<かまいませんが>
<いえ……
ほんとに、ありがとうございます
わたしが顔に出すわけにはいかないので>
主演だっけ?
表情豊かに怒れはしないんだろうなぁ。
<お仕事、大丈夫でしょうか>
<明日の分の手配は終わっていますから、
今日はもう、ゆっくりしています>
ゆっくり茶番劇を見てます。
ショートコント劇場に近いと思う。
作者によってキャラクターの捉え方がかなり違う。
<……よかった。
それなら、ずっと
……
切れた。
メッセージ入力がないから、途中送信してしまったんだろうか。
撮影、再開したのかもだな。
……大変だなぁ。時間拘束が不定期すぎる。
純粋な休みなんて月に一度くらいしかないらしいけど。
ぴろん
<このお寿司屋さんどうでしょう>
うわ。
しらたまさん、もう開拓はじめてる。
<橋向こうで、駅寄りのほうなんですけれど、
外観ちょっといい感じじゃないですか?>
悪くなさそうだけど、普段使いにはちょっとお高い感じするな。
資金源、お給料以外にあるのかもだなぁ。
*
「や、おはよう。
刺激的な週末を過ごせたかい?」
なんて言いぐさですか。
「なにもありませんよ。
かのやさん達は、結局
「かのやさん?」
あぁ、この隠語分からないか。
課長のために作ったような言葉なのに。
「え、そんなの決まってるじゃないですか。
さかき……っ!?
ご、ごめんなさいっ!」
なんでこれ学習しないのかな、この娘。
「……あぁ、そういうこと。
そういえば、帆南ちゃん、引っ越したんだってね。」
うわ。
課長、情報の入りが早すぎる。
榎本さん、めっちゃ驚いた顔してるな。
「はは。
人事の住所変更届の通知を見ただけだよ。
それだけ。」
それだけ、って。
……恐ろしいな、課長の女子連絡網。
社内に秘密をまったく作れないわ。
「ま、帆南ちゃんにも強力な味方がいるってことだね。
頼もしいってことにしとくとしてね、
きみらが調べてた件、動きそうだよ。」
ほぅ。
「昨日、きみが送ってくれた資料が決定打になった。」
あぁ、あれ……。
福岡支社が大量に出しちゃった資料を見てた時、
外部の企業調査情報使いながら精査したんだけど、
取引先の順番に齟齬があったから、念のため出しといたんだよね。
「え。
先輩、日曜に働いてたんですか。」
これは働いてるとは言わないの。残務整理とフォローアップ。
業務命令の範囲外で自己裁量でやっただけだから。
「あはは。小辻君の働き方改革は後だね。
まぁ、ひとことで言うと、
本社が把握していないダミー会社が出てきた。」
やっぱり、な。
資料、一杯出すからこうなるんだよなぁ。
「小辻君、一応聞くけどさ、
監査部に花、持たせていいね?」
「もちろんです。」
そのほうが、他のセクションを巻き込みやすい。
社内の貸し借りは課長に任せてしまえる。ほんとに有難い。
「さて、こうなると、
情勢が変わってくるんだよね。」
ん?
「その件でね、槌井社長が至急できみをお呼びなの。
定例取締役会終わったらお声がかかるから、そのつもりでね。」
はぁ?
あの社長室、威圧感あって、ちょっとニガテなんだよなぁ。
「あれ、小辻君にしては勘が悪いね。
僕、お声がかかる、って言ったんだけど。」
ん??
*
「湯瀬君から、
お二人が大層な食道楽だと聞きましてね。」
桁が全然違うっての。
ここ、昼から三万取られる、泣く子も黙る超ハイエンド店じゃないか。
自腹って言われたら死ぬな、ほんとに。
わぁ……。
調度品に隙がない。どこもかしこも磨き抜かれてるわ。
……
ん?
あぁ、
榎本さん、綺麗に固まってるな。根は非常に真面目なものだから。
まぁ、無理もない。
平社員が社長と食事を共にするなんてありえないからな。
ま、いいか。
だって、緑茶がめっちゃ旨いんだもの。舌に載せると香りが深い。
なんでお茶ってこう、値段によって違うんだろうね。
ここまでのやつとなると、百貨店の京都物産展で、
一〇堂の玉露を試飲した時以来だな。
あぁ、御品書きみたら、
これ、やっぱり玉露じゃないか。
さすが僕の舌。ふっふっふ。
うっわぁ……芳醇な香り……
旨みと甘味がまろやかでありながら凜として……
……めっちゃほっこりするわ……。
「はは。
お気に召したようでなによりです。」
「はい。
大変満足しております。」
「せ、先輩ぃっ。」
だって、一生来られないよこんなトコ。
夜だと、お酒飲んだらふつうに6桁いく感じする。
うーん、
めっちゃ楽しみだな、ハイエンド天ぷら。
油からして違うんだろうなぁ。
「ときに。
先般、一ノ瀬さんとお会いしましてね。」
え。
「入院先ですか。」
「ははは。
いつお会いしたかはお伝えできませんがね。」
うわ。
表情筋だけ上に向いてるけど、目、笑ってないわ。
はいはい、突っ込みませんとも。
「貴方には、大変な迷惑をかけていると謝られましたよ。」
迷惑、ねぇ……。
そういうものを掛けられた覚えないんだけど。
うーん、
このお通し、さすがに旨いな。
いわゆる海のフォアグラを上品に仕上げてる。
舌触り濃厚でありながら、味蕾の先に芳醇な香りが残るなぁ。
「ははは。
本当においしそうに召し上がられますね。」
「美味しいですからね。」
「ほんとですねっ。」
あ。
一瞬元気になったかと思ったけど、
社長に見られて、固まってしまった。
「ふふふ。
なるほど、湯瀬君が気を揉むわけですね。」
どういうこと?
あ。
このお造り、めっちゃ丁寧だなぁ。さすが。
寒鰤もよく締まってて、隙がない。
こういうところの中とろってだいたいおざなりなんだけど、身が綺麗だなぁ。
お、この醤油、ほどよく甘目だ。関西っていうより、九州か四国かな?
「先輩……。」
だって、めちゃくちゃ美味しいじゃないか。
この思い出だけでご飯3杯食べるつもりなんだけど。
「ときに。
来年、我が社は創業百五十年を迎えます。
お二人とも、ご存知でいらっしゃると思いますが。」
『はい。』
それは流石に。
月一の朝礼とかで繰り返されるし、来年度の事業計画編成でも、
記念事業に絡めたほうがおいしいぞって課長が言ってたし。
「ははは、頼もしい限りですね。
それに絡めまして、私としても、
我が社の社会的浸透度を高めるイベントを、と思いましてね。」
槌井社長は、歴戦を潜り抜けた端正な微笑を見せながら、
発表会のように通る声で、一音一音、区切るように告げた。
「今回は特に、若年層への訴求力を鑑みまして、
あなたとご昵懇である榊原晴香さんに
是非ともCMへのご出演をお願いできないかと思い、
一ノ瀬さんの元に足を運んだんですよ。」
お、わ。
社長自ら、広報や代理店を介さず直接オファーしたってことか。
いきなりトップ折衝かよ。オーナー企業じゃあるまいし。
にしても。
「は、は、晴香ちゃんをですかっ??」
いろいろ、意外すぎる。
榊原晴香は、映画と舞台を主戦場にしている。
テレビなんて映画の番宣しか出ない。
テレビCMなんて、やってないはず。
そもそも、一ノ瀬さんは、
テレビ業界を牛耳ってる古巣と棲み分けをしてるはずで、
出る理由は二重にないはずだ。
「さすがに二つ返事、とは参りませんでしたが、
ある条件を付けられました。」
条件。
それは。
「野々原留美さんを共演させられるのであれば、
榊原晴香さんの出演は、確約すると。」
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