第25話


「手短にご説明申し上げますと。」


 タワー型マンションのまわりにマンションしかない

 ただただマンション砂漠が続く区画のただなかに、

 やっと店らしきものがある地下鉄駅前の、ファミリーレストラン。

 

 僕の右隣に、スポーツバックの中身だけで

 あどけない小悪魔高校生風に仕上げた、はるなさん。

 その左横には、土曜なのに、なぜかきっちりネイビースーツを着ている榎本さん。


 ……なんで六人掛けの席なんてあるかなぁ……。

 二人が細いから座れるだけなのかもしれないけど。

 

 ま、もうなにも言うまい。

 

「まず、私共の入居ビルの建物損壊爆破事件ですが、

 各種発表警察説明によると、いまのところ詳細は不明です。

 管理事務所ヌーベルキャルトへの説明も、先の発表と同水準と聞いています。」


 流石、一ノ瀬さんの右腕。

 要点をしっかり捉えていると同時に、直接的な表現を極力避けている。

 うかつに「警察」やら「爆破」やらという言葉を使ったら特定されかねない。

 誰が聞いてるかわかりゃしないのだから。


「次に、チーフですが、手術は概ね成功し、破片も概ね取り除けたそうです。

 救急の方の話では、あの位置で爆傷を受けなかったのは奇蹟だとのことです。

 ただし、主治医からは、全治一か月、少なくとも十日間は絶対安静だと。」

 

 ひとまずはよかった。

 一ノ瀬さんが大人しくしてるとは思えないけれども。

 

「ですが……


 ……いえ、失礼しました。

 それで、いまのお住まいの件ですが、

 ……そうですね、テンマ様と、かのや春菜の部屋は分かれております。」

 

 テンマ様と、かのやって。

 昔話みたいになってるな。

 

 ……ん?

 

別の入り口となっておりますので、

 そのように観念いただければ。」

 

 本当にそうなのは分からないが、

 少なくとも書類上はそうなってる、ということか。

 それだって相当なものなわけだが。


「家具一式ですが、こちらで手配致しました。

 ライフラインも含めて、明日中には、生活に不備がない程度になろうかと。」

 

 早いな。

 っていうか、具体的な手順もさることながら、

 あのだだっぴろい部屋に家具入れてくとなると


「問題ありません。

 支度金として経費処理致します。」

 

 できるの?


「私どもの別会社の名義と致しましたので。

 借上社宅の一種となります。」


 ……規模感が全然違うな。

 あぁ。


「御家賃はいかほどに。」


 怖いけど、聞いとかないと。


「そのあたり、ご心配頂かずとも。」

 

 え。

 じゃ、課長が言ってたのって。


 い、

 いや。


「そういうわけには。」


「いえ。

 これは、チーフの強い意向ですので。

 負担はすべて、こちらに持たせて頂けないでしょうか。」

 

 それは、いくらなんでも。

 

「お……テンマ様には、誠にご迷惑様でございますが、

 どうか、そのあたりは。」


 真顔で遮られちゃった。


 ……。

 

 いや。

 いやいや。

 

 そもそも、ですね、


「チーフの代わりの方、たとえば、

 貴方のような女性社員などで

 

 …っ

 右から、強く引かれちゃった。

 

 ……あぁ。

 この顔は、その。

 

「……お答えになりましたでしょうか。」


(後生だから、あの娘を、ひとりにしないで)


 ……分かってたはず、なのに。


「くれぐれも業務に支障のない範囲でお願いしたいと、

 チーフのほうからは申し付かっております。」


(貴方の仕事は遮らない。

 家にいる間だけでいいから、離れないでやってくれ。)


 支障、かぁ……。

 うーん、あるといえばあるんだけど。

 というか、


「一般論ですが、秘密保持として、

 この状況は、好ましいとは思えないのですが。」


 いかな希代のカメレオン女優といえど、

 記者やファンに物理的に追われ続けてしまえば、

 住所の特定など容易いだろう。そういう例は枚挙に暇がない。


を用意したつもりです。

 できる限り、万全の配慮を致します。

 貴社の方々からもご協力を頂けることとなりましたので。」

 

 は?

 ……あぁ、湯瀬課長か。


(いやぁ、実質2時間強でしょ?

 相当な突貫対応だったよ。)


(どうしたの?

 僕の顔に、なにかついてる?)


 ……本当に、底が知れない人だ。

 この状況、課長が操ってるんじゃないかとすら思ってしまう。


 見上げてくるはるなさんの、

 寄る辺ない子どものような表情に、思わず、胸を衝かれてしまう。

 育ての親を喪いかけたばかりだと言うのに、僕は。

 

 この娘に、

 泣くことすらできない虚無を、

 抱かせたくは、ない。


 ……よし。

 、覚悟を、決めよう。


「大変申し訳ございませんが、

 私どもは本庁舎撮影現場に向かわなければなりませんので。

 後のことは改めてご連絡申し上げます。」


「わかりました。

 あ、少々お待ち頂けますか。」


「?

 なんでしょうか」

 

 レシートに書く、っていうのは芸はないが、

 こないだみたいなことは避けたいからな。

 

「……

 はい、確かに承りました。」


 あ、ちょっと、顔綻んだ。

 榎さんの笑顔を見るのははじめてかも。


*


「……行っちゃいましたね。」


庁舎現場にね。

 というより榎本さん、なんでココ、分かったの?」


「え。

 わたしに最初に聞く話、それですか?」


 そりゃそうでしょ。

 課長が2時間で突貫で手配した場所なんだから。

 課長が榎本さんに喋るとは思えないし。


「ソースは秘匿が原則ですよっ。


 じゃ、先輩、

 の新しいご近所、早速開拓していきましょうか。」

 

 ……?



「わたし、

 この区画に越しましたから。」


 

 はぁぁぁ?!


「先輩たちのいるところはとても無理ですけど、

 都営住宅の跡地とかに出来たワンルームとかなら、

 家賃手当押し込めば、わたしのお給料でもギリ住めるとこありましたから。」

 

 えええぇ??

 だって、決まったの、昨日の


「毎日お迎えできますし、モーニングからご一緒できますよ。

 一緒に通勤もできますねっ。都営で2駅で着きますから。

 あ、自転車なんかもいいかもですねっ。」

 

 あぁ……。

 そんな乱暴に転居先を決めるなんて無茶きわまりない。

 敷2礼2契1払ったらボーナス全部飛ぶじゃん。

 

 でも、


(帆南ちゃんのことなんだけど)


 ……いまは、そのほうが、いいのかもしれない。

 少なくとも、榎本さんがに戻るまでは。

 

 うん。

 忘れよう、いろいろ。


「勤務地が近いのは、いいことではあるよね。」


「そこ、ですか?」


 凄く大事だと思うけど。

 深夜残業でもタクシー自腹で帰れる距離だし。

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