第24話


(ごめんなさい。

 もう、好きじゃ、ないから。)


 ……


(付き合う前のほうが、好きだったな。)


 ……


(なに言ってるの?

 お金もない癖に。)


 ……っ!?!?


 って。

 

 あぁ……、

 なんでこんなこと、思い出しちゃったんだか。

 あれから、もう、5年も経つのに。

 

 ……。

 

 ん?

 

 なんだ、この真っ白なだだっ広い空間は……。

 海外ホラーとかで精神を壊すための部屋みたいな……

 

 あぁ。

 これ、夢の続きとかじゃなくて。

 

 ……床、かったい。

 当たり前だ。こんなん中学の部活の合宿よか酷いな。

 30超えてこれは、身体にくる……。

 

 スーツケースも軽装の極みにしてたからなぁ。

 ホテルのアメニティに依存するつもりだったから、

 パジャマどころか、髭剃りも歯ブラシすらもありゃしない。

 せめてタオルくらいは持ち込むべきだったか……。

 

 ノートPCあっても、WiFiの設定が分からないしな。

 ま、課長も2時間で手配したっていうから、疎漏しかないんだろう。

 緊急事態で屋根のある広い場所を確保できただけよしと割り切るべきだ。

 

 反省点は後日に送るとして。

 とりあえず、起きるか。

 

 ……うん。

 なにがなんだか、ほんとにまったくわからない。

 土曜日だったのがせめてもの救い


「……え。」


 あぁ。


「おはようございます。」


 だれかにこの挨拶を送るのは、何年振りだろうか。

 母さんを見送った時? いや、もっと前


「お、おはようございますっ!」


 つるりとした瑞々しい肌が、真っ赤に染まる。

 彼女が被っている誰でもなく、

 ただ、「はるなさん」が、そこにいる。


 困っている。

 掛けていたタオルで鼻まで隠し、

 ヘーゼルナッツの瞳だけをチラチラとこちらに向けている。

 

 あぁ。

 まずい、子ども相手なのに、そそられそうになってる。

 こんな時なのに。劣情を抑えないといけないのに。


 ……あ。

 腹が、減った。


 やっぱり福岡空港でなんか食べるんだった。

 半日以上なにも食べてないなんて、あの地獄以来じゃないか。

 

 今日、土曜日だからなぁ。

 池袋に出てもいろいろ混んでるっていうか、

 そもそもここ、茗荷谷じゃないし。

 

 ……っていうか。

 

 ここ、どこ?

 

 ぶーっ


 可憐な顔を赤らめていたはるなさんが、

 なにかを隠すように小さなスマホを見ている。

 

 そして、真剣な表情に代わり、スマホを高速でタップし続けると、

 紙飛行機を飛ばし終えたらしく、ふっと一息ついた。

 

 そして、スマホを持ったまま、こっちを見て、

 ゆっくりと固まると、また、顔を真っ赤にして、

 ひったくるようにタオルを身に寄せて、頭から被り直した。

 

 ……って、なんで?

 

 「あ、あのっ。」

 

 立ち上がろうとした僕を制して、

 はるなさんは、消え入りそうな声になった。

 

 「え、と、

  トイレにいきたいんですけどっ。」

 

 あぁ。

 それで、恥ずかしがってたわけか。

 デリカシーのないことで申し訳ない。


*


 あぁ……。

 なんて無駄に広いんだ。

 うちの部屋の4倍? 5倍? 10倍はさすがにないと思うけど。


 ほんと、生活感、皆無だな。

 当たり前だけど。なんで部屋って狭くなるんだろう。


 さて、と。

 非常手段、だ。

 普段切っている位置情報システムを立ち上げる。


 前職だったら死んでも使わなかったろうけど、

 なにしろ、ここ送って来たの、課長だしね。

 課長の不可思議さは後で考えるとして……、

 

 ……

 

 なんだ、こりゃ。

 

 「東京都中央区」

 

 いや、これ、墨田川に埋まってるんだけど

 ……

 

 まぁ、GPSの精度の問題だな。

 5回くらいリロードして、中間値を取るなら……

 

 あぁ。

 あー、あーー、なるほど。

 築地大橋の向こうね。

 

 やばいな。まったく土地勘がない。

 ひょっとしなくても、一から開拓しなおさないといけないようだ。

 

 ここからだと、大江戸線で出勤するの?

 嫌だなぁ……。ってか、駅、そこそこ離れてるじゃん。

 降りて住居表示見ないと正確には分からないけど。


 っていうか、このへんって、まぁまぁ家賃、お高いんじゃなくて?

 銀座まで自転車で20分以内で着く位置じゃん。

 

 いや。

 これ、ほんとにどう考えればいいんだろうな。

 まぁこんなの非常時だけだろうから、茗荷谷はあのままお金払っておくとして。

 

 うん。

 なんだろう、この、マーキングを全て消されたような寄る辺なさたるや。

 上京直後を思い出すわ。


 ぶーっ

 

 ん?

 はるなさん以外で、RINE、送られてきたのって……


 <おはようございますっ>

 

 ?

 ……このID、

 

 <しらたま?>

 

 サムネイルでわかった。

 こないだのメガ盛りホイップクリームパンケーキじゃないか。

 

 <はいっ。

  しらたまです>


 なんか、ぐっ、みたいな顔文字がついてきた。

 はるなさんは使わないから、不思議な感覚。

 

 ぴーんぽーん

 

 ん?

 

 <先輩、

  そのモニターホン、出て下さい>

 

 え?

 っていうか、なんで。

 

 <いいからっ>

 

 ……はるなさんはトイレから出てこないし。

 

 ぴーんぽーん

 

 あぁ、もう

 

 モニターホンなんてはじめてつかうけ

 ……って!?!?

 

 <やっほーっ>

 

 カラーモニターの、その先には。

 

 『おはようございます、先輩っ!』

 

 榎本、さん……

 なんで、ここに、いるの??

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