第21話


 ……うっは。

 例のフォーの店、めっちゃ並んでるじゃん。ビルの外まで行列できてる。

 だいぶん経ったから、もう落ち着いてるものとばかり思ったけど。

 

 (きみが一緒にご飯を食べてる娘の影響力の巨大さ)


 なんだよ、なぁ……。

 打ちのめされるとまでは言わないが。

 店主、別の意味で精神をやられそう。耐性弱そうだし。

 

 ま、これは想定はしてた。

 別の店に行くとして、だ。

 

 このへんだと、神戸ビーフのトンテキか、

 さもなくば、本格出汁茶漬けか、

 それとも昼からパエリアを出してくれるスパニッシュ……

 

 うーん、

 あー、じゃぁ、ここだわ。


*


 「いらしゃいませー。」

 

 ふふふ。女子と一緒には来られないシリーズ、発動してみましたとさ。

 内装むき出しの店で出てくるニンニクなし餃子と黄金ゴマ担々麺。

 無化調でちょっと高めで、味は女性にも受け入れられそうなんだけど、

 昭和ルックのくすんだラーメン屋居抜きの外観がやばいのか、客の八割はオトコ。

 

 ……こういうトコで慣れてたはずなんだけど、

 どうにもちょっと、贅沢になってるな。

 一時的なものに過ぎないと言うのに。

 

 (帆南ちゃんさ、

  ちょっとお昼、付き合ってくれる?)

 

 ……なんだよ、なぁ。

 課長みたいな顔面してれば、あんな感じで躊躇いなくスマートに誘えるよ。

 きっと夜も上手なんだろうなぁ。確かに不公平だわ。

 

 でも課長、仕事ちゃんと見ててくれるし、サポートしてくれるしなぁ。

 なんでもできるっていうか、ソツがないっていうか。

 そりゃ企画本部に呼ばれも

 

 ……

 ん?

 

 

 どう、して。

 

 って、近くて、身を隠せるから、か。

 なんていうか、当たり前だわ。

 カウンター側、ちょっと小太りの40代くらいの人が一緒、か……

 

 えーと、0230の方向に向けて、

 指向性集音マイク、オン、と。

 

 「ご注文のほうお決まりでしょうかー。」

 

 うわ。

 そりゃそうだ。

 

 「黄金担々麺と餃子セット。

  大蒜抜きで。」

 

 「かしこまりましたー。」

 

 声がでかいよ、声が。こっち向かれたらバレるじゃん。

 まぁ、バレたって別にいいんだけど、なんとなく。

 

 さて、と。

 

 『……大丈夫だろ。

  うちよか酷いことやってた奴らも一杯いるし。』

  

 『そうっすけど、

  アイツら、すげぇ詳しかったんすよ。

  聞きに来たって言うより、見せつけに来たっていうか。』

 

 『心配すんな。向こうも結局、なんもできはしないさ。

  知ってるだろ? あいつ等も同じ穴の貉さ。

  聖人君子みたいな顔を見せてる奴らだって、

  一枚向けば俺らとかわりゃしねぇよ。』

 

 『だといいんすけどね……。

  新しい上司の女、俺に目をつけてるみたいで。』

 

 『あぁ、あの出戻り女か。可愛くないな。

  結婚したんだったら、仕事辞めりゃよかったのに。』

 

 『なんすけど、あの女、

  女の中で評判が良くて、敵にしちまうと、いろいろ。』

 

 『ま、気にすんな。

  上を抑えてりゃ、あの女達もなんもできねぇよ。

  帆南の末路、見てるだろ?』

 

 『帆南のこと、全部俺のせいになってますけど

  あれは』

 

 「お待たせしましたー、

  餃子中皿、大蒜抜きでーす。」

 

 こっちが先に来るのか、早いな。


*


 『帆南のこと、全部俺のせいになってますけど

  あれは』 


 「……。」


 また、課長が物凄く昏い瞳をしはじめた。

 顎にしなやかに手を当てて、闇に堕ちた目を閉じてじっくり考えている。


 壁に音が吸収されたような無音が暫く続いた後、

 僕の視線に気づいたのか、課長は、誤魔化すように微笑した。


 「……ふふ。

  きみも凄いの、引き当ててくるねぇ。

  まさかと思うけど、跡を付けてたの?」

 

 「そんなわけないじゃないですか。

  たまたま行く店が一緒だっただけですよ。」

 

 「気づかれなかった?」

 

 「おそらく。あちらが先に出ましたし、

  向こうの視界からは隠れてましたから。」

 

 心ゆくまで黄金担々麺を食べられましたとも。

 ゴマの質がよくて、山椒とスープがしっかりあって、

 めっちゃ辛そうなのに、むしろまろやかな舌触り。

 チンゲン菜もシャキっとしててアクセントばっちり。うん。

 

 「それにしても凄いね、このマイク。

  そこそこ離れてるはずなのに、この会話だけ拾うなんて。」

 

 「秋葉原で買いましたから。」

 

 「そういう問題かな?」

 

 前職でね、いろいろ学ばざるを得なかったんだよ。

 身を護るために。

 

 「ま、どういう入手経路であっても、これは役立つよ。

  使わせて貰うとしようか。」

 

 「はい。」

 

 「ふふふ。

  きみはほんとに可笑しな人だよね。

  抜け目ないんだかとんでもなく抜けてるんだか。」

 

 なんですか、それ。

 

 「あぁ、忘れないうちに。

  きみに書いて貰った業界時報ね、

  印税が5万出るから。源泉抜いて4万5000円。」


 え。

 

 「下原稿、向こうに送ったけど、結構評判良かったよ。

  お褒めの言葉に預かりましたよ、僕が。」

 

 それなら良かったけど、A4で5枚で、5万って??

 1000字で1万円ってことは、1字10円じゃん。

 ウェブライターの5倍くらいじゃないか。

 

 「業界団体っていうのはヘンなお金持ってるから。

  みかじめ料系のやつとかね。」

 

 会社の業務なのに、没収されないんですか?

 

 「きみの名前で書いてるでしょ。

  むしろ、会社の公式見解になるものを出せないんだから、

  きみの懐に入れて貰ったほうがいいの。

  

  ま、きみは最近、食道楽でお金使いまくってるから、

  ちょうどいいんじゃないの?」 

 

 ……ちょっと、多すぎますけどね。

 いろいろ狂わされる。

 

 「そう。

  じゃ、服でも買ったら?」

 

 フク?

 

 「きみ、僕が着任した頃から、

  スーツ、2着くらいしかないじゃない。」


 くらい、じゃなくて、その通りなんですけど。

 どっちもスリーシーズン使いまわし。

 あ。

 

 「Yシャツなら4つ持ってますが。」

 

 「真っ白の無地を4つでしょ?

  リクルートルックに拘りでもあるの?」

 

 だって食事以外にお金使いたくないんですもん。

 営業とかなら必需品なんだろうけど。

 

 「前から思ってたけど、きみ、食事以外、ちょっと使わなさすぎだよ。

  ボーナス、ちゃんと出てるでしょ。」

 

 「貯金してますから。」

 

 いつ理不尽にクビになってもいいように。

 

 「はぁ……。

  まぁ、きみのお金だからどうしようと自由だけどね。

  でも、墓場まで持ってけるわけじゃないし、

  歳をとってからじゃ、使いどころもなくなるんだよ?」

 

 そうかもしれませんけど。

 お金が尽きることの地獄を知らないんだな、きっと。

 

 「まぁそれはいいけど、

  福岡の件、慎重にやってね。」

 

 ん?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る