第20話
「な、なんでもないです。」
下、向いちゃってる。
心なしか、耳まで赤くなってる。
えーと、
こういう時って……
「お忙しそうですね。」
社会人の会話本かよ。
無理だよ、17歳の女子と話す仕様なんて入ってないんだから。
「あ、はい。
おかげさまで、忙しいですね、すごく。
美智恵さんが、お仕事、いっぱい断ってくれてるんですけど。」
美智恵さん……
あぁ、一ノ瀬さんか。
「どうしても、っていうのもあって。
美智恵さんの恩人とか、旦那さんの関係とか、
留美ちゃんが凄くお世話になった人とかで。」
るみちゃん?
「あ。
はい、この娘です。」
ん?
宣材写真かな……
……あぁ、この娘。
「一緒に写真を撮って送られた方ですね。」
野々原留美、だっけ。
一見するとおっとりしてそうな感じなんだけど、
この娘こそ大手事務所を告発した張本人らしいんだよな。
榎本さんに説明して貰った時は正直びっくりしたけど。
「はい。」
「はるなさんのお友達ですか。」
「……
あの。」
「なんでしょう?」
「友達って、なんですか?」
は?
「い、いや、ほんとに、子どもの頃から、わからなくて。
お仕事のお話なら、できるんですけれど、
それ以外のこと、よくわからなくて。」
ふぅむ。
「ほかの娘達は、スタッフさんとよくお話してるんですけど、
美智恵さんに『あんたはそんなことしなくていい』って言われて。」
「似てますね。」
声のトーンとか、抑揚の流れとか、圧の掛け方がソックリ。
「えへへ、そうでしょう?」
うわっ。
たったこれだけの事なのに、輝かんばかりの笑みに文字通り光が溢れた。
向こうの売り場の客に見えなくて良かった。衝立万歳。
「子役の頃だと、同世代の娘とかが、
話しかけてきてくれることもあったんですけど、
分からないうちに嫌われちゃったりして。」
……嫉妬かもな。
子どもだから、露骨に。
「……わたしは、小さい役で良かったんですけれど。
小さい役のほうが、いろいろ小回りも効くんです。
少ない台詞を、こうしようかな、ああしようかな、
この役の人はきっとこういう性格なんだろうな、
そうなっちゃったのはたぶんこういう理由があるんだろうなって
作っていくのが楽しかったんです。」
なるほどね。
それは分からないでもない。
「大きな役だと、考えることもすごく多くなっちゃいますから。
共演者の方とか、いろいろおられますし、その方々も生かさないとですし、
監督とかも、面白がって無茶なこと振ってきますし。」
……そんな話、テレビで話してたな。
「ほんと、無茶ばっかりなんですよ。
命綱ナシで断崖絶壁から飛び降りろとか。」
……は??
「ほんとなんですよ、ほんとに。
で、それをずっと見てるんです。
わたしが、怖がったり、本当に飛び降りようか悩んだりしてる姿を、
ずっとですよ、ずっと。」
あ。
(みてるんでしょうっ)
(みてて笑ってるんですか。ひどすぎます)
あれは、つまり。
……ひどい、な。
「あと、役作りだから一週間ご飯を抜けとか平気で言ってくるんです。
で、その通りにしてくると、『喩話だ、バカ』とか言うんですよ。
ひどすぎませんか。」
「ひどすぎますね、それは。」
僕なら絶対拒否するけど。
っていうか、一週間抜けって言われてそうしちゃうって。
「そうでしょう?
そうなんですよ。ひどいんですよ、ほんとに。
でも、『アイドルやれ』、よりはまだいいですけれど。」
あ。
「あれは劇中のお話だからみんな見てくれたので、
実際のアイドルなんて色々大変ですよね。
お芝居やりながらアイドルなんて絶対無理ですよ。
大人ってなに考えてるんでしょうね、ほんとに。」
……あはは。
わりとしっかり、感情持ってるじゃないか。
「でも、ちょっとだけ、助かりました。
あれのおかげで、わたし
「お待たせしました。
こちら、『歌始』と『暮紅葉』、
こちらが『闇はあやなし』になります。」
おお。
これは豪華な。
さすが老舗の上生菓子、隙のない造詣だ。
うわ。
ちゃんと緑茶が別に出るんだ。
で、これは、あぁ、昆布を短冊にしたやつか。
味替え用ってわけね、うん。
「……きれい、ですね。」
『歌始』は桜色の和服をイメージした鮮やかな煉切を、
金色の帯をきんとんが〆る、春物風情。
一方、『暮紅葉』は、読んで字の如く紅葉をイメージしたもので、
手前から色味が三段に代わる仕掛け。
「和菓子は目で楽しむものですから。
フランス料理に輸出されましたが。」
「?」
ここでヌーベルキュイジーヌの話をしてもな。
「さて、頂きましょうか。」
「はいっ。」
*
<すっごく美味しかったですね、和菓子>
<そうですね。
流石老舗といったところですね>
まぁなんつっても上品ですよ、やっぱり。
素材が吟味され尽くしてるから、舌の中で雑味がまったくない。
いくらでも口に含んでられる。小豆も黒砂糖もウマウマで。
<忙しいところお連れ頂いてありがとうございました>
<そ、そんなっ!
こっちこそ、お忙しいのにありがとうございますっ!
大事なこと、言えなかったんですけど>
ん?
<(ただいま地球を留守にしています、のスタンプ)>
……思い上がりじゃなければ、これは、もう。
いや。
そんなわけあるか。また過ちを繰り返すつもりか。
そんなんじゃない。
懐いてくれてるとしても、そういうんじゃないんじゃないか。
そう考えると辻褄はずっと
「先輩?」
「あ、うん。」
「……
ひょっとして、かのやさんですか?」
かのやさん?
あぁ……なあるほど。
「そう。
太宰府天満宮の餅菓子。」
「調べましたよ、それ。
わたし、貰ってないんですけど。」
通販で取り寄せで買って下さい。
っていうほどではないんだよな、ああいうのって。
あ。
「アンテナショップで買えばいいんじゃないの。」
東京だもんな、ココ。
「先輩らしく夢がないこと言ってますね。
残念ですけど、ありませんよ。
交通会館でチェックしましたもん。」
おわ。
「それにしても、もんの凄い偶然ですよね。
いまを時めく」
「だめだって。
なんのための『かのやさん』なの。」
「だってぇ。」
だってじゃないっての。会社内だし、誰が聞いてるか分からないじゃないか。
課長が言ってたの、こういうことかよ。
っていうか。
「……言ってないよね、誰にも。」
「そりゃぁそうですよ。
誰が信じるんですか、こんなの。
夢物語にも程がありますよ。」
まぁそうだな。
客観的に言われると、現下の異様さが際立つ。
昨日、しっかり会ってるんだけど。
「じゃ、今日はどこいきます?
久しぶりに地元開拓しましょうよっ。」
そうねぇ。
それなら、駅のほうの裏路に
「って仲睦まじいところ、悪いんだけど。」
おわぁっ。
気配、全然感じなかったんだけど。
課長、なにか武道でもやってる? それともほんとに
「帆南ちゃんさ、
ちょっとお昼、付き合ってくれる?」
「は、はいっ!」
……あぁ、さすが生まれながらのナンパ師。
ものすごく自然に下の名前で呼んでる。
それとも、これが都会的スタイルなのか……?
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