第18話


 「凄まじい反響、ってトコかな。」

 

 過去の映画、舞台での共演者、

 舞台監督、映画監督、プロデューサー、ディレクター、

 はては番宣で出演したテレビ番組で袖すり合った程度のタレントまで。

 憶測が憶測を呼ぶとはこのことか。

 

 「まぁ、彼女にも事情があったんだろうね。

  ほら。」

 

 ん?

 また、まとめサイト?

 んーと……

 

 「アイドルユニット?」

 

 「うん。

  彼女が脇役で出演した映画の劇中劇で、

  高校生同士のアイドルユニットを結成する下りがあってね、

  彼女が注目を浴びてきたから、それを現実にしようとした連中がいたわけ。」

 

 いわゆる『黒いスーツのハイエナ共』、か。

 まだいるわけか、そういう連中。

 

 「だから、彼女のほうから機先を制した。

  熱愛発言をすれば、アイドルとしては使い物にならないからね。

  一ノ瀬女史は、おそらくそこまで読んで黙認したんだろう。」

 

 なる、ほど。

 それであの満足げなキラキラ笑顔だったわけか。

 

 「これは僕の推測だけどね、

  一ノ瀬女史は、テレビ業界への進出を手控えている。

  匿った子が進出してる先も舞台やネット方面だし、

  古巣エクスプロージョンと、なんらかの棲み分けをしてるんじゃないかと思ってる。」

 

 ありえそうな話だ。

 っていうか、課長、この手のことに妙に詳しいよな。

 アイドルオタクっていうより、芸能界全般に。


 「で。

  全国民羨望の『傾国の美少女』に想われている気持ちはどう?」

 

 ……。

 

 「さすがに、分からないわけではないですが、

  言ってみれば、麻疹のようなものではないかと。」


 「おや?

  舞い上がらないのはきみらしいけど、

  意外に残酷なことを言うね。」

 

 「よくあるじゃないですか。

  女子高で異性の教育実習生が好かれるみたいな。

  一時の気の迷い。実際に結ばれたらすぐ飽きる。そんな感じじゃないですか。」

 

 「はは。残念ながら、全然違う。

  その状態なら、異性が他に誰もいないからになるけど、

  彼女の廻りは、国内有数の魅力的な異性に溢れてる環境なわけでね。」

 

 「……。」

 

 「彼女にとって、

  どうしても、きみじゃなきゃいけない理由があるんだろうね。

  40億人の男性を全て殺しても、きみじゃなきゃいけない、何かが。」


 「とんでもなく物騒な喩えですね。」


 「色恋沙汰なんて本質的に物騒なものだよ。

  他の人に絶対に奪わせない、排他的独占権を生涯確保したい、

  っていう本能的な欲望だからね。」

  

 「生まれてからこの方、いろんな女性からその種の欲望を

  毎日浴び続けてこられた課長が言うと、妙に説得力がありますね。」

 

 「きみねぇ……、ほんとにもう。

  ま、それがきみらしいってことなんだろうけどね。

  さて、業務中だからこの話はいったん置いて。」

 

 やっぱり業務と関係ないのかよ。

 

 「大阪のほうは、予想を裏切って健全だったね。」

 

 そう。

 イメージと真逆と言うか。お笑い芸人達の罪が重いと言うか。


 「むしろ、人材が優秀すぎますね。

  本社採用されている人達と殆ど変わらない。」

 

 大阪を離れたくないってことだったんだろうけれど、

 どう考えても不利すぎる。

 

 「で、この提案か。」

 

 「はい。」

 

 「一定の条件下で、勤務形態の変更申請を認める、か。」

 

 要するに地域社員待遇から正社員待遇へ替えるってことね。

 対象者としては20人に1人程度を想定する案件。

 

 「これも人事案件だね。

  いまの案件でハードな状態だから、向こう人事部への持って行き方が難しいな。」

 

 「まったくもって。

  まぁ、課長が調一を離れる時の置き土産にして頂けると。」


 あら、また顔つきが変わって。

 

 「ふふふ。

  社内事情レベル1ってところ?」

  

 これで1なのか。

 闇の深そうなスキルだこと。


*


 「あら、スパイスカレーね。

  軽く済ませた感じかな?」

 

 それがそうでもなくてですね。

 

 「なにかしら、こ……

  あぁ……、って、え、3つも?」

  

 「はい。

  請求できるのは、最初のやつだけだと思いますが。」

  

 「さすがにね。

  それにしても、ふたりとも、元気ねぇ。」

  

 元気なのは榎本さんのほうで。

 こっちは短い時間で市内をあちこち振り回された感じなんだけど。

 淀屋橋から堀江まで結構なペースでしっかり歩かされた。

 

 「スパイスカレーはお店ごとにだいぶん個性が変わるからね。

  小麦粉使ってないからヘルシーだし、

  東京に出しても流行ると思うんだけど。」

 

 確かに。

 神保町の数十年代わり映えしないカレーよりも見た目に派手だし。

 あれはあれでトラッドなものではあるのだが。


 「君、あんなに食べてるのに太らないよね。

  うらやましい身体してるわねぇ。」

  

 と、いうわけでもなく。

 外食以外では夕食をごく軽く済ませているだけのこと。

 コスト調整も兼ねている。

 

 ……そう考えると、出張の食卓料は魔物かもしれない。

 まずいな、体重ちゃんと測っといたほうが。

 

 「で、次が福岡と……、その次が札幌、と。

  うん、疎漏なく一式整ってる。流石ね。」

 

 二週間までなら出張起案を出せると気づいたので、

 さくさく出してしまうことにした。

 出張についての基礎情報が足らな過ぎる。


 「じゃ、小辻君、

  悪いけど、今日のお昼、どっか連れてってくれる?」


 は?

 ……って、あぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る