第17話


 「警察、ですか?」

 

 「あら、湯瀬さんから聞いてないんだ。」

 

 「ええ。」

 

 そんな派手なことは聞いてないな。

 

 「まぁ、無理もないかな。

  だって、今朝方だもの。」

 

 「はぁ。」

 

 「丹羽君ホスト系社員が出勤してこないなって思ったら、

  突然、警察から電話があって、

  『任意に事情をお伺いしているので、ご協力願います』って。」

 

 「……なるほど。」

 

 「これがまた、やっかいなのよね。

  会社のことを聞かれてたら労働時間内なんだけど、

  社外だったら時間休よね。」

 

 はぁ……

 総務課みたいな発想を……

 

 ……ん?

 

 「あら、気づいちゃった?」

 

 気づかせるためだった癖に。

 ほんともう、透明感台無しの黒さだよな、相変わらず。

 まぁ、話しやすくはあるんだけど。

 

 「ふふ、小辻君、

  そろそろ、顔に出ちゃうの、なおさないとね?」

 

 ……ニガテなんだよな、ポーカーフェイス。

 

 「じゃ、大阪出張の下準備はこんなとこかしら。

  起案は出して貰った通りでいいわ。こっちで処理するから。」


 「ありがとうございます。」


*


 「大阪といえばスパイスカレーかと思ってました。」

 

 それもまた面白い球種をご存知で、な感じだけど。

 実は。

 

 「大阪って言ったら、イタリアンでしょ。」

 

 粉ものの延長だからかも知れないが、

 大阪はイタリアンが異常なくらい発達している。


 他の料理みたく「東京の著名店で修行」とかじゃなくて、

 イタリアで直接修行したシェフがいたりする。

 リストランテもトラットリアも、東京と同水準で、東京より1~2割くらい安い。

 高級パンとかも大阪発祥のものが多かったりする。それも粉ものだからか。

 

 「あとはうどんとかな。

  粉もの以外ではフグとか鱧とか。」

 

 食い倒れの街だから、選択肢は両手に余るほど広い。

 あとはやっぱり焼肉かな?

 ただちょっとディープな感じもするトコだから、榎本さんを連れてはいけない。


 「あぁ、フグ!

  いいですね、フグ。響きがもう非日常感ありますもんね。」

 

 どういうこと?

 っていうか、

 

 「まだ旬じゃないけどね。

  それに、福岡いくんだったら関門海峡のフグ食べられるから、

  まぁそっちはそっちかな。」

 

 「楽しみしかないですね、この出張っ!」

 

 あはは、ほんと元気だなぁ。

 おおっ。

 

 「おまたせしましたぁー。

  こちら、トリュフのピザになりますぅー。」

 

 きたきた。これこれ。

 1350円だからそうでもないって思うかもだけど、違ってて。

 

 「……あ。」

 

 ごく普通に取り分けた分を口に入れた榎本さんの顔が、綻ぶ。

 

 「でしょ?

  ちゃんとトリュフの香りと味がして。」

 

 「ですねっ。

  で、このチーズ、トリュフにめっちゃ合う、味わい深っ

  うわぁ、これ、いいっ。すっごく美味しいですっ。」

 

 よかった。

 じゃ、僕も食べよ。

 

 ……うーん、

 これだよ、これ。


 トラットリアだけど、昼だし、食卓料内ってことで。

 夜は仕事終わりでまた別にあるから、

 

 ……ん?

 

 「せ、先輩。」

 

 指、さしてる先……

 ん……モニターが?

 

 あぁ。

 

 『へぇ、牛タン。』

 

 『そうなんです。おいしさが分かるようになって。

  味覚も、すこしずつ、成長してるんだなって。』

 

 ……榊原晴香、か。

 国営放送のトーク番組かな? セットがおとなしめだから。

 

 「……可愛い、なぁ……。

  ずるいよ。」

 

 「はるなさん」とぜんぜん一致しない。

 ベースメイクにラメでも入ってるのかっていうくらいキラキラ感に溢れてる。


 ライトが当たってるだけなんだろうけれども、

 ヘーゼルナッツの瞳が溢れんばかりに輝いてる著名な若手女優の姿が、

 和室八割の牛タン屋で僕の袖を引いていた吹奏楽部風の大人しそうな娘と

 一致なんてするわけない。

 

 『晴香ちゃんは現役高校生ですけれど、

  学校はどうですか?』

 

 『そうですね。正直、出席日数ギリギリなんですけれど、

  先生方に協力頂いてます。いつもありがとうございます。』

  

 『はは。

  お友達とはどうでしょう?』

 

 『いつも応援して貰ってます。

  迷惑をかけてごめんなさい。』

 

 内容が、ない。

 それは、そうだ。

 

 (わたし、友達いませんから)

 

 とてもそうは見えないな。

 あの弾けた笑顔、誰をベースにして作ってるのやら。

 

 「……仕草、可愛すぎますよね。

  声がまた、ほんとに。」

 

 そういえば。

 

 「女子の間で、あの娘、

  嫉妬とかされないの?」

  

 「……先輩、なに言ってるんですか。

  嫉妬っていうのは、わたしのほうがいいのに、

  なんであいつばっかり、あんなのおかしい、とか、

  あの女、またオトコにだけ媚びて、みたいな時に湧き上がるんですよ。」

 

 ふむ。

 

 「勝てるわけないじゃないですか。

  いいなぁ、羨ましいなぁ、不公平だなぁって思うだけですよ。

  なりたいって思っても、あんなの、なれるわけないですもん。」


 なるほど、羨望と嫉妬は違うわけか。

 まぁ確かに、僕が課長みたくなれるわけはないんだわ。

 ひょっとして、そういうこと?

 

 「お待たせしましたぁ、

  こちら、ハモンセラーノとルッコラのピザになりますぅー。」

 

 おお。

 

 「あ、先輩、切りますねー。」

 

 勝手に取り分けてくれるようになったなぁ。

 うまいことピザカッターで半分に切ってく。

 

 「イタリアンでバイトしてたんで、

  こういうのは得意なんですよっ。」

 

 はは。

 そうなんだ。

 

 「そん時もいろいろ言われたんですけれどもね。

  右から左に流れてっちゃって。」

 

 なにを?

 

 って。

 ふたつ切り分けたトコで、手が、止まったけど。

 

 「どうしたの?」

 

 ん?

 あっち? って、モニター?

 

 『……


  え、ほんとに?』

 

 『はい。

  楽しいですよ、毎日。

  役作りにも応用できますし。』

 

 ん??

 

 『い、いや、

  いまの、ほ、本当にいいんですか?

  これ、生放送なんですが。』

 

 『はい。』


 画面ごしですら、通り過ぎる人の足を止め、

 釘付けにさせるほどの輝きを振りまいている。 

 にしても、なんか、やりきった、って笑顔してるな。


 「なんて言ったの?」

 

 あ、これ、旨いな。さすが粉もの激戦区の大阪で評判が立つだけある。

 プロシュートじゃなくてハモンセラートだから、

 ちょっと味濃いめなんだけど、その分、チーズが

 

 え。

 榎本さん、

 なんでそんな、この世の終わりみたいな顔になって


 

 「……晴香ちゃん、言っちゃったんですよ。

 

  『いま、

   好きな人が、います』


  って。」


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