第16話


 「あぁ。

  ここにしたんだ。美味しいよね。」

 

 主報告者になる寺岡さんは、経費処理の許認可権者の一人になる。

 なので、この領収書も当然出るわけで。

 

 「やわらか牛タンでは、東京に出て来てるトコよかいいとこね。

  じゃあ、歯応え系の牛タンの店はいったことある?」

 

 え。

 仙台の牛タンって、柔らかいのが特徴だと思ってましたけど。

 

 「ふふ。なかなか奥が深いのよ。

  もうちょっと調べてみて?」

 

 「はい。」

 

 「って、そんな仕事あるわけないじゃない。」

 

 自分で突っ込んじゃったよ。

 広げたの寺岡さんのほうなのに。

 

 「ほんとにもう。

  それでね、だいたいのところは湯瀬さんからも聞いてるけど、

  小辻君、これ、どうするつもりなの?」

 

 課長と同じことを聞かれたな。

 まぁ、当然か。

 

 「現況把握です。

  それ以上の対応は、調査一課の範疇を超えます。」


 「ふふ。

  このプロジェクト、人事課の業務範疇なんだけど。」

 

 「調査部長に人事部から打診があり、

  調査一課長から僕に指示が来るなら。」

 

 「あはは。そう返されちゃったか。

  君はそれでいいかもしれないけど、帆南ちゃん、暴走したりしない?」

 

 そういう扱いなのか、榎本さん。

 ちょっとだけわからんでもないけど。

 

 「それで言うなら、

  榎本さんを入れたのはどうしてですか?」

 

 「あら、そういうこと言うの?

  そもそも、君だって、

  こんなのが出てくるって思ってなかったんでしょ?」


 「思ったよりも、って感じですね。

  正直言って。」

  

 「なのよ、ね。

  これ、どっちみち葛原部長調査部長を引き込まないと。」

 

 「それはそれこそ課長が考えておられるのでは。」

 

 「ふふふ。

  君、ほんと湯瀬さんのこと、好きよね。」


 「は?」

 

 「あはは、またそんな顔して。

  ま、いいわ。君が分かってるなら。

  あとは私に任せてくれる?」

 

 頼もしいなぁ。ほんとに、前職とは全然違う。

 味方になってくれる元同僚が、こんなに有難いものだとは。

 

 「はい。」


 「で、帆南ちゃんと、進んだりしたの?

  ホテルで一夜を共にしたんでしょ。」

 

 「はぁ?」

 

 「あはははは。

  まぁそれも、おいおいね。

  あ、大阪の起案も早めにお願い。」

 

 あぁ。そうか。

 プロジェクト認可と出張起案は別だから、毎回出さないといけないんだった。

 ふだん出張なんてしないものだから。


*

 

 プロジェクトはあくまでも割り込まれた業務の一部であり、

 前年度同様の通常業務をこなすわけだが。

 

 「ヒマ、でしたね……。」

 

 まぁね。

 いいお年寄りに今年の業界事情を淡々と喋られただけだから。

 誰もが知ってるやつを。

 

 「営業の時も思いましたけど、

  これなら資料を読んでおいて、で済むんじゃないんですか?」

 

 あはは、そう考えるわけか。

 気持ちはわからなくもないんだけど。

 

 「学校って、何のためにあると思う?」

 

 「え?」

 

 「隔離機能とかの副次効果もあるけど、

  一番大きいのは、スケジュール機能。

  普通、日時が決まってないと、人間、なにもしないから。」

 

 「……。」

 

 「人間が関心を持つべきものは無限にあって、

  会社がやらなければいけないことも無限にある。

  スケジュールを押し込む、というのは、内容それ自体よりも、

  特定の事案に一時でも関心事を向けさせる、ということに価値がある。」


 「……はい。」


 「もし、『これ見ておいてくださいねー』だったら、

  誰も見ないでしょ? 業界時報なんて。」

 

 そんな時間あるなら、クソゲーのゆっくり実況を見るか、

 資格試験の勉強をするかに充てるだろう。

 

 「……わかりますけど、

  イベントとして、もう少しやりようがあるんじゃないんですか。」


 あぁ。ホント、真面目だなぁ。

 文化祭で深夜まで残ってベニヤ壁を塗っていくタイプ。

 

 「まぁ、そうだね。

  でも、それは相手方都合であって、こっちが弄れることではないでしょ。

  それに、イベントを廻せるようなできる人は、違う仕事に貼り付けてるはず。

  こういう、毎年同じことを繰り返すだけのトコには置けないと思う。」

 

 こっちからすると、業務拘束されてるはずの時間使って内職できる時間だから、

 有難さしかないんだよね、はっきりいって。

 まぁ今回は頼まれちゃってることがあったからそうもいかなかったんだけど。


 「……。」

 

 うーん、そんな綺麗な目で真っすぐ見つめられると、

 自分が汚いオトナになったみたいだわ。

 まぁ、そうなんだけど。

 

 「で、こっちで探す?

  それとも、会社近くまで戻る?」

  

 「そりゃぁもう、こっちですよ。

  こっち側、そうそう来ないじゃないですかっ。」

 

 ……ははは。

 元気になったなぁ。相変わらず開拓意欲旺盛だこと。

 

 ぶーっ

 

 ん?

 

 「ごめんね、ちょっと。」

 

 「はいっ。」

 

 <いま、お昼ですか?>

 

 んーと、

 

 <お仕事が終わったところで、

  いつもと違うところにいます

  いま、同僚と一緒です>

  

 <同僚、ですか>

 

 <はい>

 

 <こないだお会いした綺麗な女の人ですか?>


 ん?

 

 「あの。」

 

 !?

 

 「ど、どうしたの。」

 

 「いや、そういえば、

  わたし、先輩とRINE交換してないなぁって。」

 

 え。

 

 「はいこれ、

  わたしのQRコードです。」

 

 は?

 

 「ごめん、

  スマホでQRコード、使ったことない。」

 

 スマホ以外でもほとんどないけど。

 

 「えぇぇ?

  じゃ、ちょっとスマホ、貸して下さいよ。」

 

 !

 

 「い、いいから。

  店で座ってからにして。埋まっちゃう。」

 

 「あ、それもそうですね。

  じゃ、先に店探しますねっ!」

 

 ……ふぅ

 

 あ。

 

 <すみません、ちょっとトラブル対応があって>

 

 <そうですか>

 

 ……なんか、心持ちヒンヤリしてるな。

 

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