第15話

 

 「わたし、先輩になら

 

 ぶーっ

 

 ……

 っ。

 

 ……って。

 

 あぁ……。

 これは、そうでなくても寝ちゃってるわけ、か。

 

 そりゃそうか。

 昨日の夜から資料しっかり読み込んでたわけだし。

 配属変わったばっかりの慣れない仕事だってのに。

 ほんと、真面目だよなぁ……。

 

 あ。

 

 (まず、無視しないでやって欲しい)

 

 ……

 

 <おつかれさまでしたっ>

 

 <(踊るウサギのスタンプ)>

 

 ……うん。

 

 <おつかれさまでした。ほんとに驚きました>

 

 <えへへ。よかったです。

  少しでも会えて、うれしかったです>

 

 ……

 

 <美味しかったですね、牛タン>

 

 <ほんとですねっ!

  前、打ち上げで連れてこられた時は、

  ちっとも美味しく感じなかったんですけど>

 

 あー。

 それは。

 

 <何年前ですか?>

 

 <んーと……

  五年くらい前だったと思います

  小学校、卒業する歳でしたから>

 

 うわ。

 めちゃくちゃな年齢差を感じる。

 

 <味覚は変わりますからね

  年を経るにつれて、美味しく感じるものも増えていくかと>

  

 ん、止まった。

 また仕事が入ったか?

 

 <恨めしい、です

  子供でいることが>


 ……

 

 <ごめんなさい

  まだ、やらなきゃいけないことがあるみたいです>

 

 ……

 

 <もし、許されるなら、

  こんどは、ふたりだけでお会いしたいです

  前みたく


  おやすみなさい>


 ……抜き身の刀で、ずばっと斬られてしまっている。

 曖昧にしなきゃいけない部分を、躊躇なく、真正面から。

 

 ……で。

 

 「……すぅ……すぅ……

  ……んっ……」

 

 絶対、風邪引きそうなんだよなぁ……。


*


 「……申し訳、ありません。」

 

 こんな殊勝な顔してる榎本さんを見たのっていつだっけ。

 入社式以来じゃないかな。いや、記憶にないけど。

 

 ブランドものっぽい財布にカードキーを入れてくれてたから

 わりあい迅速に部屋のベットに寝かせることができましたとさ。

 不幸中の幸いというかなんというか。


 「……。」


 俯いちゃってる。それすら、隙無く整ってる。

 ほんと、大学の頃の写真と偉い印象が違うな。

 社会人デビューだった、って訳か。

 

 あ。

 でも、

 

 「研修の時は、

  もう、可憐だったと思うけど。」

  

 「っ???」

 

 え。

 口から、出ちゃってた?

 えぇぇ……なんだよそれぇ……

 

 「……ウソですよ、そんなの。」


 ほら、顔がまた曇っちゃった。

 少し泣きそうな顔しちゃってる。

 でもさぁ、


 「それ言ったら、研修の時の僕なんて、

  ミジンコみたいだったでしょ。」


 まだ課長と逢う前だし、

 なんつってったって〇Bハウス使ってた頃だもの。


 「え。

  そんなことないです。

  先輩、大人びた感じでしたよ。」


 「それはただのおっさんってことでしょ。」

 

 「違いますよっ。

  おじさんっていうのは、

  ほら、あそこにいるような人をですね」

  

 指さないのっ!

 うわ、こっち見てんじゃん……

 

 「あはははは、

  だから、ぜんぜん違いますって。

  先輩はおじさんじゃないですよ、ちっとも。」

 

 ……まぁ、いいか。

 急に元気になったみたいだし。

 

*


 寺岡さんより先に、課長に報告を終えた。

 協議手順のおかしさは目を瞑るしか。

 

 「……思った以上ってとこだね。」

 

 端的に言えば、そうなる。

 先方の言い分を精査すればするほど、辻褄の合わなさが浮き彫りになって来る。

 課長は詳細報告をちゃんと読むタイプ。目を通すスピードがめちゃくちゃ速い。

 

 「金銭授受があれば、完全にアウトですね。」

 

 「そこまで愚かではないと思いたいけれどもね。

  で、きみの狙いは?」

 

 「社長にもお伝えしましたが、一罰百戒。

  裁量判断は決定権者にお任せしたいところですね。」

 

 そもそも、こんなに黒寄りだとは思ってなかったから。

 

 「……そう、思ってくれるかな?」

 

 は?

 

 「はは。

  きみ、ほんとにすっかり渦中の人だね。

  広報のこと、忘れたわけじゃないよね?」

 

 まぁ、それは。

 

 「僕の忠告、

  頭から綺麗サッパリ消え失せてたみたいだけど?」

 

 っ。

 もう報告が入ってるのか。

 どこから?

 

 ……って、考えるだけ無駄か。

 課長が女子社員のネットワークを作ってるなら、光の速度より伝達が早い。

 仙台支社に直接の知り合いがいなくても、女子を二人介しただけで。


 「まぁ今回は不可抗力だったみたいだけど、

  彼女が希代の憑依型カメレオン女優の二つ名通りに百面相できたとしても、

  マネージャーっていうのは、いろんな人から分かられてるわけ。」

 

 ……ん?

 あ、あぁ、確かに。

 

 「向こう側はお仕事案件の一環と称してうまいこと処理したようだけど。

  そこは流石一ノ瀬女史、プロの対応だと思うけど、

  そういう動きがあったってことはさ、

  いろんなところに伝わっちゃうわけだよ。」


 なんだかよくわからないけど、とりあえず頷いておこう。

 できるだけ神妙に。


 「繰り返しになるけど、くれぐれも慎重にね。

  、だよ。」

 

 「……はい。」


 「あぁ。

  忘れるところだった。」

 

 一礼して、人事課に向かおうとする僕の背中に声をかけてきた課長は、

 オトコからも見惚れてしまうほどの爽やかなイケメンスマイルを放った。

 

 「こないだの録音の件ね、

  ちゃんとおいたよ。」

 

 つぶ、す??

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