第3章

第14話


 和の雰囲気で統一された内装に、

 ひとつだけ、気持ちだけ半個室の空間がある。

 ……といっても、隣の和室からほぼ丸見え。

 

 四人掛けの席の前は榎本さん、

 榎本さんの隣には、はるなさんのマネージャーさん、

 そして、僕の隣には。

 

 「……。」

 

 うん。

 まぁ、見えない。

 

 いまを時めく若手女優の鎧は、まったく纏っていない。

 東北の郊外都市から仙台に上がって来た感じの、

 地元で吹奏楽部にでも入ってそうな高校生にしか見えない。

 

 ただ。

 そうすると。

 

 地元風の可憐な女子高校生が、30代のオトコの隣に陣取り、

 Yシャツの袖を握っている姿というのは、

 別の意味で、悪目立ちする。

 

 マネージャーさんと一緒に座って貰ったほうが良かったのだが、

 そうすると、はるなさんからすーっとスルーされてしまうので、

 マネージャーさんがついに音をあげてしまった。


 「……チーフから、

  については一切遮るなと厳命されておりますので。」

 

 チーフ、とは、一ノ瀬さんのことだろう。

 なるほど、その連絡は行き届いてしまったらしい。

 

 あぁ。

 

 「えのきさん、とおっしゃいましたっけ。」

 

 マネージャーさんは、50代くらいだろうか。

 一ノ瀬さんと違って、勤め人の雰囲気に近い。

 うち調査一課の主幹にちょっと似てる。

 

 「はい。」

 

 ここで一ノ瀬さんの名を出すわけにはいかない。

 なにしろ、我が社の社長が名を出してくるような重要人物だ。

 どこで誰が聞いているとも限らない。

 

 「チーフとのお付き合いは長いんですか?」

 

 「……二十年来になりますね。

  前の会社からですから。」

 

 あぁ、あのブラックな爆発会社エクスプロージョン

 でもって、はるなさんの名前すら、うかつに出せない。

 そうなると、

 

 「いつもついてらっしゃるんですか?」


 視線と身体言語の会話が続く。

 昼のお仕事が続いてるような、穏やかな風情の腹の探り合い。

 

 「庁舎の外へ出る時は、ですね。」

 

 ……文脈からすると、出張ってことか。

 役所の隠語のさかさまだとすると、勤務経験があるのかな。


 え。

 ぐっと、引っ張られちゃった。

 

 あぁ。

 それなら。

 

 「『かのや』さん。」

 

 「えっ。」

 

 あぁ、さすがにわかりっこないか。

 スマホ出して、んーと、

 

 <この場所で御名前を呼べないでしょう>

 

 <(タシカニ! のスタンプ)>

 

 「は、はいっ!

  なんでしょうかっ。」

 

 ……はは。

 この隠語の意味、分かるとしたら課長くらいだな。

 そもそも、ね。

 

 「かのやさん、どうしてココが?」

 

 出張先が仙台であることしか知らせてない。

 いつ調査が終わるとも、もちろん、どの店に行くとも。

 ひょっとして、一ノ瀬さんがGPS仕込んでるとか。

 

 「……なんとなく、です。

  なんとなく、し……

  ……テンマさんが、ここを、選びそうな気がしたんです。」

 

 天満さん、ね。

 太宰府天満宮から、か。

 Shijimaって出したくない理由があるんだろうな。

 まぁ違和感はあるけれど。はるなさんと違ってHNだし。

 

 「ちょっと、んです。

  すごく怖かったですけれど、うまくいったって。

  やっぱり、そうなんだ、そうなるんだって。」

 

 あ、満面の笑みになってるな。

 この化粧っけの薄さでも、引きずり込まれるような笑顔だ。

 潤んだ瞳に涙を溢さずに溜められると、掻きむしられるものがある。

 

 「……なるほど。

  こういうこと、ですか。」

 

 は?

 

 「チーフが、あなた方に触れるな、と

  厳命されていたわけ、ですよ。」

 

 はぁ。

 

 「私も見たことありませんから。

  は……かのや、の、こんな顔を。」

 

 かのやさん、仙台でいい宣伝をしてるわぁ……。

 じゃ、なくてね。

 

 「榎本さん。」

 

 「!?

  な、なんですかっ。」

 

 「注文、どうされました?」

 

 おしながきを持ってる手が固まってるんだけど。

 

 「あ、いや、あの、

  なんていうか、人数、倍になったんで、

  どうしようかなーって思ってたんです。」

 

 あぁ、なるほど。

 まぁ、確かにそうか。

 

 っていうか、人気店なのによく取れたなぁ。

 忘年会シーズンとかでなくてほんとよかった。


 「榎さん、なにかお好みは?」

 

 「……そうですね。

  実は以前、この店を打ち上げで利用したことがありまして。」

 

 打ち上げ、か。

 まぁ一般表現の一つではある。

 

 「その時にですね、

  角煮が美味しかった記憶が。」

 

 ほほぅ。

 

 「牛タンの角煮、ですか。

  それはあんまり考えたことなかったですね。」

 

 「え、先輩、知らないんですか?

  ここのスペシャリテの一つですよ。」

 

 なんか、蘇ったな榎本さん。

 まさに、食いついてきた感じ。

 

 「ここ考えた時には王道しか頭になかったから。

  タンたたきと、タン焼き。」

  

 「あー、先輩、ひょっとして、

  お酒飲まないからじゃないですか?」

 

 おわ。そこを突かれたか。

 こんな可憐な顔してるけど、営業部で鍛えられたから、

 お酒にめっちゃ強くなってるんだろうな。

 

 「問題ないですよ。

  ここの角煮は下戸の方でも美味しいって。」

 

 下戸、って言葉ひさびさに聞いたな。

 まぁ呑めなくもないんだけど、呑みたくないんだよな。

 榎本さんの前でなんて、とんでもない。

 

 「あとはテールスープを人数分くらいですか?」

 

 「そんなところですねっ。

  すみませーんっ!」

 

 あぁ、すっかり元気戻ってるな。

 さっきまで妙に静かだったのに。


*


 「タンのたたき、ヤバかったですねっ!」

 

 そうだねぇ。

 刺身みたいっていうか、温かいレアな牛タンに、

 ポン酢と青ネギかけて食べると。

 なんていうかタンの食感があんな柔らかいっていうのは。


 「っていうか先輩。」

 

 なに?

 

 「かのやさん、ってなんですか?」

 

 あぁ、それ。

 

 「お土産を貰ったの、福岡の。

  そこの餅菓子屋さんの屋号。」

 

 「え。

  さか」

 

 「だから、それを口に出さないでくれる?

  よく知らないけど、著名人なんでしょ。

  一応ここ、ラウンジバーなんだから。」

 

 「……そうですけどぉ……。」

 

 それで言ったら。

 

 「電力ビルの前で、どうしてわかったの?

  あの姿、そうそう分からないと思うけど。」

 

 「そりゃぁ簡単ですよっ。

  先輩に可愛い高校生の知り合いが

  いっぱいいるわけないじゃないですか。」

 

 否定、しようがない……。

 

 「っていうか、ヤバいですよね。

  あんな薄い化粧で、あんな殺人的に可愛いって、

  もうなんていうか、犯罪的ですよね、あれ。

  『傾国の美少女』の名は伊達じゃありませんねっ。」

 

 その言いぐさが十分犯罪的だと思う。

 っていうか、その通り名も十分特定材料になっちゃいそう。

 

 ……ただ、まぁ、分かる。

 隣にいて、何度も道を踏み外しかけたもの。

 あんな風に瞳を潤ませて見上げられて、委ねられて微笑まれたら、

 抱きしめてしまいたくなる衝動を抑えられそうになかった。

 

 まぁ、うん。

 タン焼きがやばかった。

 

 厚みがあるのに、口で噛み切れるくらい柔らかくてめっちゃ旨い。

 東京に出て来てる店も悪くはないけれど、あれはちょっと別格だ。

 ご飯が進みすぎてもうほんとにやばやば。

 さすがに太りそうだからこれ以上食べるわけにはいかなかったけれども。


 「あんな可愛い子、ほんと、どうかしてますよね。

  世の不公正さを実感しますよ。」

 

 いや。

 

 「榎本さんも可愛いじゃない。

  十分すぎるほど。」


 ……

 は。

 

 い、いや、

 僕のほうは、シラフなのに、

 これって、立派なセクハラじゃ。

 

 「……そんなこと、ないです。

  ないですよ、ぜんぜん。」

 

 どこが?

 

 「そんなこと言うなら、

  わたしの就活の時の写真、見ます?」

 

 えぇ?

 って、なんでそんなもの撮ってるの。

 

 「だって、このスマホ、大学の頃からずっと使ってますもん。

  物持ちいいでしょ。」

 

 「確かに。」

 

 そういえば、ちょっと古めではある。

 新規の機種が出るたびに替えてるかと思いきや。

 

 「だから、あるんですよ。

  こんなのも。」

 

 ん?

 

 ……あぁ。

 これは、まぁ、なるほど……。

 女子の黒縁眼鏡が生かされる機会って、あるのかな……。

 

 「こんな娘が、

  可愛いって言ってもらえると思いますか?」

 

 ……素材は悪くないと思うけど、とりあえず、頷いておこう。

 目が、なんか、据わってるし。

 

 「……就職活動、よくわかってなくて。

  真面目に受け続ければどこか決まるだろうって思ってて。

  どっこも決まらなかったんですよ。

  

  出版社、行ってみたかったんですけれど、採用枠なんて全然なくて。

  マスコミとかは、もう派手な子ばっかりで、

  ほんとに、立つ瀬がなくて。」

 

 ……ちゃんと、やってたんだな。

 僕なんて、やらなかったから自業自得なんだけど。

 

 「ここ受かったのも、

  試験の結果、たまたま良かっただけだったんです。」

 

 なるほど、ね。

 やっぱり優秀ではあるわけか。

 って、まだ呑むんかい。

 

 「……。

  だから、また、棄てられるって思って。」

 

 ……。

 

 「言うこと、全部聞いてきたんです。

  ファッション誌もはじめてちゃんと読んで、

  ボーナスの七割、アパレルブランドに費やして。

  それなのに、になっちゃって。」

 

 ……。

 

 「周りがみんな、梯子を外して、奈落に落ちるのを覚悟してたら、

  蜘蛛の糸が、ひゅっと垂れてきたんです。」

 

 ……っ。

 な、なんで、顔、近づけてきたの。

 

 「ね、先輩。」

 

 い。

 息、掛かってない?

 カシスの匂いがするんだけど。

 

 「わたし、ほなみ、っていうんですよ。

  自分で言うのもなんですけど、

  いい名前だと思ってるんですよね、わりと。」

 

 「……うん。」

 

 「さっきの、マネージャーさん、

  名字、似てたじゃないですか。」

 

 「そうだね。」

 

 「だから、先輩、

  呼んでもいいんですよ?」

 

 え。

 

 「わたし、先輩になら

 

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