第13話

 

 「で?

  きみとしては、どうするつもり?」

 

 「蛇の道はへびと言うそうですから、

  まずは課長にご相談を。」

 

 「……ふぅん。」


 いままで見たこともない、世界のすべての闇を凝縮したような眸。

 前職の地獄がなければ、一瞬で消し炭になってしまったろう。


 と、思ったら。


 「小辻君、きみ、本当に愉快な人だねぇ。

  監査部にでも行く?」


 低く、甘い声になって、とんでもないことを言う。

 いまのままで十分なんですけど。

 なんてったって、貴重なピュアホワイト職場だし。

 

 「はは。

  ま、これは預かるよ。動きがあったら知らせる。」

 

 「はい。」

 

 「じゃあ、明後日は仙台だね。

  プロジェクト正式始動、ってわけか。」

 

 あぁ。

 そのためにいったんだったな、人事課。

 それを忘れるくらいには、怒りに突き動かされてしまってたわけか。


*


 資料、しっかり読んでるなぁ。

 真剣な、凛々しい瞳が、

 ガラスごしの朝日を受けて煌めく姿は、ただただ眩しい。

 

 っていうか、もうちょっと大きな画面にしないと、見づらい。

 紙に打ち出しといても良かったんだけど、さすがに重いんだよなぁ。


 ……あぁ。

 いろいろ、素敵すぎるな。


 前職だと自由席だったから。

 子どもが泣き叫ぶわデッキに立ってなきゃいけないわで、

 自腹で指定席代を乗せなきゃいけなかったわけだから。


 だいたい、前の出張はいつも前日か、下手したら当日だった。

 出張が予め決まれば、起案を通す前に早割で予約取れるから、

 一番後ろの2名席を確保できるっていうのは、革命的だったな。


 「……これ。」

 

 あぁ。

 やっぱりその頁、気づいたか。

 優秀だなぁ。


 ぶーっ

 

 ん?

 

 <いま、どのあたりですか?>


 んー

 電光掲示板だと

 

 <郡山を通過したあたりですね>

 

 <(敬礼するブタのスタンプ)>

 

 ……なんでブタ? スタンプ、有料だよね。

 まぁ、いまをときめく若手女優だから、

 お給料を一杯貰ってるってことなのかなぁ。

 

 ……ぜんぜん、実感がないな。

 テレビの姿と違いすぎるのもあるけど。

 

 なんだろう。

 大事なことを、忘れている気がする。

 

 ま、いいか。

 こっちも準備しないと。


*


 「んーーっ!!

  おわりましたぁーっ!」

 

 ……はは。

 テンション高いなぁ。


 支社長代理の前で被っていた御淑やかなトラネコを

 剥ぎ取り終わったらしい榎本さんは、開口一番、


 「楽しみですね、牛タンっ!」

 

 直球を放ってくる。

 

 「そりゃぁもうっ。

  そのためだけに嘘八百の羅列に耐えたんですからっ。」

 

 言っちゃったよ。

 っていうかスゴイな。この時間で後泊可って。

 前職なら日帰り確実だよ。

 

 「こっちは喧嘩するために来たんじゃないから。

  あくまで調査、ヒアリング。監査でもないわけで。」

 

 向こうの言い分を聞くだけ聞く。

 東京に帰ってから、精査して、上にあげるだけ。

 ファイナライズしなくていいっていうのはラクな仕事なんだけど。

 

 「……がっちり精査してやりますからねぇ。

  思い知らせてやりましょうっ!」

 

 そんなにテンションあげなくていいっての。

 事実を淡々と出せば十分だろうに。

 

 あぁ。

 こういうところかもしれないなぁ。

 優秀だけど、ぶつかってしまうところも多かったんだろうな。

 特にプライドの高いオトコとかと。


 まぁ、情実採用の幾つかは責任問題になるだろうけれども。

 思ったよりも黒い状況だったことは確か。

 

 「それにしても先輩、物凄いちゃんと資料読んでましたね。

  虫も殺さなそうなやわらかーい口調なのに、

  え、そこ、そう聞くんだ? みたいなとこ、めっちゃありましたもん。」

 

 あぁ。

 

 「単なる経験値。

  4年も同じ部署にいるから。それだけ。」

 

 ほんとそう。

 ……っていうことは、やっぱり潮時なのかもしれない。

 慣れてきてしまったら、惰性で捌けてしまうから。

 

 「あー、よかったです、わたし。

  思い切って調一に移って。」

 

 「そう?」

 

 「そうですよ。

  営業だったら、これから、出先で接待ですよ?

  おじさん相手に笑顔作って相槌打つぞーって

  表情筋にムチ入れないとといけない頃ですよ。」

 

 ぐさっ。

 

 「……それを言ったら、いまもそうじゃないの?」

 

 「いま、先輩に相槌なんて打ってないじゃないですか。」

 

 それはそれで酷い。

 

 「まぁ、慣れましたけれどね。

  正直、ちょっと、疲れてたところはあるんです。

  いろいろ肩肘はってたなぁって。」

 

 ……まぁ、そうでないとやってはいられないだろうな。

 

 「だから、先輩が

 

 って

 

 「ここでしょ? 電力ビル。」

 

 「あ。

  そうですそうです。ココです、ココ。」

 

 律儀にgoogle mapのストリートビューを

 プリントアウトしたものと見比べて、

 

 「ほら、まんまじゃないですか。」

 

 そりゃあまぁ、まんまでしょ。

 なにがそんなに面白いんだか。

 

 街に降り始めた夕暮れの兆しと、

 こなれたネイビーブルーのスーツと、 

 榎本さんの眩しい笑顔のコントラストが印象的

 

 ……ん?

 

 な、なんか、見られてるような……。

 

 地元の子、かな。

 なんでこっ

 

 ……ちが、う。

 地元の子っぽい化粧だけど、

 あの仕草は、ひょっとして、

 


 「……

  はるな、さん?」


 

 ……あ。

 なんか、満面の笑みになって、

 

 え??


 

 「はいっ!!」


 

 抱きつ、かれた。

 

 な、ぇ、

 

 「……ごめん、なさい。

  ありがとう、ございます。」

 

 な、なんで、謝られて御礼を言われるんだろう。

 そもそも、移動行程なんて知らせてないのに、

 なんでこんなピンポイントなところで、

 って、いうか、一応、仙台有数のオフィス街なわけで、

 ちょっと、みられはじ

 

 い、いや、

 なにか、とっても大事なことを、忘



 (他の人と一緒に彼女と会わないこと)


 

 あ。


 

 (特に、うちの女子社員とかね)


 

 あああっ!!

 

 「……せ、せん、ぱい……

  ま、

  まさか、その」

 

 まずいっ


 

 (スキャンダルになったら大変だってのに)


 

 「そ、そ、その子って、

  さ、さか

  

  むぶぶぶぶぶぶぶっ!!!

 

 だめだってのっ!!

 

 ……って。

 はるなさん、ヘーゼルブラウンの瞳から、

 ハイライト、消えてる気が……

 


 (難しいお年頃なのさ)


 

 こ、こ、

 これって、

 とてつもなくまずい状況じゃっ!?



知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた

第2章


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