第12話


 <出張、ですか?>

 

 <はい。

  月に3回くらいになるかと>


 <どこに行くかは決まってるんですか?>

 

 <だいたいは>

 

 <いつ、どこに行かれるんですか?>


 ……これ、厳密に考えると社外秘だよな。


 <口、堅いほうですか?>

 

 <はい。

  わたし、友達いませんから>


 ……そういう問題じゃないんだけどなぁ。

 

 <フォーのお店のことがありますから>

 

 <あ、あれは>

 

 <でも、ありがとうございます

  はるなさんが出してくれなければ、

  あのお店、間違いなく潰れていたと思いますから>

 

 それが固定客に繋がるかどうかは別問題だけど、

 「榊原晴香」の知名度は、僕が思っている以上に高い筈だ。

 近隣に勤めてる女性客をリピーターにできれば、万に一つの可能性が。

 ……もう、借金づけで手遅れかもしれないけど。


 <(土下座しながら号泣するウサギのスタンプ)>

 

 <?>


 <……えへへ。

  それより、出張先のこと、教えてくれますよね?>


 うーん。

 ま、いいか。相手先に事前通告して行くやつだし。

 覆面抜き打ち調査だったらまずいことになるけど。


*


 「ね、セクハラしていい?」

 

 はぁ?

 い、いきなりなんですか寺岡さん。

 

 「いや、小辻君って、

  結婚、考えてないのかなって。」

 

 ……。

 

 「セクハラですね、確かに。」

 

 「あはは。でしょう?

  人事部勤めとしては問題発言かな。」

 

 「ですよ。」

 

 「そっかぁ。いやぁ、離婚を経験しちゃうと、

  オブラートにくるむの、めんどくさくなっちゃって。」

 

 ……小母さん化してるなぁ。

 

 「あ、失礼なこと、考えたね?」

 

 まぁ。

 

 「セクハラされついでですけれど、寺岡さんは?」

 

 「お、それを聞くんだ。

  小辻君らしいね。」

 

 らしい、ってなんですか。

 

 「うーん。

 

  離婚した直後はね、

  もうこりごり! 一生独身でいてやる! おひとりさま万歳!

  とかすごく思ったんだけどね?

  人の結婚式とか出たり、子どもがもう小学校卒業するんだー、

  二人目ができちゃってー、みたいな話聞かされたりすると、

  まだちょっと、考えるものもあるのよ。

  

  それに、私、人肌好きだし。」

 

 真昼間から職場内でぶっちゃけることじゃないと思いますけど。

 赤文字系透明感が台無しだわ。

 

 「や。それ大事だよ。

  身体触って欲しくないとか、べたべたしたくないとか、

  そういう人だったら、ひとりでもいられるんだよ。」

 

 ……そういうものか。

 

 「で、どうなの? 帆南ちゃんとは。」


 「はぁ?」

 

 「あはは、なんて顔してるの。」

 

 うわ。

 心の叫びをまんま声に出しちゃった。


 「新卒で入った営業部のエース社員ですよ。

  カーストが違います。」


 いまは緊急避難させてるようなもので、

 状況が落ち着いたら、本流ポストに戻るだろう。

 榎本さんには、それだけの能力がある。


 「あはは、カーストって。

  そんなこと言ったら、小辻君が手を差し伸べなければ、

  帆南ちゃん、配転じゃ済まなかったわ。」

 

 「そんなですか。」

 

 差し伸べた覚えはないんだが。

 あの若作りイケメンヤクザにこき使われただけ。

 

 「小辻君、一応主任でしょ?

  社内に関心なさすぎ。」

 

 「社内のことは課長がいますから。」

 

 「調一ってそれでやっていける珍しい部署だけど、

  知ってる? 去年、湯瀬さんに企画本部への異動の打診があったのよ。」


 え。

 まだ2年目なのに。

 

 「一度、断ってるの。

  だから、もう一回来たら」


 「受けざるを得ない……。」

 

 「そういうことよ。

  それで言ったら、小辻君もだけど。」

 

 はい?

 

 「中途採用といっても、うちの会社で、

  専門職枠でもないのに、ひとつの部署に4年もいるのは珍しいの。

  左遷された人だって、いろいろ動くものよ?」

 

 あぁ……。

 前職と規模感が全然違うもんだから、あんまり考えてなかったな。

 

 「まぁ、君の人事相談はおいおいね。

  で、どうなの?」

 

 「どうなのって、さっき言いましたよ。

  考えるまでもないって。」

 

 「なら、考えなさいな。」

 

 は?

 

 「起案はこれでいいわ。

  上には、私から出しておくから。」

 

 は、はぁ。

 まぁ、ありがたくはあるけれども。

 人事部長、正直ちょっとニガテだし。


*


 ……人事課を出る前あたりから、見られてる気はしてたけど。

 

 「へぇ。

  アナタが帆南の新しい恋人さんですか。」

 

 誤解がすさまじい。

 誤解を解こうとする努力が徒労に終わることは、

 前職で哀しいほどしっかりと学んでいる。

 

 転職してから、こういう手合いに逢うのははじめてか。

 なんていうか、表皮だけは歌舞伎町のホストのように整ってるが、

 こういう系統は課長を見慣れちゃってるものだから。

 

 胸の内ポケットを触っていると、

 

 「帆南、もう抱いたんですか。

  あいつ、抱きにくいでしょう。

  我が強いっていうか、可愛くないっていうか。」

 

 ……これ、無視するのハードル高いな。

 こっちを罵倒されるのは慣れ切っていたけども。

 

 い、や。

 怒りは、なにも生み出さない。

 少なくとも、表に出してしまったやつは。

 

 「あぁ、ご心配頂かずともこっちは問題ないんですよ。

  もっと若くていい女といっぱい繋がれてますから。」

 

 は? 何言ってるんだコイツ。

 お前の歳で榎本さんより若かったら犯罪みたいなもんじゃないか。

 

 「正直、こんなこと言う義理、ないんですけどね。

  ま、御忠告として。


  帆南、気を付けたほうがいいですよ。

  あいつもオマタ、真っ黒ですからね。」

 

 ……。


*


 『あいつもオマタ、真っ黒ですからね。』

 

 「……。

  なる、ほどね。

  こいつ……。」


 課長、めっちゃ悪い顔してるな。

 糖衣の剝げた本性が見えちゃってる。


 「……

  あぁ、いや。

  手を出したりしてないね?」

 

 「勿論です。」

 

 「意外だな。

  きみは殴りつけたりしちゃいそうだと思ってたけど。」

 

 「20代なら、そうしたかもしれないですね。

  問題解決手段として、より有益なものを選択するようになっただけです。」


 「……ははは。

  にしても、なかなか精度が高い録音機材だね。

  市販品に見えないけど。」

 

 「秋葉原で買いました。」


 趣都に変貌してしまったが、本来は電気街であり、

 こういうグレーゾーンのガジェットものにめっぽう強い店が

 駅近くの怪しい階段の上とかにちらほらと残ってる。

 

 「で?

  きみとしては、どうするつもり?」

 

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