第11話
「あたしだよ、あたし。」
あたし、さん?
ん??
……あぁ。
っていうか、
「一ノ瀬さん、この番号、どこから?」
「蛇の道はヘビって言うじゃないか。」
答えになってない。
メールアドレスならともかく、
スマホの番号となると、課長も知らない筈なんだけど。
「まずはお詫びね。
マネージャーの教育が行き届かなくて済まなかったね。」
ん?
「貴方のことを、ちゃんと知らせてなくてね。
逢瀬の時間、遮らせちゃったね。」
逢瀬の時間って。
「ははは。
まぁ、撮影スタッフにバレるわけにゃいかないけど、
もうちょっと時間、取れたろうからね。」
うーん。
これだと、僕がはるなさんに連絡したいみたいだけど。
必ずしもそうじゃないんだけどなぁ。
「まぁ、貴方がどこまで持つかは見ものだねぇ。」
「どういうことですか。」
「春菜はさ、口さがない連中から、『傾国の美少女』って言われてるんだよ。
同世代のアイドルどころか、大物俳優の心まで奪いまくってる。
身を慎むことに慣れているはずの連中が、だよ。」
……。
「いかにも関心を持たなそうにしてる堅気の貴方がさ、
春菜にあっさり溺れたりしたら、みものじゃないか。」
(だからいま、すごく幸せです。
温かいものを、温かいまま食べられて、
しかも、こんな美味しいものを頂けてるので)
「……
ひょっとして、遊ばれてます?」
「ははは。
あたしはいつだって真剣に生きてきたつもりさ。
最愛の夫に死なれちゃってからは、特にね。」
言ってることの意味がよく分からないんだが。
っていうか。
「はるなさんは、女性からも支持があるとか。」
「あぁ。」
「大物俳優はまだしも、
アイドルの共演者の心を奪っていたら、
女性から支持されないと思うのですが。」
「ははは。普通はそうだねぇ。
貴方は、どうしてだと思う?」
「分かりません。
女心の機微には疎いもので。」
「はっはっはっは。
そうかそうか、そういうことかい。
ほんと面白いねぇ。棺桶に片足突っ込んでも生きてみるもんさね。」
「まだ平均寿命に20年はあるようですが。
我が社の社長がよろしくと言っておられましたよ。」
「へぇ。
そういうことは手回しするわけか。
ま、いいさ。有難く承ったと伝えておくれよ。」
どういう意味だろう。
さっきから、コミュニケーションが繋がってるのか不安になるな。
「貴方には申し訳ないけど、
くれぐれも春菜を見捨てないでやってくれ。
頼んだよ。」
ぷつっ。
……切っちゃった。言うだけ言っていくスタイルか。
ほんと、どこぞの台湾料理屋の小母様ソックリ。
*
「これ、何?」
「梅が枝餅です。
大宰府天満宮のお土産品ですよ。」
「きみ、福岡に出張なんてしてないでしょ。」
「知り合いが送って来たもので。」
「……そう。
ふぅん。」
なんですか。
「じゃ、貴重なものをありがたく頂いておくよ。
で、早速だけど。」
「はい。」
「きみが提案した、
支社採用枠の人事制度運用に関する実態調査の件ね、
調整がほぼ終わったよ。」
ほう。
「決定権者は人事部長。
協議は人事二課長と調査一課長。ま、僕ね。
実働部隊だけど、人事部からは寺岡課長補佐。
で、きみと、榎本君。」
は?
「寺岡君は内勤で、報告を受けて精査する。
現地に実態調査にいくのはきみら二人。」
おかしくないか?
人事部に投げた筈なんだけど、業務がぜんぶ、戻って来てる。
「ははは。
カラクリ、聞く?」
あたりまえだっての。
*
「……つまり、人事が表に立っちゃうと、
波風立てにいっちゃうって感じですか?」
まぁ、そういうこと。
調一だったら、向こうもそこまで構えないだろうって。
「舐められてるってことじゃないですか。
この調査、うまくいくんですか?」
そこは問題ないと思う。一通り油断させてから、
「人事部の予備調査を兼ねてまして、
まず我々のほうから感触を確かめさせて頂きに参りまして」
的な流れに切り替えていくから。
「……先輩。」
ごめんね、性格悪くて。
「いや。
逆です、逆。
出張、おもしろくなってきましたっ。」
どういうこと?
なんでそんな楽しそうな顔してるの。
「っていうか、ほんとごめんなさい。
わたしが来たかったトコに付き合わせちゃって。」
こういう機会でもない限り、絶対入らないトコなので、
ちょうどいいと思ってますが。
なんせ、客の九割が女性だから。
「お待たせいたしましたぁー。
ストロベリー、ホイップクリームとマカダミアナッツ、
アサイーアイス添えのふわふわパンケーキになりまーす。」
んがっ。
なんだこのクリームの壁は。葬式用お供えご飯の山盛りみたくなってる。
これ、ホントにおひるごはんになるの? 巨大なおやつにしか。
で、当然撮っておくわけか。
あぁ、満面の笑みだなぁ。
「こちらのお客様は、
照り焼きチキンとチェダーのクレープでよろしかったでしょうかー?」
おっしゃる通りですねー。
なんだろう、合わせにいきたくなる喋り方だな。
「うーん、やっぱり地味ですね、絵柄が。
先輩っぽいっていうか。」
派手すぎるんだよ、そっちが。
「そんなもん大味に決まってる、とか思ってませんか?」
「思ってる。」
「うわ。言っちゃうやつですね。
じゃ、ちょっと食べてみます?」
は?
「すみませーん、取り分けでー。」
あぁ、取り分けね。
そりゃまぁ、そうか。
っていうか、全然想定してなかったな。
なにもかも初体験すぎる。
「じゃ、いきますかーっ。
ぱくっとっ。」
……ん?
「……くふふふふっ!!
こうですよ、こうっ。」
こう、って言われても。
「むぅ。
そんな胡乱な目をするなら、
先輩もさっさと食べてくださいよ。」
は?
取り皿来るまで待って
……ぇ。
「ほら、口あけてくださいって。」
う、
……。
都会的コミュニケーションっ。
……
あ。
あぁ。
「ほらっ。」
「なるほど。
軽いんだ、これ。」
見た目、めっちゃ重そうだったけど。
なんだろう、舌先で淡く優しく溶けていく感じ。
霞のようとまでは言わないけど。
「なんですよっ。
この軽さと低カロリー、
女子に優しいって感じでしょ?」
「合成甘味料の味はしないね。
メレンゲに空気を含ませた感じ?」
「うーん、ちょっと違いますね。
これは
「おまたせしましたー。
取り皿でーす。」
うわ。
いま来たよ、いま。
「あ、来ましたね。
もうちょっとこっち、食べてみます?」
うーん。
淡く溶けていくとはいっても、昼間っからこれ
「じゃ、
この、土台のほうから。」
うわ。
なんの躊躇いもなくさくって切ったな。
「で、
はーい、先輩、どうぞー。」
……
こっちが考えすぎなのか、ひょっとして。
都会基準はホントに分からないな……
オトナだから? 気にしすぎ?
「で、わたしのほうは、
ここでこれをどーんと。」
うわぁ。
メープルシロップ。
せっかくの霞のような軽さを台無しにする気満々じゃん。
「ちっちっち。わかってないですね先輩。
それはそれ、これはこれですよ。
この軽さと相反するこのメープルの背徳感がですね、
そそってくるじゃないですかっ。」
なに言ってるんだこの娘。
あぁ、満開の笑みで脂肪とカロリーの群れを
ばっくり食べて
「………くぅぅぅっ!?」
ストゼ〇ですか。
なに見せられてるの、これは。
うわぁ、ふんわりパンケーキにメープルをべっっとり塗り始めた。
ただただゲロ甘でのどちんこ切れそうな物体Xができあがっただけじゃないか。
「こっれをですねー。
ばくっっと!」
うわ。
めっちゃ幸せそうに
……
あ。
さすがに塗りすぎたって顔してる。
食べる前にわかれってば。
「……先輩、
そのチェダークレープ、分けんこしてくれますよね?」
……はいはい。
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